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『一旦薬を飲みに家に帰ってくる』と言い、現在不在の碧。

 知らなかったのだが、碧のご両親は小さい頃に離婚し、父親と暮らしていたのだが、急に海外赴任になったのだそう。

 今回碧がケガをしたことがきっかけで、いつも近くに誰かがいてくれた方が安心という父親の希望から、碧は今日からミコト宅の一階下の階に暮らすことになった。

 花火大会の日、リバーサイドカフェのテラス席で見かけた碧の従姉妹いとこのひらりさん宅は隣町で近い方なのだそうだが、下宿するのは気兼ねだという理由から、ひとり暮らを選んだのだという。

 ミコトのマンションがちまたで人気なのは、家具家電がすべて揃っているところらしく、碧も即日住むことができたというわけだ。

 空室がちょうどミコト宅の下の階という幸運をGETし、ミコト親子に感謝していた。


『ミコトには依様のことも含め、感謝してもしきれない。おばさまにもいろいろ気遣ってもらって、本当に助かったよ』


 二人への感謝は私も同じだ。

 これからは誰の視線も気にすることなく、普通の恋人として会いたい時にこのマンションに来さえすれば、碧に会えるという環境を作ってもらったのだから。

 碧とミコトは今日からご近所関係になるわけだから、関わる時間が増えるという意味では、まだまだ最推しへの推し活は続くに違いない。


 まだ碧は戻って来ない。METEORのライブ映像鑑賞はいまだに続いていた。

 だが、だんだんミコトのテンションがMAXになってしまったようで…。

「依、ここで両手を広げて〜!そうっ、上手上手!最後にこうやって愛嬌あいきょうゼンカ〜イ!もっと笑って〜!OK、いい感じ〜!!ちょっと疲れたから休憩しようか」

 現地でのライブ観戦さながら、熱心に振り付け指導をしてくれるミコトは、実にパワフルだ。

「うん。結構キツいよね」

 ミコトが少しだけテレビの音量を下げた。

 ソファーに座る二人の距離は近くも遠くもなく、なんとなく遠慮がちな距離だと感じた。当然と言えば当然だった。私たちはもう恋人同士ではなくなってしまっているのだから。

 ミコトは5箇条誓約に縛られた碧の代わりに変な虫がつかないよう、特別好きでもない私のそばを離れなかった。

 なのに…その信念で私と付き合ったのであれば、最後の方で一緒に下校しなくなったことは、不可解でしかなかった。

 ライブ映像が流れたまま、ミコトと私は久しぶりに語らう。

「碧について行きたかったって思ってるんでしょ」

「それはそうだよ。でも碧が近いから大丈夫だって言い張るから」

「前世の時から彼はこうと決めたら突き進むタイプだからね」

 私は口をとがらせる。

「なら、私のアプローチを受け入れて愛に突き進んでくれたら嬉しかったな」

 ふふっと笑うミコトは、依の顔をまじまじと覗き込んだ。

「碧は突き進んでたよ。想いばかりがね」

 私はだいぶうといのか、”想いばかり”という言葉がぴんとこなかった。

「僕、Aに警護の応援で時々依宅へ行ってたんだけどさ、見ててわかった。碧が猛烈に葛藤してること。あの時置かれた状況下では、なんとしてでも気持ちに蓋をしなければならなかったんだよ。結構ギリギリだったはずだけどね。依がクライアントのお嬢様じゃなかったら…いや、そんなことを思っちゃダメだね」

 ミコトが言いたいことがわかり、私も同感だった。

「そうだよ。あの夢も、前世での記憶も、私にとって大切な宝物なんだから。私がクライアントのお嬢様じゃなかったら、あんな素敵な夢は見れてない」

「実を言うとね、碧がなかなか戻って来ないのは、二人で話せってことなんじゃないかって思ったんだ」

「え…?どうしてそう思うの?」

「碧は恋人同士だった僕と依の距離が離れ始めてることを、敏感に気付いてた。訳あって事情を依に話せないって僕がふとらしちゃってさ。それをずっと心配してたのかな〜って」

 私は花火大会の日、碧に言われたあの言葉を思い出した。


『依、ずっと様子が変だけど、空回ってない?』


 あの時の碧は、私たちの不協和音を危惧きぐし、あの言葉をつむいだのだと今さらながら理解した。

 だとしたら私は今、ミコトとの壁をようやく取っ払える機会を得たというわけだ。

「依は覚えてる?碧が依を優しい目で見つめた時のこと」 

「うん。花火鑑賞する前だった。今でもはっきりと覚えてるよ」

 あり得ないことが起こっているとミコトが断言した碧の異変は、優しい瞳もそうだが、あり得ない弱々しい少年のような瞳も忘れてはいけない。

 碧はあの時、明らかに悲愴感ひそうかんと絶望感にさいなまれていた。

「その話を依から聞いた時、きっともう限界なんだろうなって思った。このまま行けば、きっと悪の感情を手放し、依への本当の感情を隠しきれなくなるのも時間の問題だろうなって。それならもう僕が決断しなきゃって思ったんだ」

「何を決断しなきゃいけなかったの?」

「僕が前世で亡くなったのは、碧よりずっとあとだった。神様に碧への推し活として5箇条誓約を課したことを聞いた時、神様は碧の親友だった僕にあることを託したんだ」

 それは、神様が唯一”推し”だと公言している碧の未来を、やっぱり唯一無二の親友であるミコトに託したい。そんな”方針変更”という名の”幸福への近道”を、ミコトにゆだねたというのだ。

