ハントレット。



 転送が終わると、そこは見知らぬ建物の中。


 ただ広く、目算だが小中学校の体育館くらいに大きな建物だと思う。


 中央にクリスタルさんの半分くらいの大きさのミドルクリスタルさんが浮いて、ゆっくりと回転している。


 その他には、所々に四人掛けの丸テーブルや、三人掛けのベンチ、一人用のスツールやパイプ椅子などが不規則に、しかし一定の間隔を空けて設置してある。


 なんだ、そんなにバラバラに椅子を置いて。もしかしてソーシャルディスタンスか?


 …………え、待って、あのウイルスってあの世でも感染拡大してんの!? 流石にヤバ過ぎないか!?


 とまぁ、アホな妄想は置いといて、此処ここ何処どこだろうか? ああ、分からない事があったら聞けば良いのか。


「ハントレット、此処ここ何処どこ?」


 恐らく、『ハンティング・ブレスレット』を略してハントレットだと思われる青銀せいぎん刺青いれずみへ問い掛ける。クリスタルさんが口頭で要件を言えば伝わると言ってたし。


 すると、俺の声に反応した刺青が青く光り、光ったまま刺青その物が手首から、ゆっくりと回転を始めた。輪廻転生的なファンタジーから一転、突然のSFチック。待ってよ、俺の感性が追い付けないぞ。


 しかしまぁ、なるほどな。腕から刺青が浮くと、確かに腕輪に見える。システムが起動すると刺青型から腕輪型に移行するのか。


 感心してると、起動から二秒ほどの時間がかかって、やっと声が聞こえて来た。


『--起動完了、マスター認証開始。…………プレイヤー・アキラ様のパーソナルデータを確認』


 腕輪から響くのはとても無機質な、ともすればクリスタルさんと瓜二つな声だった。


 しかし、なんだ。とても似てると言うか殆ど同じ声なんだが、何となく声の主がクリスタルさんじゃ無いと感じた。感覚的には、同じプリセットCVキャラクターボイスを選んだキャラで喋ってるAさんとBさん的な感じか。


『プレイヤー・アキラ様をマスター登録完了。システムオールグリーン。…………ようこそアキラ様。ハンティング・リィンカーネーションの世界へ』


「歓迎ありがとう。それとおはようの挨拶もプレゼントするよ。良い目覚めだねハントレット。俺も君を歓迎する」


『ご挨拶、ありがとうございます。プレゼントまで頂いたお礼に、起動前にアキラ様から貰いましたご質問にお答えさせて頂きます』


 どうやらシステムが無事に、俺をマスターと認めてくれたらしい。ダメな場合があるのかは知らないけども。


 ハントレットはクリスタルさんが教えてくれた通りに、かなり優秀な助っ人AIみたいな物らしい。


 会話すら成立してるし、なんならちょっとウィットに富んだ返しがハントレットの高い知性を物語ってる。


 社交辞令をプレゼントと言う俺に、補助アイテムとしてやるべき仕事をお礼にするって、なかなかの意趣返しだろう?


 お互いにそこまで嫌味な気持ちは持ってないと思うが、と言うか少なくとも俺は思ってなかったが、お陰でちょっとアメリカンな感じで小気味良い会話が出来てしまった。


 この死後の世界で多分ずっと一緒に居る存在を得難えがたく思う。クリスタルさんが言った通りに、きっと楽しい死出の旅になるだろう。


『現在地は当ゲームに於けるショップエリアです。プレイヤーは総じて、此処で様々な物を購入して生活や狩猟を行います』


「…………ショップ? いや、中央にミドルサイズのクリスタルさんしか見えないんだけど、商品は何処に?」


 見渡す限り、椅子しか無い場所だ。もしや実績解除するまで椅子しか買えないクソシステムなのか? そんなゲームあったら即ワゴンセール行きだろ。そしてクソゲーハンターに買われて行くんだ。


