僕だけの星 1

 数日後ーー。

 我が家に碧が遊びにやって来た。正確には、うちのママに交際中の碧を紹介するために招いたのだ。

 ママはMETEORの推し活初日にミコトママさんと共謀きょうぼうし、私がミコト宅にお泊まりするようたくらみ、いろいろあった結果、実現させることに成功した。

 前世でも私のママだった人だけれど、ボディーガードだった碧のことは神様の記憶操作のおかげなのか、記憶から抹消されているようだった。

「はじめまして〜。ミコトくんもかっこ良かったけど、またママのタイプの子が依のもとに来てくれたのね〜。嬉しい!」

 ママが平和で良かった。

 前世では私に先立たれ、私を守れなかったとボディーガードの碧を憎んだのかもしれない。

 神様が自分の推し活に結果的に支障をきたす人物だとママを認識したからか、あえて現世のママにとって碧は、初対面となったのかもしれない。


 その後、澄み渡った綺麗な青空が、星が輝く綺麗な夜空に移り変わった頃。

 前世での屋敷のものとは比べ物にならないが、まあまあ広めのベランダに碧を招いた。

 前世での記憶のど真ん中にあったボディーガードさんとの星鑑賞が現世でも実現し、感動もひとしおだった。

「懐かしいですね、依様」

「こうしてまたあなたと星を眺めることができるなんて、どうしたらいいんだろう」

 碧は不思議な表情をし、私の顔を覗き込んだ。

「何を…ですか?」

「よく言う、幸せすぎて怖いってやつを噛みしめてる最中だから、この幸せが続くにはどうしたらいいんだろうなぁって思ってさ」

「それは簡単です。あの星たちに聞けばいいんです。思い出してください。依様は頻繁に星たちに悩みを打ち明けたり、解決方法を聞いていたじゃありませんか」

「そうだったけど、よく紛らわしいって言ってたじゃん」

「残された僕も、星に毎晩話しかけるようになっていました。一際輝く星を依様だと思って」

 碧の胴に両手を回し、胸に顔をうずめると、碧も同じように私を抱きしめた。

「前世でも現世でも、私を想い続けてくれてありがとう」

 何回も言ったこの言葉は、あと何回言えば気が済むのだろう。きっと一生言ってるな。

「前世で依様を失う前、僕はどうしても依様への愛の表現はつつしむべきだと自分に言い聞かせていたのですが、ひょっとして…」

「何を聞きたいのかわかるよ。正直に言うね。ダダ漏れだったぞ」

「やはりそうですか…」

 碧の落胆した低い声は、密着している体を伝い、私の耳に届いた。

「不器用なところがすごく可愛かったから、何度も見たかったよ?」

「あ、だから小悪魔のように接していたのですね」

「あれは必然。だってこんなに大きいのに子犬のように可愛いだなんて、ほっとけないって」

 再び碧の体に力が入り、さらにぎゅーっと私を抱きしめる。

「ケガが悪化するよ」

「大丈夫です」

 そこで思い出したのは、ケガの経緯だった。


『ヨリリンのボディーガードさんは…能前総合病院に入院してる』


 あの日、来夢からそう聞いた時、碧はどこか内科的に具合が悪くて入院しているのかもしれない。そう勝手な想像をしてしまった。

 ところが、緑道で車から降りてきた碧の姿を見て驚いた。


「碧、そのケガのことなんだけど…」

 抱きしめていた碧の体を解放し、顔を見上げた。

「これは…階段から転げ落ちました」

 碧の視線が定まらない。

「どれだけ入院してたの?」

「……一週間です」

「知ってる」

「え?」

 逆算すると、入院時期は碧とミコトが行方不明になった時期だった。

「それだけじゃない。すべてを知ってる」

「……」


 きっとケガの真相は、私には知られたくないはずだ。

 だって、暴漢連中から私を守るために負ったケガだったのだからーー。


 ミコトから聞いた話はこうだった。

 私のバイト先は、やはり碧の治安的な不安が的中していたようで、お店の周囲は悪の温床となっていたらしい。

 私とミコトが別れた直後から、碧はミコトの思惑通りに動いた。ミコトの代わりに。

 姿は見せず、少し離れたところでバイト帰りの私を家路に着くまでずっと見守ってくれていたのだ。

 碧に偶然遭遇したバイト帰り、悪態をつかれ、泣きながら帰ったあの日を思い出した。


『この空間に邪魔だから早く消えろよ』

『帰る!バーカ!!』

『ああ帰れ』


 いつも寄り道せず帰っていた私が、ふと池が気になり立ち寄った日でもあった。

 少し離れたところで見守っていた碧は、急に池付近で姿が消えた私を追いかけた。誰かに連れ込まれたのではないかと心配し、気が気じゃなかったそうだが、私が一人で安全にいることを確認し、安心した結果…。