 自分勝手に碧の人生のシナリオを考え、非情な人間になるよう仕向け、散々碧の転生先での人生を振り回したくせに…と、率直に思ったことは心の中にとどめておこう。

 ここまでくると、神様のことを呆れるより先に可愛く思えてしまうのは、神マジックゆえなのかもしれない…。そう思えば平和だ。

 しかし、話を最後まで聞くと…神様同様、親友のミコトも負けじおとらず、奇人だということに気付いた。


『METEORと碧の関係、知ってる?』


 この話の出だしは実に興味深かった。

 そして、両者の関係については初耳だった。

 ずっと秘密にしてきたことだし、今後も秘密にしておかないといけないことだから、秘密厳守を約束したのち、私にこっそりとその秘密ごとを教えてくれた。

 碧はなんと!METEORの楽曲全般の作詞家なのだという。

 ことの流れはこうだった。

 碧が中学生の時のこと。METEORの事務所が新人グループだったMETEORの新曲の歌詞をSNSで募集していた。碧がそれに応募したところ、見事METEOR側のお眼鏡にかなった。以後専属のシンデレラボーイになった。

 私は驚くとともに、納得した。

 まず、作詞家はAOIアオイだったことを思い出し、アオはアオイとも読めるから。

 そして何より、METEORの星と月の美しい描写が思い浮かぶ歌詞は秀逸しゅういつで、星鑑賞が好きな碧だからこそ生み出せたのだと感じたからだ。

 私は推し活初日に、”METEORの歌詞の推し”であることを打ち明けていたが、もう一度ミコトに吐露した。

 するとミコトは、難解なことを言った。


「碧は依がMETEORメンバーではなく、自分の作詩の推しだと知って驚いてたけど、僕の驚きはまったく別物。”依と碧の恋を成就させなきゃいけないのか〜”って驚愕きょうがくしちゃったんだよねぇ…」


 ”もう”を大袈裟に強調した。

 真相は先ほどの神様がミコトに託した”方針変更”の話に繋がっていた。

 神様は前世での碧の詩を密かに気に入っていた。

 だから、大分やりすぎた節があると密かに反省していた神様は、ミコトが転生する前にある重大な事を託したくなったのだそう。


『来世で碧が自分の詩によって依の心を動かせることができたら、君のタイミングに任せるから、神と碧が交わした5箇条誓約を無効にしてやってくれ』


 そんなことを託されても、その状況が訪れなかったらどうしたらいいのかと危惧きぐしていたにも関わらず、現世で出会って早々にその状況を迎えてしまったミコトは面食らった。

 よって、変な思考が生まれてしまったのだという。

 それは、碧の幸せを願う一方で、碧の魅力は”孤独感”だと思っていたミコトは、うれいある碧の沼を抜け出せそうもない。

 私との恋が成就すれば、碧は孤独から解放され、うれいある姿を見れなくなるという物寂しさにさいなまれた。

 そんな経緯で、神様からの願いを先延ばしにしてきたのだった。

 結果、神様同様自分たちの碧への並々ならぬ願望が、碧の人生を振り回し、私への想いを限界まで我慢させすぎてしまったと猛省。

 その後の経過は知っての通りで、今に至る。

 想像し得ない真相に驚きはしたが、結果オーライ。みんな今現在が幸せならそれでいいのだと思う。これに尽きる。

 それと、改めてミコトの最推し活にはあっぱれだと思った。

 不憫ふびん推しの代わりに私を守ることを決めて実行してくれた素敵な友達。今ならわかることもある。

「浮気をしてもないのにしたふうをよそおい、私と別れたのは意図的だったんでしょ」

「うん、そうだよ。ただ数日間放課後のお供をお願いしただけ。僕の私物を欲しがったことをいいことにね」

 だからあの子、ミコトとわりと親しげに接してたのか。

「依も知ってるように、最初は僕が代わりに依を守らなきゃっていう強い使命に駆られて始めたことだったんだ。だけどどこかで二人に接点を持たせたかったから、来夢と共謀してMETEORの推し活に無理やり二人を参加させたってわけ」

 うん。あの時来夢の勧誘はかなり強引だった…。

「碧の依への想いはもう我慢の限界間近だと思ってからは、今度は僕が非道にならなければいけないと思った。もうこのへんで依を僕のそばから離さないといけない。僕に幻滅させなきゃいけないって…」

「それもすべて、最推し活だから成せる技なんだね」

「そうでもしなきゃ、碧は5箇条誓約の呪縛じゅばくから解き放たれず、このままずっと依のそばから離れた状態のまま、時間が過ぎて行くだけなんじゃないかって思ったんだ」

 5箇条誓約は神様の悪ノリが発端ほったんだから、いつその誓約を破ってしまおうが、この現世から碧がいなくなるなんてことにはならない。

 すべてを知っていたミコトは、このへんで碧の解放を決心したのだった。

 だけど碧は、やはり律儀りちぎにその後も神様との約束を守ろうとした。

 ミコトとは逆で、何も知らない碧のこの行動は当然なのだけれど。


「だけど結果的に碧は、あんな大ケガを負うはめになってしまったんだ…」


 碧は神様との誓約を守りながらも、いつ危険な目に遭うかわからない私のことを密かに見守っていたのだ。

 碧は結果的に、5箇条誓約の第5条を破った。


 5. 想い人を守りたい時は、自分の手ではなく、他の人物の手を借りて守り抜くこと。



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