Tシャツの日


 ~ 七月二十日(水) Tシャツの日 ~

 ※綾羅錦繍りょうらきんしゅう

  素材も装飾も豪華な美しい服。

  あるいはそんな服を着ること。




「なあ、お前ら」

「ん?」

「なんですぅ? せんぱぁい」

「どんなセリフで俺に告白されたらOKしてくれる?」

「…………きしょ」

「今すぐ地球上から絶滅しないかな、目の前の生き物が」


 先輩に対しても容赦なし。

 そんな一年コンビは栗山くりやまみらいちゃんと小石川こいしかわ華瑚かこちゃん。


 お向かいに下宿してるくせにエンカウント率の低いこいつら。

 二人とは、一年間しか付き合えないんだ。


 親交を深めて。

 いろんな体験や話をして。


 ずっと忘れられない、素敵な思い出を作ってやりたいとは思っているんだが。


「急いでるんだ。お前らのことなんか毛ほども口説こうと思っちゃいないんだが、お願いだからなんて言ったらお前らが俺と付き合いたくなるか教えろ」

「一生忘れられないトラウマが出来ちまったぜ」

「いや。素敵な思い出を作りたいんだけど」

「…………ぶぶ漬け投げつけて追い払いたい」


 夏休み前に、秋乃と正式に付き合いたい。

 タイムリミットまであと三日。


 そんな俺としては。

 こうして、恥も外聞もかなぐり捨てるしかないわけで。


「そこをなんとか!」

「ちっ……! 男が土下座とかすんな」

「見なかったことにしてあげるから、代わりに諦めて欲しい」

「テスト期間は株をあげたってのに」

「ブームが去ったら途端に粗大ごみ」


 くそう。

 なんという扱い。

 