 私の目を盗み、近くの一際大きな木の前に座り込み、欲を抑えれずに私に話しかけてしまった…という経緯があったらしい。

 悪態をついたのは、どうやら私を怒らせ、早く帰宅させたかったからだった。

 心配性は気にかけてくれてるあかしだから嬉しいのだが、少々やり方が単細胞すぎて、今となっては笑えてしまう。

 バイトがない日に池へと通っていたことは、怖くて言えやしない。

 木々の合間から見える星空。星空を反映したキラキラ輝く水面。幻想的な池周辺の夜景(+碧)。

 それらを見たいがためだったが、怖いもの知らずで軽率だったと今では反省している。


 ある日のこと。どこかの高校生らしき暴漢連中が前々から私に狙いを定めていたらしく、強行しようとたむろしていたそうだ。

『なあ、あの花屋の可愛い子が今日俺のものになるのかぁ。たまらんわ〜』

『勝手に決めんな。俺がまず初めに狙ってたんだからな!』

『お前ら何言ってんの?年功序列って言葉知らないのか?一つ年上の俺さまにゆずれや』

 そこに碧が通りかかった。

 耳障みみざわりなくだらない会話だったが、たまたま聞いてしまったことを運がいいと解釈し、悪の温床を排除したかった碧は。

『お前らどこの組のヤツら?俺は××組のアオイって言うんだけどよ、その花屋の子、俺の女だから手ぇ出すんじゃねえぞ。いいな』

 喧嘩を売ってきたと判断した男たちは、碧がほんまもんの組の人間だと思って一瞬顔を見合わせてひるんだ様子を見せていたらしいのだが、勢いで碧に襲いかかって来た。

 結果、外見ばかりの悪党だったらしく、連中3人vs碧1人という人数的不利にもかかわらず、かろうじて連中の退散に成功した碧だったが…。

 無我夢中で喧嘩し、排除した結果、ケガを負ってしまったというわけだ。

 帰り際、私が池に立ち寄ると予想できた碧は、先回りして私を待つことにしたのだが、木に重心を預けていたところ、次第に意識が薄れていった。

 何度連絡しても応答なしの碧を心配したミコトは、治安の悪い私のバイト先周辺にいて何かに巻き込まれたのではないかと思い、向かった。

 木の下で発見した時はすでに意識がなく、すぐに救急車を呼んだそうだ。

 それから数日間、ミコトは碧に付き添った。


 私はそのことを聞いてすぐに思い当たった。碧を池で最後に見かけた日だと。

 碧は眠っているのだと判断してしまい、すぐにその場をあとにしたのだが、あの時碧のケガに気付いてさえいれば、少しは状況が変わっていたかもしれない。

 後悔しても仕方がない。命に別状はなかったのだ。

「碧。私を守るために、危険な目に遭わせしまってごめんなさい」

「依様、それは言わないでください。り傷と腕の骨にヒビが入っただけで大したケガでもないのに、手当てや検査が大袈裟なのです」

脳震盪のうしんとうを起こしてたって聞いたよ。大袈裟でもちゃんと検査してもらえてよかった。碧がボディーガードさんであり、夢の中のお兄さんだと私が気付く前にもしものことがあったら、碧は報われないじゃない」

「そんなことはありません。僕はあなたさえ無事ならそれでいいんです。どんな方法であろうとあなたを再びお守りするために、僕はあなたのそばに転生してきた変態なのですから」

