3


「…依様、お願いです。もう一度、僕のもとに舞い降りてきてください」


 その男の声はいつも切実で、今にも消えてしまいそうなほどに衰弱していた。

 これほどにまで心を痛め、信じられないほどの強烈な愛をほうむすべを知らない不器用な男だと感じた。

 ただただ気に入った。

 だが男は、用心棒として人知れず愛する人を守る幸運に恵まれながらも、人がいいだけに彼女の演技に気付かず、逆に守られるという結果を迎え、彼女をこちら天国に見送ってしまった。

 男はその後も亡き愛しい人への罪悪感と、どうもがいても会うことができない悲哀ひあいに苦しんだ。

 それでも職務をまっとうしようとしたが、志半こころざしなかばで病に倒れ、32歳という短命で生涯を終えたーー。


 当然のように独身を貫いた彼に称賛しょうさんを送る神は、男との面会を心待ちにしていた。


 ”二人には劇的な再会が必要だーー”


 このように思いついてからというもの、神は夢中になって男の来世でのシナリオを考えることにいそしんだ。


 ”贔屓ひいきにする者を極限まででてつくす”


 未来の世を透視できる神ゆえ、この来世で主流となる”推し活”というものを先駆けるために、自ら実戦に挑んだのだった。


 ーー「ようこそ、天国に!」


 ”推し”との出会いに、気分の盛り上がりテンションを間違える神…。

「神様、僕はなぜ天国にいるのですか?僕は…過去に愛する人を死なせてしまいました。なのになぜ…」

 未だに思い詰める表情が痛々しくも美しい男に、不謹慎だが感銘を受けた。


 ーー「君は罪を犯したと思っているのかい?」


「はい。もちろん」


 その真っ直ぐな眼差しが、本心だと語っている。


 ーー「それでも、心の奥底では何か希望があるのではないか?」


 視線を落とし、潤んだ瞳をまぶたで隠す。


「望めばキリがありません。愛する人と再び巡り合い、想いを伝えたい。今度こそ命がけでお守りしたい。触れたい。…本当、キリがないのです」


 ーー「君は過去に愛する人を死なせてしまったと言ったな」


「はい」


 ーー「それは少々語弊ごへいがある。君は直接彼女を手に掛けてはいない」


「ですが神様、僕は彼女の用心棒だったのです。用心棒は一瞬の判断ミスも許されないし、お守りする対象に危害が及んでから防護することがあってはならないのです。危害を加える状況を許してはいけなかったのに僕は……」


 ーー「ならば少々酷こくだが、来世では条件付きで彼女に会わせてやろう」


 神は男に対し、非常に酷な5つの誓約を立てた。

 男は表情一つ変えず、必ず約束を守ると誓った。

 だが男はただ一つだけ、神に切実な願いを明かし、神はその願いを叶えるべく承諾した。


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 <5箇条誓約>

 1. 来世では想い人と決して恋人になってはいけない。

 2. 想い人に嫌われる行動をとること。

 3. 決して想い人に笑顔を見せないこと。

 4. やがて想い人に恋人ができたとしても、その仲を裂くような真似はしないこと。

 5. 想い人を守りたい時は、自分の手ではなく、他の人物の手を借りて守り抜くこと。


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「お兄さんは前世でボディーガードとして私の近くにいながら、私を守れず死なせてしまった。それで神様が厳しすぎる5箇条誓約を立てて、お兄さんがその条件を守ると誓ったから転生させたということなのですね?神様」


 ーー「さよう。君はどう思ったのだ?」


「お言葉ですが、神様はバカなんですか?どんな厳しい誓約を立てたかは知りませんが、お兄さんは私を傷つけるどころか、心を救ってくれた恩人だったはずです。実際に私を傷つけ死なせた人は現世でいい人に生まれ変わってるから、その人を責めるつもりはありません。私が一番言いたいのは、少なくとも私が見た夢の中のお兄さんはとても素敵な人だったのに、神様が彼に対して非情な理由がわかりません」

