6
見るからに喜びを噛み締めている様子のミコトに、私は正直訳がわからないという感情以外に、違う人を見ているような不思議な違和感を感じた。
「ねえ、ミコト?別れて間もない元カノの私と親友が結ばれて、複雑どころか『最高な日』だとハイテンションで言えてしまえるほど
「その前に、いろいろと長くなりそうだからうちに来ない?」
ほどなくしてミコトママさんが迎えに来てくださり、私たちはミコトの自宅マンションへ移動した。
その道中、後部座席でひっそり手を握り合う碧と私は、ともに頭を寄せ合い、幸せを噛み締めた。
私はともかく、長年の苦労を重ねてここまで辿り着いてくれた碧に、とことんこの甘い状況に浸ってもらいたかった。
ミコトの自宅マンションに到着。
なぜか私たち三人は、私の推し活初日に利用した部屋で、METEORのライブ映像を鑑賞している。
ミコトは推し活初日と同じくグッズを手際よくテーブルに並べ、私たちを圧倒させた。
映像を見ながら一人
「この推し活と碧への推し活は、同じであって同じじゃないんだ。大好きなMETEORへの応援活動が【推し活】なら、碧への応援活動は【最推し活】なんだよ!」
「最も一推しな碧への推し活って意味?」
「そう。何を隠そう、僕は推し活をするために神様に懇願して転生までしてしまった痛い男なんだ」
「…僕のために?」
感極まっている様子の碧に、ミコトは「もちろん」と言いながら頷いた。
つまり、友情愛が大きすぎるあまり、”碧とまた来世で出会い、支えたい”という想いが強かったということなのだろう。
『ずっとこの日を待ってたんだ。君が思ってるよりもずーっと前から』
『え、それはどういうことかな。…私は、ミコトといて安全?』
『そんなことは断じてない。ありえないから安心してね』
『僕には君を守らなければならない義務があるんだ。理由は聞かず、僕を選んで』
『ごめんなさい、ミコト。私はやっぱり、得体の知らない夢の中でだけ会えるお兄さんのことが…』
『うん。僕もそうでいてほしい』
『僕もツグミくんも、ずっと依の心を守ってるお兄さんには勝てないんだよ』
ミコトの数々の不可解な発言は、結果的に不信感を招いてしまったが、今ようやく解明された。
それらの言葉はすべて、制限に
「ミコトは痛い男なんかじゃない。とても素敵すぎる絆だと思うよ」
「前世で恩人だった碧とその想い人だった依の悲恋を、今度こそ
METEORのライブ映像を正面に見つつ、質疑応答をする私たちは少々異様だった。
「もしかして私を恋人にしたのって、誓約を守らなければならない碧の代わりに、私をストーカー男や危険から守ためで合ってる?手すら触れなかったのも、碧を差し置いて触れるわけにはいかないっていう信念からだったの?」
「そうだよ。全部正解!でも、触れなかったのは…前世から引き継いでる極度の潔癖症のせいでもあるけどね」
ミコトの表情が急に暗くなり、視線を落とす。
「潔癖のせいで仕事仲間たちからよくからかわれてたんだ。気が滅入って落ち込んでた僕に、『汚いよりずっといい』って
その言葉に何かを直感した碧は、鑑賞中のミコトの視界を
「ミコトは、君はもしかして…前世で僕の身近にいた人ってこと?いや、さっき車の中で目覚めた時にたまたま聞こえて夢かと思ったんだけど、夢じゃないとしたら…」
『じゃあ、知ってしまったんでしょ?ボディーガードの正体を』
どうやらミコトがすべてを察して私に言った”ボディーガードの正体”というフレーズに、碧の思考が巡りすぎたようだ。
結果、”ボディーガードの正体”というフレーズが言えてしまえる人物に思い当たり、今確信を得た模様。
「前世の僕は付き合いが悪くて、職務上面識がある人はいっぱいいたけど、仲良くしてたのは一人しかいなかったんだ。その人が、ミコトだったらいいなって思ったんだけど、名前と顔が違うんだ」
あ…。そう言われてみれば、その該当者に思い当たる。
私の最期の時も、ボディーガードさんの隣にいたっけ。
「当然だよ。僕は前世で亡くなった時、神様にお願いしたんだ。来世はハイカラになりすぎないオシャレな名前に変えてほしい。同僚の碧みたいにかっこ良く生まれたい。その願望を神様が叶えてくれたんだ。だからこのかっこいい容姿とかっこいい名前を手に入れたってわけ」
碧はミコトを見つめながら、次第に笑顔に変わる。そして。
「君は神様に気に入られてたんだな。A氏」
「君はいつも僕をそう呼んでいたね。懐かしいよ」
二人はボディーガードの碧とボディーガードのA氏として、現世で再会したーー。
「僕は前世ではアキオって名前だったんだ。全世界に住むアキオ氏には申し訳ないけど、その名前が嫌いだって碧に言ったことがあったんだ。そしたら碧は、『じゃあ君さえ良ければ、次からは”A氏”と呼ばせてもらう』って言って、奇妙な呼び方になったんだよな。少年Aの成長バージョン的な…」
その会話を聞いていて思った。私だけじゃなく、ミコトも碧も、前世と現世の自分がリンクして生きているんだなぁと。
だけどそれは、来夢も同じなのだろう。
「碧。来夢のこと、思い出せない?」
来夢は前世の記憶が消されている。あれほど神様と仲がいい来夢なのに、神様が意図的に記憶を消してしまったのはなぜなのか…。
「来夢は…恵衣美さんなんだね」
「え?」
碧が唐突にそんなことを言ったから驚いた。
恵衣美とは、前世で喧嘩別れしたまま交通事故で亡くなってしまった私の親友で、その親友がこの現世では、あの来夢…?