『ご利用方法について、ご説明は必要ですか?』


「もちろん頼むよ。俺はこのゲームの初心者だし、何より最初にフィールドへ乗り込んだからね。何も分からないのさ」


『了解しました。初めて確認したシステムは逐一、ご説明申し上げます』


 会話を通じてサービスのアップデートまで行えるとか、なんて気の利いたゲームなんだ。椅子しか売ってないクソゲーの癖に。


『ではまず、ハントレットが有する機能からご紹介します。その次に店舗の利用方法をご説明致しますので、どうぞ店舗内の椅子にお掛けください。少しばかり時間が掛かります』


「了解。…………この椅子は売り物じゃないの? 勝手に座って大丈夫?」


『売り物では御座いませんので、ご安心ください。備品です』


 なんだ、椅子しか売ってないクソゲーじゃないのか。備品なら安心だ。


 俺はハントレットに勧められるまま、手近なパイプ椅子に深く座った。手に持ったバッグは横に置く。


『ではご説明させて頂きます。当機をはじめ、全てのプレイヤーに例外無くお渡しされるハントレットですが、今ご使用の通りに音声にて当ゲームの案内が可能となっている他に、パーソナルデータの管理と、ゲームシステムへのアクセスが行えます。簡単に言いますと、様々な電子ゲームに於けるユーザーインターフェース的な役割の殆どが、当機に搭載されているとお考え頂ければ大きく間違いはありません』


「最後めっちゃ分かり易かった」


 つまり、ゲームをやると九割九分九厘存在する、「メニュー画面」みたいな感じか。自分のステータスを確認したり、インベントリ持ち物を漁ったり、ゲームの設定を変更したり、フレンドリストを整理したり、様々なシステムを操作するのに必要な「入口」、それがユーザーインターフェースだ。


「……ふむ。なんか色々分かってしまったぞ。つまり、この店舗を利用するならハントレットを通じてネットショップみたいに使えば良いんだな? それこそ、ゲームのメニュー画面から運営公式の課金アイテムを買う時みたいな感じで」


『お早くご理解頂けて助かります。では、ついでに運営公式の課金アイテムを購入するのに必要なポイントのご説明もさせて頂きます』


 本当に小粋な掛け合いをしてくれる補助AIだ。もう既にゲームが楽しくなって来てる。


『ポイントは基本的に、狩猟や採集によって得られたこの世界特有の物を売り払う事で得られる電子マネーの様な概念です。現在保有してるポイントを確認したい場合は、当機へそのむねを伝えて頂ければ対応します。ポイントの収支を一覧にした通帳も表示しますので、ご利用は計画的にお願い申し上げます』


「初めてのご利用だもんな。…………ア○ムかよ」


『ポイントを借用するシステムは御座いませんので、安心してください』


 それは良かった。…………いや良いのか? 狩猟をミスって大損こいた時、ポイントすっからかんになったら立ち直すの大変じゃないか?


 …………ああ、そっか。その場合は立ち直らずにそのまま死ねって方針だったなこのゲーム。あくまで魂を浄化して再利用するまでのミニゲームだから、死ぬ寸前まで行ったなら大人しく死ねって事なんだ。救済措置など必要ない。


 うーん、ゲームコンセプトが死神系小学生バーロー探偵のお姉ちゃんヘアースタイル並に尖ってるから、『初心者はお断り』どころか、『初心者なんて追い掛けて殺す!』仕様になってんな、このゲーム。


「めちゃくちゃ慎重に立ち回らないと、速攻で浄化されちまうなぁ」


『現状を素早く、正しくご理解頂きました様で安心しました。末永くご一緒出来そうですね』


「おう、お互いの寿命まで一緒に居ようぜ」


『長寿を目指すのは是非、存命の内にお願い申し上げたかったですね』


「悪いな。死んだ時の記憶消されてるから文句言われても他人事なんだわ」


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