著作権制度の日


 ~ 七月二十二日(金)

    著作権制度の日 ~

 ※天佑神助てんゆうしんじょ

  偶然に恵まれて助かること。

  天の助け。




 一学期最後の日。


 つまり。


 夏休みまであと一日。



 終業式となる今日は。

 御多分に漏れず、授業もない。


 そんな日を迎えたということは。


 つまり。



「にゅ?」



 タイムリミットまであと十四時間。

 これが本当に最後のチャンス。


 ということは。

 つまり。


「おねがいします!!!」


 俺は、最後の望みを。

 この土下座の向こうに立つ人物に賭ける他に術を見いだせないのであった。


「にゅ……」

「いや、そう言わず! セリフだけでもいいしシチュエーションだけでもいい! なにとぞアイデアを教えてくれ!」

「にゅ」

「そこを曲げて!」

「にゅ……。にゅ! にゅにゅにゅ!」

「うん、なるほど。平たく言えば、オリジナリティーってこと?」

「にゅ!」

「いやオンリーワンとか言われても。時間が無いんだって、何か具体的な技を……」


 熱く焼けた屋上の地面が膝を痛めつける。

 でもこの平身低頭が、にゅの心を動かしたんだ。


 今はとっかかりでもなんでもいいから。

 一つ掴むまでこの姿勢を崩す訳にはいかん。


「すごいやセンパイ。ボクでもここまでゆあと上手に会話できないよ?」

「絶対に浴びちゃいけない電波をお互いに発信してると思う」

「頭に直接語り掛けて来る系な?」

「ジャンル的にはホラーかSFかで悩むところ」


 朱里と丹弥、そしてにゅだけじゃなく。

 なにやら屋上には人が溢れて。

 俺の土下座にケチを付けているが。


 お前ら何やってるの?


 でも、そんなのどうでもいい。


 俺には時間がない。

 恥も外聞もない。


 土下座だろうがドジョウすくいだろうが。

 今の俺には何でもできる!


「……いや待て。これ、実はかっこ悪いのにかっこいい?」

「にゅ?」

「告白するにはそれがいいって、みんなが口をそろえて言うんだけど……」

「にゅ……。にゅにゅ」

「お前も誠意派かよ。でも俺はかっこ悪い派閥に軍配が上がると思っていて……」

「にゅ!? にゅ! にゅー!」

「いや、そんなムキになられても。……え? 違う? 後ろがどうしたって?」

「か、かっこ悪い……。ゆあちゃんに何したの? ど坂へんたい哉君」

「のわっ!? いつからそこにいたんだ!?」


 とうとう俺をスケベから変態に昇格させた挙句。

 分割して誤魔化す気も無いほどに信頼というものを失ったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 かっこ悪いのにかっこいいことを今日中にしなければいけないのに。


 これはどう見たって……。


「ええと、これはかっこ悪いのがかっこ悪い方のかっこ悪いだよな?」

「何を言ってるのかわからないけど、実にかっこ悪い」

「ですよね!!」


 なんてこった!

 俺が準備OKのメッセージ送るまで足止めしとけって言っといたのに!


 そんな役立たずな舞浜軍団は。

 秋乃の後ろで苦笑い。


 お前ら後で覚えておけよ?

 口説き技を一人頭十個ずつ提供するまで帰してやらんからな?


「ねえ、立哉君。騒いでないで、ちゃんとゆあちゃんに謝って欲しい……」

「いやこれは謝っていたんじゃなくて、教えを請おうと思ってだな」

「ほんと?」

「ほんとほんと! ……っていうか、今更だけどなんだそのかっこ」

「工務店のお兄さんが、絶対やりたくなるから着ておけって……」


 やりたくなるって。

 釣りでもする気か?


「随分と頑丈そうな、ごついベスト」

「うん」

「金具だらけのチョッキ」

「にゅ!」

「ジレ? 知らんがな。……というか、にゅも着てるのか。流行ってんの?」


 そんな俺に、にゅからの返事は届かない。


 金具が沢山くっ付いたベストを着た二人の周りに。

 作業服のお兄さんたちが群がり始めたんだけど。


「おい、朱里。今更だけど何が始まるんだよ」

「にょー!! それはセンパイには内緒なんですよこれが!」

「その布で出来た巨大太巻きがヒントか?」

「見ちゃダメです!」


 見るなと言われても、お前に視線を向けたら必然的に目に入る。


 ぶっといロープが両端にかけられた巨大太巻き。

 秋乃の発明品か?


