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 未だにミコトと碧がいなくなった理由がわからないでいる。

 この話になると、来夢は知らぬ存ぜぬを繰り返す。

 だけど、根拠はないが、来夢は二人が消えた事情を知っていて、隠し通しているような気がしてならない。

 私の腕を掴み、軽やかに歩みを進める来夢だが、その腕を逆に私が掴んで歩みを止めてそのことを問いただそうものなら…。その先には、来夢が真実を打ち明ける未来が存在するのかいなか。試みる勇気が私にはない。

 ミコトが最後に言っていた言葉に、ヒントが隠されていないだろうか。


『お互いの門出、いや、依の祝いの門出は確実だから、僕のこの言葉を信じて突き進むといいよ!』


 占い師のごとく、確信を得ているようなその言葉を信じて突き進めればいいのだけれど、その言葉の意味が未だにわからないでいる。


『僕たちの押し活、これから力入れていくからついて来てね!』


 METEORの押し活がいっそう躍動やくどうしていくものと思っていたのに、いなくなったんじゃあついて行きたくても、行けないじゃない…。

 消息不明のミコトに文句を言ったところで、彼が今すぐここに帰って来てはくれないのが切ない。

 頭が混乱しそうになりながらも見覚えのある場所に到着し、私は息をんだ。


「前世で犯罪者だった人って、私を刺殺した…彼だったんだね」


 今ひとつあの夢の信憑性しんぴょうせいが欠けていると感じていたのだが、来夢に連れて来られたことにより、真実味を帯びてきた。

「そうだよ。彼が前世でヨリリンを死なせたことは間違いないし、絶対に許されることじゃない。前置きとして言っておくんだけどさ、今から話すことを綺麗ごとで終わらせるつもりで言うんじゃないから誤解のないように聞いてほしいんだ」

「うん、わかった。これから聞く来夢の話をすべて信じて受け入れる」

 その言葉をすぐに言ってしまえるほど、私は来夢を大切な親友認定している。だから無条件に信頼を置くことができているのだ。

「彼は自分が犯した罪を十分反省して極刑を望んだそうよ。想いがむくわれずヨリリンを手に入れられないのであれば、即座に殺害しようと決めて実行した。独房の中でそんな身勝手な自分を恥じ、憎み、心身を衰弱させていき死亡。罪をつぐなえずに死んだ自分をも情けなく感じて奈落ならくへの扉に向かっていたところを神様が救ったってわけ」

「そうなんだ。神様は更生できる人を簡単に見抜けるんだろうから、そこに関しては文句はないよ。現にいい人に生まれ変わってるしね」

「そうだね。他人本位に生きてほしいから、誰もが好きであろうアイスクリーム屋さんで働いて、世間に貢献していける人生を神様が提供したんだよ」

 夢の中で私を刺殺した犯人は…ツグミくんだったのだーー。


 前世で犯罪者だった人物に会いに行くと言い、来夢は私をツグミくんのもとに連れて来た。ということは、夢で見た光景は前世で起こったことだと断定できるのではないだろうか。

 このことから考えると、私が今まで執着して見てきた夢の中のお兄さんとの出来事や会話も、ひょっとしたら前世での出来事だとすると…


『僕を思い出して』ーー


 やはりこのメッセージを込めた夢だったのかもしれない。

 最近は毎日お兄さんの夢を見れていたことから、性急せいきゅうさすら感じていた。

 だがその前に、前世のことで解決しておかないといけないことがある。

「来夢、ツグミくんのことは私が許すも何も、彼には前世での記憶がないのか、完全に前世での彼じゃないよね。だから、この現世で自分のあやまちから解放されてるのならそれでいいよ」

「ヨリリンがそう言うんなら私もそれでいい。きっと神様が彼に託したんだよ。来世では人々に貢献して生きることを。その素質があることを見抜いたからこそ、犯罪者だった彼を特別に許し、前世の記憶を消して転生させたんだよ。前世とは違って声も優しくてお兄さんに似てるって思ったんじゃない?ヨリリン」

「そうなの。それになんとなく雰囲気も好印象なところも似てた。おかげで惑わされたなあ…」

 来夢がなんでもお見通しだったのは、前世でのいろんな夢を見ていたからだという。そしてその人たちは、お兄さんをはじめ、ほとんど現世で私の近くにいるらしい。

「神様が夢に出て来てこんなことを言ったの。『依が君のところに神妙な面持ちで訪ねて来た時は、前世での自分の最期を夢で見た時だろう。その時は君が今まで見た夢の話をしてやってほしい』って。私は楽しんで頼まれてあげてるけどさ、割に合ってないんだよねぇ」

 来夢が転生前に神様と馬が合い、神様に気に入られたことにより、神様しか知らないような出来事の夢まで見れるようになったらしい。愚痴を言っていてもなんだか楽しそうで安心した。

「私も運命の彼との思い出を夢で見たかったなあ。ヨリリンがそんな素敵すぎる夢を見てるってことを夢で知ったときは嫉妬したんだよ、私。そんでもって、実は不憫ふびんでかわいそうとも思ってた」