しかも前世では面識がないはずなのに、なぜ碧がそう感じたの!?
「そうだよ。来夢は前世で依の親友だった恵衣美さんだよ。勘が鋭いね、碧は」
碧の勘が的中した。
そういえば、喧嘩の原因はボディーガードさんだった。
『依のボディーガードさん、私の理想の彼氏像にピッタリ』
思い出すと、
「名前も顔も違うのは僕と同じで、神様にお願いしたんだろうね」
「ああ。僕が来夢は恵衣美さんだと断定できたのには理由があるんだ。前世で依様と特別仲が良かったのは恵衣美さんだけだったから、現世で特別仲がいい来夢が恵衣美さんの生まれ変わりなんだろうなって思い当たって今に至ってる」
碧のそれは勘ではなく、確信だった。その上。
「来夢に前世の記憶がないのは、僕が神様にお願いしたからなんだ」
…え?なぜ?頭が混乱し始めた。
神様だけじゃなく、記憶操作に碧が関わっていたという事実に、私の思考が追いつかないでいる。
「前世での恵衣美さんの家庭環境が最悪すぎて死を招いてしまったという事実がある以上、辛い家族との思い出や依様との喧嘩の思い出も含め、全部記憶を消してしまった方がいいと
『神様。僕は転生するために5箇条誓約を守ります。依様を守れなかった罰は甘んじて受けます。ですが、ただ一つだけお願いがあります。先に旅立った依様の親友恵衣美さんのすべての辛い記憶をなくし、再び来世で依様の親友として転生させてあげてください』ーー
それはボディーガードさんの踏み込み過ぎた願いだったかもしれないけれど、無念のまま死した親友同士をこのまま離れ離れにさせたくないという過保護な感情がそう願わせたのだ。
私の胸は燃え盛るように熱くなり、感動の涙を流していた。
「碧。私はあなたの決断が正しかったと思う。子供にはどうにもできなかった辛い家族関係を現世でも引きずることなく、リセットする必要があったと私は思うから。恵衣美だった来夢の人生が、現世では平凡でも幸せであってほしい。それと、碧が私たち親友を気遣ってくれたことも感謝してる」
「依様…」
「来夢の幸せはさ、僕ら3人がいるから保証できるんじゃない?」
良き理解者がもう一人いてくれることは、本当に心強い。
「ミコト、ありがとう。私たちを前世でも現世でも、見守ってくれてありがとう。碧の最大の良き理解者であり、最大の推しボスでいてくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして。やっと報われました。そう言わさせてもらってもいいよね?」
「「もちろん」」
碧と私の声が重なる。同じ思いだった。
「推しボスって言われるとなんだか怖いイメージだけど、究極の推し活をした推し友ってことで、これからも碧と依を応援していくから」
「心強いよ。A氏…じゃなくてミコト」
時系列が混乱するのもまた、前世と現世が融合している証拠だと言える貴重で奇跡的な幸福なのかもしれない。
私たちは、神様から選ばれて再び会える運命を
だから、この幸運と幸福を噛み締め、この先を生きていく義務がある。
ミコトは来夢との現世での出会いについても教えてくれた。
元々ミコトは碧の親友というよしみから、5箇条誓約のこと、そして恵衣美のことを神様に聞いていたのだ。
現世での恵衣美が再び私の友人として幸せな人生を送れるよう、碧が懇願したことも含め、恵衣美のすべてを知っていた。
来夢ほどではないにしろ、ミコト自身も少なからず不思議な能力が備わっていた。それは、近い将来起こりうることのヒントを夢で知らせてくれるという能力らしい。
ある日、幸せそうな表情で私を抱きしめる女子の夢を見たという。
もしかしたらその初めて見る女子が転生した恵衣美では?そう思ったミコトは、その後初めて私と一緒にいる来夢を見た瞬間、あの夢の女子が来夢であり、恵衣美なのだと確信したそうだ。
私が知るところの出来事で言うと、ストーカー被害に遭っていることを私自身は気付かなかったのだが、夢で私がつけ狙われている光景を見たのもその能力だという。
私の推し活初日、実際につけ狙われていることを確認し、あとを碧に託したそうだ。ミコト曰く、その時の碧への指示も私を守る一環であるため、碧に対する推し活のつもりだったのだそう。
その時のことをふと思い出した。あのあと碧に悪態をつかれ、嫌悪感がありつつも守ってくれたことに感謝したっけ。
あの一連も推し活だったとは…。徹底ぶりに、心の中で脱帽した。
「気付いてたかもしれないけど、来夢の最推しも碧だよ」
「え?そうなんだ。二人ともありがたいよ」
来夢には前世の記憶がないけれど、ミコトと同じく来夢にとっても碧が恩人であることは間違いのない真実なのだから、ミコトは来夢にこう言い聞かせたという。
『碧をタイプだと思うのは、きっと前世で来夢の恩人だった人だからだよ』
その言葉を素直に信じた来夢は、前世での碧と私の関係から出来事までもミコトに教えてもらったらしく。
『じゃあ、現世では依と碧が幸せになるように、私たちも神様のように推し活しなきゃね!』
というわけで二人は、あの”推し友・推し活騒動”の一連の流れを思いつき、その後実行に移した。
神様とミコトと来夢。
この三人のそれぞれに違う”推し活”がなければ、碧と私は結ばれなかったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます