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 私には、たくましくて、いつもどんな時も無表情で、冷徹そうなボディーガードのお兄さんが常にそばにいる。そう、いつも…。


 私は生まれた瞬間から財閥のお嬢様で、何不自由なく育てられた。

 だけどその恵まれた境遇が、友達を作る妨げになっていた。

 お金持ちで気高けだかい存在は、うとましく、友達という対象からかけ離れていたのだ。

 学校生活の中で、そのことに気付く場面が幾度となく訪れた。

『依ちゃん、今日の放課後うちでたこ焼きパーティーするんだけど、来ない?』

『たこ焼き…パーティー?ごめん、放課後はお茶会に招待されてて行けそうもないんだ』

『うわー、”お茶会”って、喫茶店でお茶するってのとは、まったく次元が違うよね…。依ちゃんってやっぱり…リアルお嬢様なんだね』

 それからというもの、何度か同じようなことに誘われはしたが、断り続けた結果、当然の如く誘われることはなくなっていった。

 誘われることは嬉しかったのに、ことごとくままならない不自由さに、息が詰まりそうな日々を送っていた。

 みんな学校では表面上仲良くしてくれてはいた。だけど、あまり会話が成立せず、ますます気持ちが沈む。

 そんなある日、ある財閥企業主催のパーティーに行くと、主催者の息子としていかにもモテすぎて、”異性には困っていません”的なオーラ全開のイケメンから誘われるはめに。だけど…。

「俺とダンスを踊ろうって言ったら?」

 高圧的な目と発言がかんさわる財閥息子だと、嫌悪感を抱いた。

「すみませんが、心を許した相手としか踊りたくありませんので」

 私にしてはめずらしく、率直に感情をあらわにしてしまった。

 心のおもむくままに言葉をつむぐ。そんならしくない対応をしてしまったことに、自分自身驚いた。

 他人からの高圧的な態度は生まれて初めてだった。だから即座に平常心を保てなくなり、手段を間違えてしまった。

 相手は気持ち悪く微笑びしょうする。

「なんだそれ。まあいいや、俺に対する見たことのないわった目が気に入った。…だけど、あんたの身辺、気を付けた方がいいよ」

 気色が悪い微笑びしょう、再び。

「どうして気を付ける必要があるんですか〜?」

 これは幼稚な演技にすぎない。私は何も知らない世間知らずなお嬢様ではない。だけど、この手段が正解なのだ。軌道修正、成功。


 ”本当の依を知る権利があるのは、依を心の底から愛してくれる人だけなんだよ”


 物心ついた頃から、両親にそう言い聞かされてきた。

 だから、私のことを何も知らない男に脅されようが、警戒しながらも”世間知らず風なお嬢様”を演じることに徹することにした。

「ふーん、わかんないんだぁ。可愛いお嬢さんだな」

 この馬鹿にされた言い方は、やはりかんさわるが、一旦落ち着こう。

「あはっ、まったくわからないですー」

 正直自分が気持ち悪く、ここから今すぐ立ち去りたい気分だった。

「俺につれない女がこの世にいたとはなぁ…」

 すみませんが、あなたになびいた女性たちはきっとスリリングで野生感のあるあなたを、”イケてるフェロモン男”…ってな感じで勘違いされたんじゃ?

 とにかく私にとっては、生理的に受け付けないレベルで嫌いなタイプだった。

「ハードルの低い女性を相手にして、あなたは満足なんですか?」

 まずい。この男と会ったことで、私の理性は働かなくなったらしい…。

 ”世間知らず風なお嬢様”を演じることは、この男の前では無理なのだと悟った。

「ハードルの低い女、ねぇ…。大好物って言ったら?」

「別に何も」

 男は私の耳元に近づき、ふんっと一度鼻で笑ったあと。

「魅力的な君にまた会いたくなりそうだ」

 ならないで…!と、無表情を保ちつつも猛烈に願った。

 遠ざかる男など見向きもせず、さっさと歩みを進めた。

 だが男は振り返り、私の後ろ姿を見つめていたことなど、知る由もなかった。


 家に帰ってすぐ、私の2つ年上で姉的存在のメードのさきさんに、日々の日課である”今日の出来事”を報告した。

 すると、次の日には専属のボディーガードをやとうという話が進んでいた。窮屈きゅうくつな日々が始まるのでは…。そう懸念けねんした。

 ボディーガードとは大袈裟おおげさだと思った。

 だけど、父親共々、厄介な親子だということは、その界隈かいわいでは有名な話らしく、念のためにボディーガードをつけると父親から説得された。

 同時に、付き合いでパーティーに愛娘を行かせたことを後悔し、気に病んでいる様子もうかがえた。

 心配する両親のためにも、ここはおとなしく従うしかなかった。

 早速翌日には、私専属のボディーガードがやって来ることになった。



「え?泊まり込みで私を警護するって何事よ!」

 メードの咲さんにめずらしく声を荒げてしまった。

ですよ、依様。ほど危険が迫ってるかもしれないってです」

 若いのにいつも冷静な口調が玉にきずってやつで、逆らえそうもなく、早々に従う姿勢を見せる。

「自由を奪われるのは嫌だけど、私を守ってくれる紳士的で男前なボディーガードさんをどこの部屋に案内する気?」

 紳士的で男前かどうかなんてわからなかったけれど、そんな冗談めいたことが言えてしまえるのも、私が咲さんに心を開いているからだ。

「もちろん依様のお隣の空き部屋に決まってます」

「守られる側がボディーガードを夜這よばいしに行くって、前代未聞だよね」

 自然と冗談ばかりが口から飛び出る。

「依様、それも楽しそうですね」

 私の冗談をさらっと受け流すことも、メードの仕事の一環いっかんなのだ。

「さあ、もうじき来られますよ」

 それから約一時間後、ボディーガードさんがやって来た。

 冗談で言っていた、”私を守ってくれる紳士的で男前なボディーガードさん”は、あながち間違いではなかったことに驚いた。

 背は180㎝以上。鍛えているであろう身体は、意外にも細く見えた。顔は端正たんせいな顔立ちで、従順そうな雰囲気が漂っていた。

 思っていたボディーガード像ではなく、拍子抜けしてしまった。

 お互いに挨拶を交わす。深々としたお辞儀のあと、瞳を合わせた。

 その綺麗な瞳にくぎづけになり、胸がぎゅっと締め付けられた。

 これが、私とボディーガードさんの運命的な出会いであることも知らずに、淡々と時は過ぎていった。

 彼は身をていし、断固たる姿勢で警護にあたってくれている。

 他の雑念など微塵みじんも見せず、私を守ることしか頭にない。そう感じた瞬間から、彼は私にとって特別な存在なのだと気付く。

 警戒していたわけではないが、彼と接する時は感情を殺す癖がついてしまい、無の精神を貫きたかった。

 そのわけは、単にときめく感情を悟られまいとした結果だと思う。

 だけど、ある日を境に、彼のかたくなな姿勢のちょっとした隙に、私が入り込むことができたならーー。そう願うようになった。

 タガが外れ、調子に乗った私は、思い切った行動に出る。

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