「私が不憫ふびん?なぜ?」

「私の気持ちはいつも憎たらしく見透かしてくるくせに、自分の現状はというと、夢の中のお兄さんに恋をしててままならないじゃない?ある変化があって展開が変わっちゃったけど、一生そのままならない恋をするところだったんだよ?不憫ふびんすぎでしょ」

 私のことが大好きすぎる子かと思いきや、心の中では毒も吐いていたのね…。とは言え、怒りは微塵みじんもなく、ぶっちゃけるところが素直で来夢らしくていいと思えるほど、私は来夢が大好きらしい。

「うん、不憫ふびんだよね。…そっか、やっぱり私って一生お兄さんに触れられない運命だったんだ。だけど、”ある変化があって展開が変わった”って…どういう意味?」

「大丈夫。もうすぐわかるから〜!」

 そんな気になりすぎる言葉をかき消すように無邪気に笑う来夢だったが、急に首を傾げた。

「ところで、なんで前世での私自身の夢は見れないんだろうってずっと思ってるんだよねぇ。まあ現世が気に入ってればそれで良しとしてる。私自身の前世なんて興味ない。過去は振り返らない主義だからね!それほど今がパラダイスってことだよ!」

 心の底から現世を楽しめていれば、それが何よりなのかもしれない。

 神様に頼りにされすぎて、いろんな人の前世の思い出まで背負わされているから気の毒だけど、来夢自身がいろんな登場人物の夢を楽しんで見れているならそれで良しとしてもいいと思った。

「ヨリリンのそばにいる人ばかりの夢を見るのはさ、きっと私もヨリリンのそばにいた人間だったからだと思わない?ヨリリンのそばできっと楽しく暮らせていたと思う。そう思えるだけで幸せだよ!私」

「そうじゃないと嫌だよ」

 来夢が幸せそうな顔をしていると、私も幸せだと感じる。

「もう気付いてそうだから言うけど、ヨリリンが夢で見たお兄さんとのひと時は、ヨリリンの前世で実際に起こった出来事なんだよ」

「やっぱりそうだったんだ…」


【お兄さんが出てくる夢イコール私の前世での思い出】


 ドラマの物語のように筋道の通った夢を見ていたことに、やはり意味はあったのだ。

 神様が私にお兄さんを思い出すよううながしているように思えてならない。

 後ろ姿、ぼんやり横顔、声、目元、ようやく顔全体と焦らしに焦らして、徐々にヒントのように見せていく演出は趣味が悪いけれど…。

 夢でお兄さんの顔を初めて見てからというもの、正直気持ちの持っていき場がわからなくなっていた。

「これ言おうかどうか迷ったんだけどね、お兄さんの顔って超私のタイプなんだ。一目惚れレベルで!」

「でしょうね…。女子なら誰もがそうじゃない?」

「ヨリリンって、やきもち妬かないの?」

「妬くわけない。そんな心が狭い女じゃないから」


 ーー『それは良い傾向だ』


 姿は見えないのに、野太い声だけ聞こえてきた。

「あ、神様の声」

「え?それはさすがに…」

「だよね。信じがたいけど、これも現実だから向き合おう。ヨリリンッ」


 ーー「君らは喧嘩もせず、このまま仲良くしなさい。それを願っている人のためにもな」


 神様が気にかかる言葉を言った。


 ”それを願っている人のためにも”って、その対象者は一体どこの誰なんだろう…。


 ーー「君が前世でずっと愛していた、ボディーガードの彼だよ」


 「不意打ちは困ります。心の準備ができていません。っていうか、私の心の内だけで完結する独り言が、神様には聞こえていたんですね…」


 ーー「神は極力すぐに答えを伝えれる存在でありたいと常に思っている。それにしても君は、答えを伝えたら伝えたで戸惑うのだな」


 「当たり前です。だって、ボディーガードのお兄さんはこの現世では……」


 ーー「動揺を隠せないのはわかるが、正真正銘しょうしんしょうめい、事実だよ。真相はまたいつか彼に聞くがいい」


 「肝心な真相を言うつもりがないのなら今言わないでください。いろいろ混乱中なんですから!」


 ーー「すまないが、神も計画に忠実なのだから仕方があるまい。彼に直接聞いた方がドラマティックだからな。(これも推しの恋を豊かにする推し活の一環だ心の声)」


 なんだそれ。もういい。いろいろ意味がわからなくて頭痛すらしてきた…。

 来夢も神様にあやかったのか、正真正銘の事実を吐露し始めた。

「犯罪を犯しても、ツグミくんみたいに特別枠で現世に転生できた人と、そうじゃない人がいるの。そのそうじゃない人が、お兄さんだよ」

「え…?お兄さんが!?」

 犯罪とは無縁なボディーガードという職に就いていた人なのに…。信じられなくて言葉を失った。

 夢ではとても優しくて、誠実で、かっこかわいいお兄さんが、どんな犯罪を犯したというのだろうか。まったく見当がつがない。



 ーー「では、神が教えてやろう」

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