夢の中のお兄さん VS 現実彼氏 1

「おーい、ミコトと付き合いたてのヨリリン!昨日はどんな風に夜を過ごしたの?」

 ミコト御殿からの帰り道、パアーッと明るい表情で質問をしてくる来夢なのだが、期待している返答はない。

「遠回しの告白のあと、健全に眠りに就いたけど、こんな生ぬるい展開じゃ不満足?変な期待でもしてたとか?」

「…ううん。意に反し調子に乗り、えておちゃらけてしまいました」

 ”意に反し”とは、こういうことなのだろうか。

 私への質問は、”いかがわしい方への期待”が大きいように思えたのだが、その逆の”健全さ”を期待するあまり、遠回しで不器用な質問になってしまった。きっとそんなとこだろう。

「あのさあ、そんな悟ったような聞かれ方されちゃあかっこ悪いじゃん。正直内心ホッとしてる。って、私の心の内なんて興味ないでしょ〜」

 私の純潔が容易に奪われなくて安心したのだろう。ぎゅーっと私を強めに抱きしめてきた来夢に、正直面を食らった。

「簡単な女に成り下がっちゃダメなんだからね!!」

 初めての彼氏ができ、祝福してくれた友人からのお固くもがたい素直なお言葉をいただいた。

 この時点で私は健全であっても、ミコトは今後をどうアプローチしてくるのかそわそわしてしまった。

 しかし、これが取り越し苦労だということに、この時は気付けなかったーー。


 今晩は、無性にお兄さんに会いたくて仕方がなかった。

 また声を聞きたい。あなたからつむがれる声で、私の質問に答えてほしい。けれど、それは不可能だとわかっていたから、せめて姿だけでも見たいと願った。

 夢というものは、勝手に映画のごとく進んでいく、奇妙なフィクションと同じようなものだという認識だった。

 古く間違っているかもしれない知識を思い出し、お兄さんの夢が見れるよう実行してみた。

 一日中お兄さんのことを考え、夢を見やすくなると言われているレム睡眠という眠りが浅くなる私の体質を利用し、眠る瞬間まで猛烈にお兄さんの夢を見れるよう願ったのだった。

 その結果、願いが叶い、心地のいい束の間の夢を堪能する。


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「依様、ちょっと今日はお化粧が濃すぎませんか?」

 うちの男前ボディーガードさんが、朝からとても心配そうに私に問う。

「だって今日は…大事なことがあるからいつも以上に綺麗にしなきゃいけないの」

 私にしてはめずらしく張り切ってそう答えた。

 今日は文化祭のもよおし物である、学園コンテストに出場する予定になっている。

 張り切ってしまう理由。それは、コンテストに優勝して女性としての価値を高めたいから。

 そして、あわよくば、ボディーガードさんに守る対象としてだけではなく、女性として私を意識してもらいたい。

「それは、あなたをときめかせることなのですか?」

『あなた』と呼ばれ、そこにときめきを抱いてしまった。

「はい。うまくいけば、ときめきは必須です」

「…では、僕はそれを阻止すべく、必死になるべきですね」

「え…何に?」

「あ、いや…」

 ボディーガードさんがめずらしく眉間にシワを寄せ、猛烈に戸惑っているのがわかった。

 なぜか私は、そのような彼の変則的な所作にときめいてしまった。

「僕は、依様のいつもの薄化粧が…好きだったもので…」

 愛しさが増すその言葉により、私はコンテストが重要ではないことを悟った。よって、厚化粧を落とそうと心に決める。

 顔を赤らめている自分に、到底気付くはずもなかったが、ボディーガードさんには気付かれていたようで…。

 ボディーガードさんは眉間にシワを寄せたまま、親指で私のまぶたのアイシャドウをさっとぬぐった。

 驚きのあまり、ボディーガードさんの顔をまばたきとともに、まじまじと見つめる。

 それに反応するように、ボディーガードさんは私を実直な瞳で見つめる。そして。

「あなたは一体、誰にときめきたいのですか?」

 最近突如として、ボディーガードさんの表情が変化する瞬間があり、鬼気迫るものを感じるのだった。

 勘違いしそうなほどに熱を帯びた瞳とつむいだ言葉を、私はどう解釈すればいいのだろう。

 自惚うぬぼれそうな私は、自分に喝を入れるべく、小悪魔になることにした。

「私をいつまでもらすかっこよくて可愛い人。そんな人にときめきたいなあ」

「あなたを拒むことのできる人間が、この世にいるとは思えません。だから極力…僕以外の男性との接触は避けてください」

「え?」

 遠回しな言い方だったけれど、なんだかとても嬉しくて、ますます自惚うぬぼれてしまいそうになった。

 ボディーガードさんは言った直後、急に狼狽ろうばいしたかと思えば、次に発する言葉を慎重に選んでいる様子が見て取れた。

 私はクスッと笑ってしまいそうな衝動を抑えるのに必死だった。

「あ、いや…。僕は依様の身をお守りする立場の人間として言っているのです」

「そう言うと思った。私を拒むことができる人間はこの世にいないとあなたは言ったけど、あなたは私の心を見ようとはしない。それは、拒んでるうちには入らないの?」

 少々意地悪な質問だったけれど、ボディーガードさんは冷静を保ったまま、こう答えた。

「発言に矛盾が生じていることは承知の上ですが、僕には…理性を保つ方法がそれしかないのです」

「じゃあ、立場的な問題で私への気持ちを必死に誤魔化してるってこと?だから私の気持ちも気付かないフリをするの?」

 彼は固く口を閉ざしたまま、ずっとうつむいていた。

 それもまた、彼なりの理性を保つ方法であり、暗黙のうちに答えを伝える表現方法でもあるのだ。そう都合よく思うことにした。

 やっぱり私が唯一ときめく人は、あなたしかいない。

 あなたは私にとって、かっこよくて可愛い人。

「…依様。今晩も、星を見るのですか?」

「もちろん。あなたもいかが?」

「もちろん。お供いたします」


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 私は初めて、お兄さんの夢を見て泣かずに目覚めた。

 夢はまたも進化をげていた。まずは長編になっていたことに感動した。

 そして、夢の中で私の心の声が、お兄さんのことを『ボディーガードさん』と言っていた。

 お兄さんの仕事は、お嬢様である私を守るボディーガードなのかもしれない。

 あと、夢の中の私は確実にお兄さんの顔をおがめている。なのに、夢を見ている私は、お兄さんの顔を記憶していなかった。

 焦らしの刑はいつまで続くのだろうかーー。

 放心状態のまま、夢の続きを見たくてもう一度目を閉じる。

 現実世界であんなにもかっこ良くて優しい、申し分のない彼氏ができたにも関わらず、なぜここまで必死になってあのお兄さんに会いたがるのだろう。

 お兄さんに恋焦がれる日々は一生続くのかもしれないと、この胸のときめきから容易に想像がついてしまったことに、罪悪感を抱くようになっていた。

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