 でも、久しぶりに小石川さんをブラック華瑚へと変身させたということは。


 今のはよっぽどかっこ悪い行動だったと思える。


「……じゃあ、代わりに一つだけ教えてくれ」

「めんどくせえな」

「今のかっこ悪い土下座、かっこよかったか?」

「もうだめだ。政府から排除の命令待った無しのこいつをどうするよ、みらい」

「毒の入ったジャガイモを並べておこう」

「こら。勝手に里芋掘ろうとすんな」


 じっとり曇った夏の日は。

 湿気が肌に服にまとわりついて。


 そんな日に、何を好き好んで外に出ているのかと問われれば。


「にょー!! どうしてボクだけ音が出ないの!?」

「ぴー!」

「ぴゅー!」


 妙な同好会が山ほどある我が校だが。

 今日は、異例中の異例。


 葉っぱ『部』の活動にお邪魔しているのだ。



「それにしてもさ、みらい」

「なに」

「これ、部として正式に認められてるっとことは、部費も出てるんだろ?」

「いみふ」

「だよな」

「こらお前ら。皆さんに聞こえたらどうする」


 総勢八人の部員と二年トリオが葉っぱ遊びに興じる輪から。

 随分離れてはいるけど。


 そういうことを口にするんじゃない。

 そしてもう一つ。


「あとさ。世間体とか気にして言葉を選ぶな」

「はぁ? 何のことだよ」

「さっきやった葉っぱ船勝負、一戦目で負けた後に二戦目に備えて真剣に葉っぱ選んでたじゃねえか」

「ま、まあ、そうだが……。でも、他のはつまんねえだろ」

「例えば?」

「草笛とか意味わからねえし。なあみらい」

「ぶぶぶぶぶ」


 これは失敗とばかりに天を仰いだ小石川さんが見たものは。


 葉っぱを口に当てた栗山さん。


 彼女は草船に興味は湧かなかったようだが。

 こっちは夢中で楽しんでる様子。


「……ムズ。違う葉っぱ試してみよ」

「散々試してるのに鳴らないみたいだな」

「コツが分かりそうで分からないのが実にいい」


 そう。

 結果、二人とも楽しんでいるのだ。


 だったら、先輩たちを見習って。


「かっこつけることねえだろ。心から楽しめばいい」

「別に、かっこつけてるわけじゃねえ」

「先輩たち見てみろ。すげえ楽しそう」

「そう言えば……。一番大はしゃぎしそうな人が、どこにもいない」


 栗山さんが言う通り。


 みんなが葉っぱで遊び始めるなり。

 姿を消した奴がいる。


 でも、噂をすれば影。


 ちょうど俺たち三人が学校の方に振り向いた瞬間。

 藪から姿を現したのは、まい


「「「「「ぎゃああああ!!!!」」」」」


 …………ほんの一瞬で、辺りを騒然とさせたおバカさんは。

 舞浜まいはま秋乃あきのであって欲しくない。


「何やっとるんだお前は!!!」

「は、葉っぱ遊びといえばこれかと……」


 葉っぱ部の男子八人が、手錠怖さに一斉に後ろを向いた。

 そんな秋乃の姿は原始人。


 里芋の巨大な葉っぱを。

 前と後ろで張り合わせた。


 セクシーハイレグ葉っぱ服。


 拗音トリオがわーきゃー叫びながらその姿を隠すために走り寄る中。


 普段は、秋乃のはちゃめちゃに寛容な一年二人も。

 眉間を抑え込んで深くため息を吐く。


「変態は見ちゃいけないって、子供のころ教わったのに……」

「頭痛い。でも、普段は見れない部分の肌から目が離せない」

「変態の保坂先輩は変態な舞浜先輩を見るんじゃねえ」

「よく噛まずに言えたな」

「そう言いながらガン見とか」


 いや、そんな目で見てるわけじゃねえよ。

 呆れ果ててるだけだこんなの。


「お前、それどういうつもりで着て来たの?」

「え、絵本の妖精さんが、アサガオの葉っぱでこうしててね? 可愛くて……」

「その絵とよーく見比べてみろ、自分の姿」


 サイズというか。

 大人と子供じゃ意味がまったく違うだろが。


 秋乃は、危うく袖の穴から何かが見えそうな角度で身をよじりながら自分の姿を確認すると。


「……あ!」

「そう、それだ」


 そこいらから葉っぱをもいで。

 糊で張り付けて袖を作った。


「ノ、ノースリーブになってた……」

「些細」


 もっとでかい問題があるだろうに。


 俺を除いた男子一同が、聖地に向かって膝を屈して。

 お祈りしてることしかできなくなってることに早く気づけ。


「こら貴様ら。秋乃は聖地じゃない」

「ま、まだ違う?」

「すげえ違う」

「……あ!」

「それ」

「靴を脱がなくちゃ……」

「足を上げるなバカもん!」


 こら、聖地!

 聖地の聖地がこんにちはするだろそんなことしたら!


 拗音トリオによる鉄壁のディフェンスが無ければ大惨事。


 そんな秋乃から、頭を抱える俺へと視線を移した一年コンビは。


「……先輩、これを?」

「口説き文句探し中?」

「ちょっと返答を待つんだ。今、脳内会議中だから」


 さすがに今日のは度し難い。

 でも、決意したからにはやり遂げないと後悔しそう。


「うう……。結論出ねえ……」

「でも先輩が引き取らねえと」

「これの貰い手は無い」

「いや、そうなんだけどこんな日常耐えきれるかな……?」

「ああもう、まどろっこしい。……みらい」

「理解。これを見て責任を取ればいい」


 不穏な言葉を残して秋乃に近寄るタイムマシンコンビ。

 一体何をするのかと見つめていると。


「「えい」」


 葉っぱ服を。

 前後に引っ張ってフルオープン。


 もちろん、紳士である俺は目を閉じた。

 でも、スケベな俺は目を見開いた。


 結果として、これ以上ないくらい開いた俺の右目が捉えた秋乃の姿は。


「うはははははははははははは!!! か、柏餅柄のTシャツなんてどこで売ってたんだ!?」


 ハイレッグにカットされたデニムのショートパンツに、袖まくりして着ていたTシャツという。

 ごくごく当たり前のかっこ。


 やれやれ、これで葉っぱ部の皆さんも落ち着くだろう。

 そう思って振り返ってみれば。


 秋乃教の熱心な信徒たちは改宗し。

 『これはこれで教』の信徒となって。


 秋乃に再び祈りを捧げ始めたのだった。



「……たしかに」

「な、なにが……?」

「いろいろ出し過ぎ」

「そ、そうかな?」



 ……さすがに、今日は。

 口説く気分じゃなくなった。


 あと、お前は。

 みっともないから、上に葉っぱを着ろ。



「……先輩、これを?」

「口説き文句探し中?」

「一晩考えさせてくれ」

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