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 今夜は晴天らしい。今年初めての花火大会が、今日と明日の土日で開催される。

 私はミコトから、リバーサイドカフェでのディナー付き花火観賞に誘われた。季節外れだが、この土地では夏祭りと秋祭りの時期に加え、毎年この5月にも花火大会が開催されているところが嬉しすぎる。

 言わずもがな、私は夜空の星鑑賞が大好きで大好きで仕方がない。

 素敵なシチュエーションに、花火も登場するという豪華な共演を見逃すなんて、あり得ないのだ。

 これも、私的推し活とも言えるのかもしれない。

 とにかく、今夜の花火大会を楽しみに…もちろん、ディナーやミコトとの恋人時間も堪能したいと思っている。

 夜のメインイベントの前に、二人で隣町の神社に訪れた。

 その神社は芸事にご利益りやくのある神社で、芸能の神様がまつられていることで有名らしい。

 かねてからミコトが行きたかった場所だったらしく、ようやく念願が叶ったと上機嫌だった。

 訪れたかった理由を聞くと、今月発売されるMETEORの新曲がヒットするよう、祈願したかったのだという。

「推し活って、ここまでしちゃえるんだね」

 うん!っと無邪気に答えた顔が、どれだけMETEORにご執心しゅうしんなのかがうかがえた。

 METEORのタケシくん推しのミコトだが、どこが好きなのか聞いてみた。

「うーん。人一倍元気だから。その元気をお裾分すそわけしてくれるところがいいんだよね」

 確かにメンバー1元気印の彼は、常に場を盛り上げる役割を担っている。

「それと、何より楽曲の詩の良さを誰よりも理解して、感情込めて歌える優れた才能の持ち主なんだよ」

 私も愛してやまないMETEORの感情を揺さぶられる歌詞。

 私はライブビューイングでMETEORのライブを鑑賞してた時のことを思い出した。

「そういえばタケシくんって、ライブで泣いてたよね。あれって、詩の世界に没入してたってことなんだね」

 大きくうなずいたミコトは、同感する私を柔らかな眼差しで見下ろした。

「依ならわかってくれると思ったよ」

 恋人と信頼感で繋がる喜びを噛み締めた瞬間だったーー。

 電車で一駅。そこから徒歩5分で神社に到着。無事に祈願参拝を終えた。

 満足そうな顔を横目に、私が複雑な心境を抱いていることを、ミコトは知る由もなかった。だけどそれは、神社内でのミコトに、ではない。

 帰りの道中、いや、行きもそうだったのだが、電車の中で私に触れようともしなかったことがずっと引っかかっていた。

 行きの揺れる電車の中は花火大会の影響からか、満員電車の一歩手前ぐらいの人の多さだった。座ることもできず、短時間でさえ立ったままの状態が苦痛だった。

 そんな中、電車の小さな揺れの時はともかく、激しい揺れの時でさえも、ミコトは私を支えてくれることはなかった。これは、デジャビュのように帰りもしかりだった。

 少し期待をしてしまっていた。だから、余計にむなしさという大波に飲み込まれた。

 付き合い始めゆえに、期待は必然だった。

 彼にとって関係性が浅い恋人とのスキンシップは、まだ自分の中で許可できないのだろうと思うことにした。そうやってありふれた恋人のセオリーを、一旦頭の隅に追いやった。はずだった…。


