神前結婚記念日


 ~ 七月二十一日(木)

   神前結婚記念日 ~

 ※弾糸吹竹だんしすいちく

  琴や笛で奏でられる音曲を楽しむこと




 ステンドグラスから差し込む光が聖母像を輝かせる。


 そんな姿を、じっと見つめていると。

 まるで虹色の後光が差しているように錯覚し始めて。


「まったく先輩は……。それで昨日は小石川さんたちとこそこそしてたんですね?」

「反省はしているが急いでる。丹弥もなにかアイデアを出せ」

「こんな素敵な場所で、よくそんなムードの無い言い方できますね?」


 丹弥の仰る通り。

 今の俺には、敬虔とか荘厳とかよく分からん。


 とにかく、すぐに手に入れたいのは。

 確実に秋乃が首を縦に振るための必殺技だ。



 ――大抵の部活動は、二学期から二年生が部長となって新体制となる。


 だから夏休み前、テスト明け最後の一週間は最後の参加と思って。

 フルで出席している部活探検同好会。


 今日お邪魔しているのは。

 素敵教会を見学することがメインの活動というブライダル研究会。


 そんな会員のみなさんはもちろんのこと。

 夢見る女子ばかりというこちらの会員も。


 揃って、目からキラキラ星を零しながらはしゃいでる。


「きっと皆さんは誠実に頼めばOKするって言った事と思うんですが、舞浜先輩の場合、もうちょっと待ってとか平気で言いそうですよね」

「そう。あいつらはそこを分かっちゃいない。でも、秋乃のことを知ってる連中は、かっこ悪いことをしてかっこいいと思わせればいいって教えてくれてるんだ」


 一瞬、眉間に皺を寄せた丹弥だったが。

 このおかしな呪文が彼女の中で咀嚼されていくにしたがって。


 そのネコ目に得心の光を宿らせると。

 最後には彼女を首肯させるに至った。


「なるほど。意味は分かりますけど、漠然としてますね」

「だろ? だから具体的な作戦とか技を教えろ」

「…………えっと、ですね」

「うん」

「まず恋愛ごとについて、私には誰にも譲れない絶対の前提があって」

「聞こう」

「がつがつしてるモブのセリフは、Aボタン連打」

「お前は俺の立ち絵一枚に何人分のキャラを割り振る気だ」


 そうだった。

 こいつの恋愛は、液晶画面の中にしか無かったんだ。


 そんな自他ともに認める乙女ゲーの達人が。

 俺を攻略不能キャラと認定したようだ。


「さすが丹弥。おかげで頭が冷えた」

「そうですよ。シーンが変われば違う名前になる男に、プレイヤーが振り向くはずないですよ」

「そんな俺の、今の名前はすけ坂べつ哉」

「キャラ名で遊ばれてる時点で失格です。きっと舞浜先輩から、さっきお会いした時には違うお名前でしたわよね? とかメタられる始末」

「きっと声優まで同一人物だ」


 くだらない話にはなったが実りはあった。

 きっと俺の目は、今まで血走っていたことだろう。


「でも……、先輩、一応彼氏ですよね?」

「そうなんだが、秋乃は彼女じゃない」

「それが彼女になったからって、何か違いがあるんですか?」

「分からん」


 こら、聞かれたから俺が散々考えたのに出なかった解答をそのまま答えてやったのに。


 鼻からため息とはどういう了見だ。



 ……でも。

 さすがは三人娘のお姉さん。


 二岡丹弥は、まるで後光の差した聖母のように。

 あわれな俺へと救いの手を差し伸べる。


「……去年、家族で行ったんですけど」

「うん」

「真っ白な建物しかない丘に、内装まで真っ白な教会が建っていましてね?」

「すごいね」

「巨大なパイプオルガンが素敵な音楽を奏でていたんです」

「おお。説明聞いてるだけで胸がわしづかみだ」

「そんな場所で、舞浜先輩と二人。無言で聖母像を見上げるんです」


 なるほど。

 イメージせずとも胸に湧きあがるこの気持ち。


 幸せになるという言葉の意味が、付き合ってから遥か先を指す言葉であったとしても。


 そんな理屈も忘れて、今すぐ幸せになりたいと思うことだろう。


「かっこ悪いからのかっこいい、とは違いますけど……」

「正統派ってやつだ」

「はい。だから私も、この時ばかりは大好きなクールツンデレ系の青キャラじゃなく、正統派センターヒーローと二人で祭壇に立ちたいと思ってですね」

