4
「じゃあ私が、空手四段の
これは、
「事実だとしても、それを過信することでさらに悪運を招きかねないだろ?」
空手は幼い頃から極めたくて、突き進んできた習い事だった。親の希望もあったが、日々凶悪な犯罪をニュースで目にするたび、自分自身を守る
無知は
「空手、今も続けてる?」
「…続けてはないけど、努力と技は身についてるから!」
「実践できることが重要だろ」
それを理解した上であえて言わせてもらいたい。やっぱりどうしても碧はいけ好かない。
我慢をしていたが、今までの不満はこのタイミングに爆発してしまったのだった。めずらしく機関銃の
「碧はなんでいつも私にだけ厳しいの?見たことあるよ。他の人全般には笑って話してるじゃない。この際教えて。私のことが相当嫌いでしょ」
「は?なんでそういう
明らに感情任せな私が悪い。普段じゃ考えられないほどの
「私にはほぼ目を
「バカみたい。いちいち俺の言動に反応しちゃうなんて、時間の無駄だからやめなよ」
拒絶感に
「まだ答えを聞いてない。お願いだから、避けずに罰ゲームだと思って私を見なさいよ!」
碧は渋々再び私と
「見たくないほど嫌いだからだよ。他に理由なんてない」
ここまでの
私を見たくないほど嫌う理由って…なんだろう。外見が生理的に受け付けないとか言いそう…。
もう一度質問する勇気など、もう私にはなかった。
この時私の脳裏に浮かんだのは、当然付き合いたての人物、であるべきなのだが、そうではなかった。
目を
早く家に帰って眠ればーー。
ほのかな期待と突発的なときめきに戸惑うばかり。
しかし、この場から逃げ出すわけにはいかなかった。逃げたくなる弱気な心情を
出会った当初から一貫して碧の態度は変わらない。ということは、やはり私のことを直感的か生理的に嫌いなタイプだと、初対面の時に判断したのかもしれない。
付き合いで、無理して推し友になってくれたのかな。
推し活初日に行きの道中私を見守ってくれたのも、友情は関係なく、ただ単に正義感ゆえだったよね。
碧のことはすべてが推測になるのだけれど、これが残念な実情なのかもしれない。
碧は傷心な私を放って去って行くーー。これが、思い浮かんだこの現状の末路だった。
しかし、どういうわけか実際の碧は、未だ私と向き合ったままだった。
瞳は
その悲しげな瞳の意味は、私と同じなのかな。
精神的に辛いと思うこの瞬間こそ、想い人に会いたくなるのではないだろうか。
私に悪絡みされ、心の癒しを求め、私の存ぜぬ想い人に恋しい想いを
地へと向けられた視線は、深いため息と共に私へと返り咲き、瞳と瞳がぶつかる。先ほどの無機質な視線とは違い、温もりを帯びた柔らかな視線が、心地よく私に降り注ぐ。
突如襲われたイレギュラーな感情に、私は慌てふためく。
ダメだ。これは一時的なギャップ萌えだから、変に反応してはいけないやつだ。平常心を保つべきだと、即座に脳が反応する。
「…あのさ、まともに私を見てくれるのはいいんだけど、ちょっと…変わりすぎじゃない?」
「お望みに応えただけなんだけど?」
ですよね…。この淡々
頭をよぎったいろいろな思考は、私の
一応推し友としてまだ続けていく所存の私としては、嫌われてても、もう少し心を開いていただき、METEORの話や
”開き直り”は、ポジティブシンキングの代表だと思っている。そうする(開き直る)ことで、
その後、私はバイトを開始した。
バイトの仕事は、ありがたく順調だった。意外と力仕事もあって大変だけど、やっぱりやりがいはぴかいちだと思うほどだった。
ミコトと私の関係性は変わらず健全で順調、だと思うことにしている。
帰宅時はいつもミコトが迎えに来てくれ、十分守り守られていることを自覚しながら、身を引き締め帰路を歩いた。
一向に手も繋がない状況は続いていたが、わざわざ迎えに来てくれるだけでありがたく、”欲求不満”は薄れていた。
帰路での話のネタとして、あの碧との出来事をミコトに話した。ひょっとするとミコトの耳にも入っているかと思ったが、知らない様子だった。
「…え?碧が依を、優しい目で見つめた?」
ミコトは歩みを止め、私の目を深刻そうな眼差しで見つめた。信じがたいことが起こったことを、このミコトの反応によって再確認する。
微動だにしない時間が長く続いた。ジーッという虫の鳴き声が、二人の
「あ…いや、ごめん…」