 意味も分からず呆然としていると。

 秋乃とにゅが、太巻きの両端を持って。


 何本ものロープを引きずりながら校庭側のフェンスに向かう。


 そして工務店の方がフェンスに取り付けられたカギを外して扉を開くと。


「いやいやいや、なにする気か知らんが危ないぞお前ら!」


 二人はロープの付いた太巻きと共にフェンスの向こう側に入って。

 せーので屋上から落っことしたのだった。



 もちろんそれは危険な行為。

 俺は二人に向かって走り出す。


 でも、俺が全力で駆け出したのは。

 太巻きを落としたからじゃない。



「ゆあ!!!!!!」



 ……ロープに絡まったのか。

 屋上の端から落ちかけたゆあ。


 間一髪、その手を秋乃が掴んで止めているんだが。

 あれじゃ二人して落下しちまう。



 ――スローモーション。


 足が重い。

 全力で引き揚げないと持ち上がらない。


 いつもは力なんかかけなくても。

 脚なんか楽に上がるのに。


 そして、俺の瞳が捉える先では。

 秋乃の身体がゆっくりとグラウンド側へ倒れていく。


 もう間に合わない。

 とうとう、体の重心が虚空の側へ落下を始める。



 ……その時。



「どりゃあああああああああああ!!!」



 俺は右手をフェンスに。

 左手で、秋乃の腕を掴んで。


 校庭の縁に足を引っかける事になんとか成功した。



 かつては思っていた。

 腕一本で、人間の体重を引っ張り上げる事なんかできないって。


 アニメでドラマで。

 そんなシーンを見る度に。


 現実ではありえないと鼻で笑っていたんだ。



 でも、本当に。


 大切な人を助けるためならば。



「ゆあーーーー!!!」



 人間。

 考えられない程の力が出るらしい。


 俺は二人分の体重を腕一本でなんとか支える事が出来たんだが。


 このまま堪えきれるはずもない。


「誰か! 俺たちを引っ張り上げてくれ!!!」

「にゅーーーー!! ……などと言っている状況ではございませんね」

「ゆあ!?」


 どうしたんだ落ち着き払って!

 まさか諦める気なのか!?


「希望を捨てるな! 絶対お前を助けてやるから!」

「いえ。現在、限りなく危険に晒されているのは立哉様ただお一人です。すぐにその手を離してフェンスの中へお入りなさい」

「……へ?」

「わたくしと秋乃様。何本の命綱で守られていると思うのです?」

「いの……? うおっ!?」


 呆然としていた俺を。

 何本もの手が掴んで強引に引っ張られる。


 すると芋づる式というか。

 大カブ抜けたというか。


 秋乃とゆあも屋上まで引っ張りあげられて。


「げふっ!?」


 床に転がった俺への。

 ツープラトンボディープレス。


「ごっほごほ! ……え? え?」

「センパイ! 良かったですよ落っこちなくて! ……ぷっ!」

「まったく! ハーネスも無しに突っ込むなんて、どれだけ周りが見えてなかったんです!? ……くくっ!」


 未だに状況を正確に理解していない俺は。

 よっぽど間抜けな顔をしていたんだろう。


 朱里と丹弥が堪らずに吹き出すと。

 工務店の皆さんも一斉に大爆笑。


 いくら無事だったからって。

 そりゃないんじゃない!?


「こら! 笑うな! ……いや、確かにすげえかっこ悪いけどさ!」

「はっ!? センパイ! 今! 今!」

「なにが今!?」

「分からないんですか!?」

「だからなにがよ」

「これって、かっこ悪いのがかっこいいってやつじゃ……」


 おお!

 確かに!


 期せずして手に入れた最大のチャンス。

 これを生かさずになんとする!


「センパイ、分かってますね?」

「舞浜先輩が何か言おうとしても聞かないで」

「強引に突っ走っちゃって下さい!!」


 朱里と丹弥に、強引に立たされた俺は。

 ハーネスからロープを外された二人のもとへ向かう。


 そして、秋乃に向かって。

 絶対にこの足を放さないとばかりにアクセルをベタ踏みしたのだった。


「秋乃! 聞いてくれ!」

「え、えと……」

「何も言うな遮るな! 今の俺、かっこ悪かったのにかっこよかったよな?」

「かも……」

「だよな! そこでこれから大事な話をするのでよく聞いて欲しい! お前が遮ろうとしても構わず話し続けるから覚悟しておけよ! 俺はこの一ヶ月、ずっとお前に話したい事があっ」

「あのね? 立哉君」

「はい」

「忘れてる?」

「なにを?」

「…………あたしの事なんて、どうだっていいのね?」


 意外過ぎるこの反応。

 どうしたらいいのかまるで分からなくなった俺が。


 ベンチの様子をうかがえば。

 揃いも揃って、何をしたんだという非難の視線。


 秋乃のことをどうだっていいなんて思ってない。

 でも、面と向かって言われたということは。


 覚えはないが、なにか大きな失敗をしたんだろう。


 ここは謝るべきか。

 誤魔化したものか。


 どうすればいいか分からない。

 そんな時にもっとも適した言葉を。


 俺は咄嗟に口にした。




「にゅ?」




 ……溜息と共に去っていく秋乃。

 その背中を見つめて立ち尽くす俺の肩を叩いて。


 手の平を差し出してきたゆあ。



 仕方がないので。

 著作利用料として小銭を握らせた俺の耳に。


 響くだみ声。



『あー、今、無許可で垂れ幕を垂らした生徒』

「垂れ幕だったんかい」

『祝、告白成功と書かれていて』

「朱里丹弥ゆあ!!! お前ら揃って下らん事考えやがって!」

『浮かれているであろう所悪いが……』

「失敗したわ! 見事にな!」

『そのまま屋上で二学期まで立ってろ』

「ミイラになるわ!!!」



 しかし、秋乃は何に怒ったんだ?

 まるで分からない俺は、みんなに聞いて回ったんだが。


 誰も答えを教えてくれず。

 俺は途方に暮れるしかなかった。



 ……告白技といい。

 怒った理由といい。


 ほんと役に立たないな、お前ら。


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