「携帯を立てる仕草はやめんか。再現すんな」


 お前が適齢期になる頃には。

 液晶から推しが出てくるようになるかもしれないけど。


 あいにく、俺の推しはだな。

 既にこうして、液晶から外に出て来てるんだ。


「ふ、二人で何のお話……?」


 きらきらうふふな時間を過ごして。

 すっかり柔らか笑顔な乙女になったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 よし、それじゃ早速。

 丹弥から教わった技を使ってやろう。


 そう思って、辺りを見渡してみたんだが……。


「あれ? パイプオルガンが無い」

「え……? ある方が珍しいと思う……、よ?」


 そう言いながら、天井から下がったスピーカーを指さす秋乃の前で。


 俺は、がっくりと膝から落ちる。


「なんという絵に描いたモチ……!」

「先輩。まさかこの場でどうこうしようとしてたの?」

「機を見てせざるは勇なきなり!」

「義を見て、でしょ? 先輩がそういうの間違えるの初めて見たよ」


 誤用だってしたくなるわ。

 これが最後のチャンスと喜んですがったのに。


「パ、パイプオルガン……。そんなに聞きたかったの?」


 こんな俺に、同情したのだろうか。

 勘違いとは言え、秋乃が声をかけて来ると。


「じゃあ……、連れて行ってあげるね?」

「え?」


 教会をあとにして。

 解散した後。


 俺を伴って。

 教会の裏手、小山の上に続く道を。


 楽しそうに登っていく。


「随分前だけど、お父様に案内されたとこがあって……」


 交わす言葉もそれきりで。

 山の上に建てられた社を横目に通り過ぎ。


 三十分は歩いたであろうか、小山の反対側。

 森が急に拓けたところに、長い長い木造の塀が建っていた。


 それに沿ってしばらく歩くと。

 開けっ放しの門に出迎えられて。


「おいおい。勝手に入ったらまずいだろ」

「門、開いてたし……」


 そして石畳の通路を抜けて。

 平屋の立派な日本家屋に着くと。


 今度は建物に沿って裏手に回って。

 地味な木戸を開いて中に入ってしまったのだ。


「こら!  勝手に入っちゃダメだって言っただろうが!」

「でも、勝手口って言うし……」

「意味だけ違えて言葉だけ残った悪い例!」


 令和の世に、ほんとに勝手に入っていい勝手口があってたまるか。


 俺は慌てて秋乃を外に引っ張り出そうとしたんだが……。


「ん? なにここ。博物館?」

「ご主人が、趣味の物を置いておく場所……」


 秋乃が土間から上がって部屋の照明をつけると。

 そこは、歴史を感じるものが雑多に並ぶ、文字通り趣味の部屋だった。


 日本刀に鎧兜。

 掛け軸に茶器。


 かび臭い空気が誘う日本の文化。

 最初は、盗難の心配をした俺だが。

 次第に歴史と時の流れに没頭していく。


 しんと静まり返った部屋の中。

 いつの間にか、視界から消えていた秋乃がカチャリと音を立てる。


 この棚の裏にいるのだろうか。

 俺が顔を覗かせてみた、その瞬間。



 ふぉあぁぁぁぁぁぁ



「うわびっくりした! 何のつもりだ!」

「パ、パイプオルガン……」

「うはははははははははははは!!! 純和風!」


 そんなネタ一つのために!

 一時間近く連れまわすんじゃねえ!


「それはしょうだバカ野郎!」

「…………しょうですか」

「そしてだじゃれか! 春姫ちゃんじゃあるまいし、俺は笑わん…………? 誰だ今笑ったの?」


 勝手口の外から聞き覚えのある声。

 しばらくにらみつけていたら、逃げるでもなく同好会のみんながぞろぞろと顔を出す。


 そうな。

 俺の告白を見届けたかったんだよな。


 でも。


「……小一時間もの山歩きも無駄になったようだな」


 天邪鬼な俺によって。

 見たかったシーンは提供されることは無かったのだった。




 ……つまり。


 機会は明日。

 最終日だけになったわけだ。


 だから。

 もう、お前だけが頼り。


 すべてはお前にかかってるんだ。


 頼んだぞ。

 


「……にゅ?」


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