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 今日という日が半分過ぎる直前。


 私は新たなる人生を送る決心をし、走り出したーー。


『来夢お願い!お兄さん…ボディーガードさんの居場所を教えて!!』

『わかった。ヨリリンのボディーガードさんは…』


 来夢からボディーガードさんの居場所を聞いた直後、詳細も聞かず、いてもたってもいられずに駆け出していた。

 そのせいで来夢宅にスマホを忘れてきてしまったが、想いが先走り、戻っている場合ではなかった。

 とにかく走った。だが途中、足がもつれて転倒し、膝をりむいてしまった。足に力が入らない。

 ここはいつも近道として利用している緑道の入り口で、まだ目的地はほど遠い。辺りには誰も見当たらない。何度も深呼吸をし、なんとか気持ちを落ち着かせる。

 早く会って話がしたい。聞きたい。

 病院にいるってことは、体に不調が生じてしまったからだろう。何があってそうなってしまったのかも気になった。そして急に、不安に駆られた。

 せっかく会えると思ったのに、生命の危機にさらされているのではないかと。

 負の感情にえ、痛さとともに歩くこともままならない状況をなげき、悔し涙が頬を伝う。

 こんな最悪な事態にもう一つ加わるとすれば、濃霧のうむだろう。必死に走って来たから気にもめなかったが、やけに見通しが悪いことに今さらながら気付く。

 すると、タイミング悪く前方から車が近づいて来ていた。

 濃霧とはいえ、うっすら道は把握できるため、こんなみじめな姿を見られてしまうのではないかと懸念した。早く通り過ぎることを願ったが、なぜか赤い車が私の横で停車した。

 バタンッ、バタンッーー。2回車のドアを閉める音が聞こえ、二人が近づいて来た。濃霧のうむの中でも、すぐに誰だか気付く。

「依ちゃん、大ケガじゃないの!大丈夫!?」

 フローラル系のいい匂いがするこの美魔女はミコトの母親で、とても気が動転している。

「大丈夫…ではないですね…」

「だよね。応急処置するから待っててね」

 早口でそういうと、急いで車に戻った。

 もう一人は、心配そうなおもむきのミコトだった。

「痛いよね。母さんが処置してくれるから待ってて。ところで依、どうしてこんなことになってんの?」

「ボディーガードさんに会いたいの。会って私の想いを知ってほしいの」

 この気持ちはもはや抑えきれない。ならば、ありのままの気持ちを打ち明けなければいけない。

「もしかして、来夢に聞いて病院に向かう途中だったの?」

 この優しさあふれる声が、お兄さんに似てると思ったことがあった。

「うん、そうだよ。今病院に向かう途中だったの」

「じゃあ…知ってしまったんでしょ?ボディーガードの正体を」

「うん。ミコトも来夢と同じく、私の前世のことを知ってるよね?もしかしてミコトのお母さんも知ってるの?」

「いや、母さんは何も知らない。でも、何も聞かずに僕のしたいようにさせてくれてて助かってるんだ。僕はすべてとは言えないけど、大体のことは知ってる。それで依は、僕にいろいろ聞きたいんでしょ?」

「そうなの。でもその前に、ミコトに報告があるの」

「うん。聞くよ」

「あのね、前世の私の記憶と意識が蘇って、前世と現世、二人の私がこの体に共存してるの」

「夢を見て記憶が蘇ったんだね。ややこしくて嫌にならない?」

「全然。むしろこの状況が大切すぎて今にも狂いそうだからお願い、教えてミコト。あなたの知ってることを」

 一呼吸ひとこきゅう置いたのち、ミコトは笑顔でこんなことを言った。

「夢ではっきりとボディーガードの顔を見れたんでしょ?…僕だった?」

 返答をしようとしたタイミングで、ミコトのお母さんが小さな救急セットを持って来て、ケガの応急処置をしてくれた。

「これで良しっ!二人が別れたって聞いておばさん落胆してたんだけどさ、友達としてならこれからも付き合えそうだね」

「はい。嫌いにはならないですし、友達として死ぬまでの付き合いになると思います」

「そっか。安心したよ。じゃあ、まだ話すよね。ちょっと歩いた先にベンチがあったと思うから、そこで待ってて。連絡くれたら迎えに来るから」

「いえ、ありがたいのですが、歩いて帰れるので大丈夫です」

「油断は禁物よ。傷口が開いたら大変だし、それに…もう一人油断できない子がいるからね」

「え?」


 バタンッーー


 車から降りて来た人物を見て、私は夢を見ているような感覚になったが、すぐに現実に引き戻された。


「碧…」

「おばさま、俺はもう平気ですって」


 なんと碧の顔には2ヶ所ガーゼが貼られており、手足も包帯でぐるぐる巻きにされていた。


「傷だらけの依ちゃんと碧くんのために、今日はアッシーに徹しまーす!じゃあね〜」

「ありがとうございます。おばさま」

「はいは〜い」

 霧はすっかり見通しがいいほどに消え去り、日差しが降り注ぐ中、颯爽さっそうと走り去る真っ赤な車を見送った。

 車の姿が見えなくなった途端、私は碧の痛々しい姿をまじまじと見つめた。碧もそんな私を黙って見つめ返した。

 大いに気になるけれど、ケガのことや、二人して一週間消息不明だったことについての疑問はあとで聞くとしよう。

 私はミコトの前に移動し、対峙たいじした。

「どうしたの?依」

 ミコトは私の初めての彼氏になってくれた。

 いつも優しく私のそばにいてくれたけれど、一時的に不安な気持ちも味わった。それでも全部ひっくるめて、私はミコトが大好きなのだ。

「ミコト。今まで私を見守ってくれてありがとう。これからもずっと末長くよろしくお願いします」

「それはまた恋人としてってこと?」

 わかってるくせにとばかりに目を細め、含み笑い…という形で返答した私に何かを察したミコト。優しく微笑み返し、納得したようにうなずいた。

 次に碧の前に立ち、再び見つめ合った。

「なんだよ…。ケガしてるんだからじっとしてろよ」

 いつものだった。

「私のケガより碧の方がひどそうだから、手短に済ませてあげる」

 本当に碧は嫌な男の代名詞のような男で、出会ってからずっと憎たらしかった。だから同じ空間にいることすら嫌悪だった時もあった。だけど…


 私はこの冷酷な男を、解放しようと心に決めたーー。


 手短に済ませる方法。それは、勇気さえあればとても簡単だった。


「えっ、依!?」


 驚くミコトだったが、私はもう抑えられないほどはずみがついていた。

 必死に碧の胸ぐらを掴み、勢いよく飛びかかるように…ーー


 ーーーキスをした。


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