 どうもこうもない。話にならない。こんなひどい神様は神様じゃなく、魔王に匹敵するのではないだろうか。

「ヨリリンがひどく怒るのもわかるんだけどね、今なんでそんなにひどく怒ってんの?」

「怒るよ。そりゃあ…。でも、そんなにひどかった?」

「神様をバカ呼ばわりするほどギャンギャン怒ってた。恐れ多いことを言ってしまえるのはよっぽどひどく怒ってるって証拠だけど、ヨリリンらしくなくて驚いちゃった」

「私らしくない…かあ」

 不器用だな。私って…。

「ヨリリン、手。痛くない?今自分が握ってる手を見てみて。怒りで爪を立ててるから爪の跡がついてるんじゃない?」

 来夢の指摘は的中していた。てのひらに痛みを感じたが、怒ることに無我夢中だったからか、まったくそのことに気付かなかった。

「怒りは事実だとしても、何かおかしいなあ〜…」

 そんなにもまじまじと顔を見ないでほしい。

 めずらしく子供を言い聞かせるような落ち着いた声色こわいろで、引き続き来夢の話は続いた。

「ヨリリン。お兄さんは、この現世で誰だか知ってるよね?」

「…知ってる」

「大好きなお兄さんなのに、顔を見れた途端困ってたのは、感情が混乱してるからじゃない?だから今、神様への怒りで最大の感情を誤魔化してる。どう?」

「…図星。まいったなぁ」

「やった!いつもと形勢逆転しちゃった〜」

「何それ」


 私は今、ただ神様に怒りを感じることに一生懸命になっていた。

 前世で亡くなったお兄さんを非情な形で転生させた神様に怒っていた。

 だがそれは、胸が苦しくなるほど膨らみ続けるお兄さんへの想いを表面上隠すために、自分自身をあおり、必死になって怒っていたのだ。

 神様への怒りは事実且つカムフラージュ。

「そうでもしないと、恋しい気持ちがあふれそうになってた」

あふれちゃえばよかったのに」

「ダメだよ。だってお兄さんは…」

 はぁ〜っ…。首を左右に振り、やれやれとばかりに大きなため息をつく来夢。

「あの時しらを通した私にしつこく聞けばよかったじゃん!切実そうに!」

 きっと他の人が聞いたら疑問符が浮かぶであろう言葉だが、私にはすぐに理解できた。

「来夢はやっぱり知ってるのね。でも、何度も聞いたのに知らないって…」

「まああの時は私の口からは言っちゃいけないって思ってたからね。だけどヨリリンが切実そうに聞いてきたら観念して口滑らせてたと思うわ〜」

 じゃあ、今さらながら気持ちを込めて、ありのままの感情をむき出しにして言えば……。

「ヨリリン、今いい顔してる。そうでなくっちゃ!」

 素直な気持ちが胸を占領し、とめどなく目から温かいものが頬を伝う。

 自分の気持ちを整理する。

 ”命懸いのちがけで守ります宣言”の夢で、初めてお兄さんの顔をおがめた時は正直戸惑ったし、信じられなかった。

 この日を含めた3日間で、前世でのお兄さんと私の思い出を、走馬灯のように夢の中で振り返れた。

 前世の両親の顔と現世の両親の顔は一致していた。今のところ一致の確認ができているのは、両親とお兄さんしかいない。


 そして私はこの3日間で、前世の記憶を完全に思い出せていた。

 それだけではなく、”今の私は前世の私でもある”と認識し、懐かしい意識も復活していたのだったーー。


 つまり、前世と現世の私が共存している状態になっているのだ。

 さいわい、前世と現世の私は性格や感覚が似ているからか、そんなに違和感や戸惑いはなかった。

 記憶喪失だった私が完全に記憶を取り戻した。この感覚に近い。

 結論。前世の私が、そのままの人格を保持したまま転生したことは間違いない。

 転生して最近まで、前世の記憶が全部欠落していたことは謎だけれど…。


『僕を思い出して』ーー


 夢は、ボディーガードさんのそんな想いがあって見れていたのかもしれない。なぜなら、私の前世の記憶が蘇った途端、パタリとお兄さんの夢を見なくなってしまったからだ。

 そして、お兄さんの夢を見たあと泣くほど切なくなった意味が、今ならわかる気がする。

 それは、お兄さんとの記憶を思い出したいと、無自覚に願ったからではないだろうか。

 しかしその後、はっきりと思い出したボディーガードさんのが、私を一旦とどまらせた。

 困ったことに、自分の矛盾した感情に振り回されもした。

 戸惑いつつも無性にボディーガードさんの顔を見たくなり、声も聞きたくなってしまった。


 ーーそれでもやっぱり今は、会いたくても会えない。


 猛烈に葛藤した。だから自分の感情をもあざむく必要があると思った私は、恋しい感情を別の感情に置き換えてここ数日間を過ごしてきた。

 今、神様と来夢のおかげで、そのことを急激に自覚し始めた。

 私はもう、自分の感情に正直に生きていきたい。


 あの日々のボディーガードさんとして、今の私と向き合ってくれないかな。

 新しい世界で、続きの恋を始めたいと切に願う。


 ーーねえ、今どこにいるの?


 とうとうあふれ出す寸前の私の想い。胸を押しつぶす前に、自分自身を救い出す必要があった。


「来夢お願い!お兄さん…ボディーガードさんの居場所を教えて!!」


 ミコトと碧がいなくなってから今日で一週間。


 私は新たなる人生を歩む決心をし、走り出したーー。




「神様、とうとうこの日が来ましたね。前世からおよそ何十年越しの成就じょうじゅですかね」


 ーー「神はこの日を心待ちにしていた。やり方はだいぶ遠回りでこくだったが、すんなりまとまるよりは良かったはずだ。紆余曲折うよきょくせつの末ならば、より最も濃密な愛が生まれると思わんか?」


「はい、そう思います。ホント神様っておもしろい感性の持ち主ですよね!」


 ーー「これが神なりの、”推し活”だ。あの二人は許してくれるだろうか」


こくでもなんでも結果オーライ。ヨリリンはもうとっくに許してますよ。だってさっき別れ際に言ってたじゃないですか。『神様、魔王だと思ってごめんなさい』って。あの二人の最大の応援団長は間違いなく神様ですよ!!……あれ、神様?声が聞こえない。…ひょっとして、泣いてます?」

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