 淡々と自分を変態呼ばわりしたところが自虐的で、最高にウケてしまった。

「ありがとう」

 感謝の気持ちは尽きない。


『あんたって……彼氏いる?』

『え、いないよ…?』

『焦らない方がいい。あんたは交際には向いてなさそうだから』


 あの失礼な言葉は、前世では私がボディーガードさんに言った言葉だった。


「だけど、あの失礼なことを言った人の言葉とは思えないなぁ。ほら、推し活初日の”交際には向いてない発言”」

「…あー。あれは単なる遊び心ですよ」

「え?」

「前世では依様が僕に言った言葉だったから、もしかしたら僕のことを思い出すかなって。浅はかでした…」

「うん。出会って早々に言われたから、まだ前世の記憶を思い出せていなかった私にとっては、ただの失礼な男っていう最悪な印象が植え付けられたという…」

「ですよね…」

「思えば私的には、前世も現世も碧との出会いはあまり良くないけど、結果結びつく運命だったんだね」

 落ち込んでいる様子の碧が喜びそうな言葉を言ったつもりだったが。

 ……ん?あれ?待って待って…?碧の様子がおかしい。

「碧?どうしてそんな無表情なの?なんなら少し不機嫌?」

「……」

「あ〜あ、碧は私の運命の人って話じゃあ喜べないのかぁ…」

「はい」

 実直さが玉にきずではあるが、いさぎよい。

「私は大好きなのになぁ。運命って言葉」

「僕はトラウマですよ。運命って言葉」

「どうして?」

 碧はいまだやや不機嫌そうな顔で私と対峙たいじする。

 そして、ひとつ大きなため息をつく。

「依様。あなたはギャンブラーですね」

「ギ、ギャンブラー!?」

 ここは一旦落ち着き、ちゃんと話を聞く姿勢を作る。

「前世で僕が亡くなった時、こっそり依様が神様にお願いしたを聞いてしまったんです」

 私が神様にを…お願いした?


「来世に転生する時は、僕との前世での記憶を消してほしいとお願いしたそうですね」


 急に忘れ去っていた記憶を思い出した。

 碧が運命の相手なら必ず会えると確信していた私は、ともするとマイナスにとらえられるような願い事を神様に懇願こんがんしたのだった。

「僕が依様の運命の相手なら会えるはずだと思ったのでしょうが、会えなかったらどうするんですか?」

 だから私はギャンブラーなわけね。勝算があるのかわからないのに手を出してしまう。

 本当に来世で会えるのかわからないのに、運命だと信じて会えることを試したがる。

「会えなかったらなんて…そんなことは考えなかった。絶対に会えるって思ったよ」

「根拠のないその自信はどこから来るのですか?」

「それはね、自分の小指に結ばれた運命の赤い糸が鮮明に見えてるからだよ。ヘヘッ」

 嘘か誠か。そんなことより、ねて怒る碧が可愛すぎてしんどくなった。

「本当に”運命”が好きなんですね…。僕は依様と来世で再び会いたいがために、神様との誓約を守ると誓ったというのに…。僕が誓約を守ると言わなかったら…。そう思うとゾッとします」

「だからその誓約の件は神様の悪質な悪ふざけだったわけで…」

「だとしてもそもそも僕は、神様から悪ふざけだったと直接聞いてはいません。二人が出会えるよう、最初から神様が配慮してくださったんだと思いたいです」

「それならそれで心の底から感謝だけど、私は運命だと思いたいな」

「…トラウマですから。は」

「前世と同じで頑固だね…。まったく…」


 チュッーー


「へへっ」


 碧の頬に機嫌直しの接吻せっぷんをした直後、碧の本音を聞いてしまう。

「愛らしさ全開ですね、依様。でも…頬ではなく、唇がよかっ…あ……」

 顔を見合わせ、クスリと笑う碧と私の心の距離は、今までで一番急接近していると感じた。

「依様。僕との記憶を消してほしいと願ったのに、僕との記憶だけじゃなくてすべての記憶がすっぽりとなくなっていたのは、四六時中僕のことが頭から離れなかったからですよね?24時間ずっと」

 ……否めない。まったくこの子犬は、目を輝かせて純粋そのものだ。


「今日夕飯食べて帰りなよ」

「はい。そうします」

「ついでに泊まって帰りなよ」

「はい。…え?泊まってもいいんですか?」

「下着はパパのでもいいの?」

「はい。大丈夫です」

「うちの子になる?ずっと一緒にいれるよ」

「依様ときょうだいは御免です…」

「あれ?ねてる?冗談だよ?」

「それなら良かったです」

「いつにする?結婚」

「えぇ!?…あの、プロポーズは僕がしたいです」

「待ってます」


 今日も今日とて、平和で何より。

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