明らかな動揺が意味するものが、私の知らない”秘密ごと”なのだと直感した。
「ううん、私もびっくりしちゃった。あんな表情ができるんだなあって」
「…だよね。あり得ないことが起こってる」
”あり得ない”とは私も思ったが、いつも碧のそばにいるミコトにそう断言されると、
しかし、それを探る手立てが見つからない。
碧のあり得ない優しい瞳もそうだが、あり得ない弱々しい少年のような瞳も忘れてはいけない。
自分を彦星と言ってしまうほど、なかなか会えない誰かを想って日々を過ごしている。
想像すらできなかった別の碧が、あの時確かに存在していた。
この日の夜、星を眺めながら改めて願った。
「お兄さんの癒しが必要です。私に会いに来てください」
だけど、そう都合よくお兄さんは現れてくれなかった。
なかなか会えないどころか、触れることなど不可能な相手にこっそり想いを
わざわざ自分を織姫だと言及する必要などなく、無理矢理織姫気取りをする私。けれど、よくよく考えると碧だって、物語の設定である一年に一度、七夕の日に愛する人に会えているかというと、そうでもないのかもしれない。
定かではないが、この世にいない人を想い続けている可能性もある。
織姫と彦星は、”悲恋”で連想させる代表的カップルであることは間違いない。だから感情の一致という観念から、自分を当てはめやすいキャラクターだったのかもしれないと納得する。
数日後ーー。
4時限目終了後の渡り廊下で碧とすれ違う際、教科書でとんっと軽く肩を叩かれた。
「依、ちょっと来て」
教科書で叩くとは…。しかも、来夢が一緒にいるというのに…。
来夢の碧への気持ちは尊敬と憧れであって、恋じゃないと言っていたけれど…。
「ちょっとヨリリン!まだ誤解が解けてないみたいだね。本っ当に恋ではないからほら、早く碧について行っといで!告白かもよ〜?」
「そんなわけないって。私の彼氏が碧の親友だって知ってるわけだし、何よりも私、碧に嫌われてるから」
「あ〜、それはそうというか…」
ほら。来夢もミコトと同じで、碧が私をどう思っているのかをとっくに知っている。来夢も”秘密ごと”を知ってるのかな…。
「また悪態つかれても大丈夫。友達になったからには、気丈に食らいつくって決めてるから」
「感動〜。やっぱり私が惚れ込んだだけあるよ、ヨリリンは!うん、行ってらっしゃい!!先に弁当食べてるからねえ〜」
碧について行った場所は、また非常階段だった。
「この前はちょっと…変な感じで悪かった」
威圧的で感傷的。この両極端な二面性を私に見せたあの日の自分を、”変な感じ”だと
「あ〜、いや別に…」
「でも、依のことが嫌いなのは本当だから。それでも推し友としてよろしく」
これが碧の常だとすでに納得済みでも、ムカつく度合いは変わりない。
「碧って不思議な子だね」
「は?なんなの、急に」
嫌われているのは百も承知ってやつだから、心に決めたことを実行してみる。
「ねえ、いつか
「そっか」
そう言って一瞬鼻で笑い、すぐに鉄仮面に戻る。
「ね。いいでしょ?この発想。いつかでいいから気が向いたらーー」
「いや、共感したわけじゃなくて。依も俺が嫌いだからぶっちゃけれたんだなあっていう納得の『そっか』」
私は
「うん。嫌いも嫌い。大嫌い。でもだからこそ、誰にも言いたくないことでも顔色を
「緊張しない気のおけない相手ってわけね。勝手にやってろよ」
そう言って碧はいつものように先に立ち去った。
本当、なんでこうも悪い男に育ったかなあ…。
それにしても、私を教科書で叩くとは…(蒸し返す)。彼氏にも触れられたこともないというのに。
いけ好かない男に間接的だけど、先に触れられてしまいましたよ。彼氏さん…。
根に持つ私は、直接手で触れられたわけでもないのに、無罪な碧を変態扱いする始末。それなのに、なぜか胸がこそばゆい感覚に戸惑い、罪悪感を覚えた。
大きく深呼吸をし、気を取り直したあと、非常階段をあとにした。
少し歩いたところで、碧とまた遭遇してしまった。
なぜか私の顔を見た途端、息を
「あっち、あっち行こう」
明らかに慌てている様子。
「どうしたの?急に」
「変態魔がいる」
嘘か
「はいはい。あっち行けばいいのね」
一体どうなってるんだか…。
だがこのあと、ある人物の信じられない姿を目撃することになるーー。
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