 あたりは薄暗く、ようやく待ち望んだ花火の時間が刻一刻と近づき、胸がそわそわし始める。

 そんなタイミングでミコトに連れられた場所に、ますます心が躍る。

 照明効果によるムーディーな雰囲気を堪能できるイタリアンレストラン。しかも、花火を一等席で見れるテラス席というテンションアップなシチュエーションときてる。

 さすが繁盛はんじょうしている老舗しにせ和菓子屋の御曹司おんぞうしだけあって、決めるところは決めてきた。

 申し分のない食事に申し分のない彼氏。私はこの上ない幸せ者に違いない。

 その証拠に、一堂に会する人たちからの好奇心に満ちた視線が私に集中していた。

 その中に一人だけよく知る顔が、私たちを無表情で凝視していた。

 その名は碧。偶然居合わせたいけ好かない友人。しかもテーブルは隣で、彼のそばには綺麗な女子が座っている。

 彼女はいないと聞いていたが、いかにも秘密主義者という印象の彼のことだから、隠れて付き合っていたのかもしれない。

 私は碧のことを勝手に恋愛豊富だと思っている。

 褒めるのはしゃくだけど、容姿端麗ようしたんれいゆえ、異性が勝手に寄ってくるシステムが成立しているのだと思っている…。

 それなりに食事を堪能しているミコトが、遅ればせながら碧の存在に気付いた模様。笑みと笑みの意思疎通で終了。

 イケてる男どもはで事が成り立つのだから、世界観がどうかしてる。

 周囲を見渡すと、大人のカップルらしき人たちがいい感じに力が抜けてきていて、猛烈にうらやましく思った。

 女性がなんというか…すごく甘えた瞳をしていた。

 未成年じゃなければ、私もこの状況を打破したいのに…。

 ハァ〜…。ため息が自然と出てしまった。

「どうしたの?依。あ〜、花火が待ち遠しいんでしょ!」

 ”カノジョの気持ちカレシ知らず”。(”親の気持ち子知らず”ならぬ…。)

「うん。まさにそれ」

 笑顔はなく、淡々と答える私は、この状況になんとなく飽きてきている。

 かといって、表面上不機嫌そうでもないわけで、なんとかこの場を違和感なくやり過ごせているのかもしれない。

 待ちわびる花火と、モヤモヤする恋人との距離感。

 もはや私の感情は今、希望に反し、負の感情の方がまさってしまっていた。

 よって、花火が打ち上げられたとて…。

 今日という日を諦めよう。そういさぎよく心に決めた。

「ミコト、お手洗いに行ってくるね」

「うん」

 上に上がった口角を確認した途端、なんだかとても刹那せつな的心地よさに見舞われた。

『うん』の返事一つで感情が揺さぶられるなんて、やっぱりイケメン効果は絶大なのだろうか。

 こんなにも情緒不安定な今日を、どうやって終わらせればいいのか…。

 ふらつきながらお手洗いに到着。そして、トイレから出たところでスッと現れた人影に威圧感を覚え、その人物の顔を見上げると、碧が君臨していた。

「依、ずっと様子が変だけど、空回ってない?」

 軽いパンチでも、今の私には相当痛手だった。肩の力を抜きながら、ふう〜っと息を口から吐き出し、気持ちをまぎらわす。

「…なぜそんなふうに見えたの?」

「ミコトはいたって普段通りなのに、依だけ言動に違和感あってヤバい雰囲気だったから」

 感情の起伏を見破られていたことに焦りが出てきたせいか、”色々”を口走って(ぶっちゃけて)しまった。

「男子は付き合い始めたら、すぐに彼女に触れたいって思うものじゃないの?」

「…は?それって欲求不満?」

「違う!電車でヨロッてなってる彼女を見たら普通支えたくなるでしょ?」

「なる。けど、付き合い始めだからむしろ触れてもいいのか躊躇ちゅうちょしたって思えないわけ?触れたくても触れられない男心もわかってやれば?」

「ひょっとして、碧もあの彼女と付き合い始めたばかりだった?」

「…は?彼女じゃない。ひらりは従姉妹いとこで、せがまれて嫌々来ただけだから」

 そんなふうに冷たく言わなくたっていいのに。

「へえ〜、あの子従姉妹いとこなんだね。でも、触れたくても触れられないって…そんな経験をしたことがあるからこそ言える言葉でしょ」

「…」

 私から目をらし、発言拒否をする。かと思いきや、私が去ろうとした途端。


「俺にはもう、どうもがいても手に入れることができない」


 初めて聞く碧の弱音だと思った。だけどそれは、私の見解違いだとすぐに気付く。

 碧は正面を向き、じっと一点を見つめ、すでに何かに絶望しているようだった。まっすぐ前を見据えているのに、瞳に影が差している。

 弱音ならば聞いてあげることで気が晴れることを期待できる。

 だけど、碧はすでに絶望を達観たっかんしているようで、取りつくろったなぐさめの言葉など、なんの意味もなさないのだと悟る。

 そして、あることが頭をよぎった。


「もしかして…碧はこの世にいない人を愛してるの?」


 碧は涙がいっぱいに溜まった瞳で私を一瞥いちべつした。その光景を目の当たりにした瞬間、強い違和感を覚えた。


 ーー私は今、誰を見てたんだっけ?


 会ったことのない人間を見ているような感覚で、相当戸惑ってしまった。

 碧はいつも私に対してだけ厳しい言動を繰り返す冷酷な人。そんな印象だったから、私との心の距離が開きすぎている人物という認識だったはず。

 再確認したい。今し方見た、早急に涙いっぱい瞳に溜めた、今にもSOSを求めそうだった傷心な男の子は誰だったの?

 恋愛豊富ゆえに、二重人格化したってことは…なさそう…。

 本当に、純粋な少年を見た。そんな印象だったからーー。

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