女性大臣の日
~ 七月十九日(火) 女性大臣の日 ~
※
小
「赤ドラ三つよん!」
「俺は四つ~」
「高校生活最後の夏休みを補習でつぶすとか」
昼休みまでに、ほぼ半分のテストが返却されたから。
きけ子とパラガスの夏休みは。
期待値的に、一週間減ることになるわけで。
受験の合否を左右する。
大切な高校三年の夏休みに。
一体何をやってるんだよお前らは。
「休みに入った初日からプールに行きたかったのにー!」
「休みに入った初日からプールに行きたかったのに~!」
「イルカ持って!」
「カメラ持って~」
「二人とも追い出されてしまえ」
心配して損したよ。
すっかり遊ぶ気満々じゃねえか。
でもさ。
ほんと、遊んでる場合じゃねえぞ?
一学期の成績は。
進路によっては最後の内申評価。
パラガスは実家の工場だから大丈夫だとしても。
「夏木は平気なのかよ。赤点なんか取って」
「平気じゃないのよん! 入りたかった会社、一学期の成績で面接に呼ぶか決めるって言ってたから……」
「うわ。いきなり橋を落とされたな」
「なんの! まだあたしの戦いは始まったばかりなのよん!」
「打ち切られてるじゃねえか」
自業自得とは言え。
少しだけ可哀そう。
でも、そんな同情が。
一瞬で後悔に変るひどい仕打ちが始まった。
「教え方が悪い!」
「そうだ~! 対策ノート、役に立たね~!」
「貴様ら……」
「保坂ちゃんは、ちゃんと責任を取る必要があると思うのよん!」
「文部科学大臣からの言い訳を聞こうじゃないか~」
大臣て。
それ、いじめてるの?
褒めてるの?
「やかましい。大臣がどれだけ頑張って対策ノート作っても、国民が読まねえんだもんよ」
「だって難しくて」
「だって面白く無くて~」
「責任をとれ、財務大臣」
「責任をとれ~。財務大臣~」
「手を出すな。なんで金払わなきゃならんのだ」
差し出された二つの手をしたたか叩いて。
国民の口を尖らせる。
大臣兼任といえば聞こえはいいが。
お前らみたいのしかいない国なら。
俺は喜んで亡命する。
「センパイの対策ノート、ボクにはすごく役立ちましたけど!」
「にゅ!」
「ひょっとして、同級生には厳しかったりするんですか? 先輩」
「話に混ざって来るな。お前らはちゃんと秋乃の話を聞いてなさい」
隣の席で。
拗音トリオに部活の引継ぎを行っているこいつは。
いや。
正しくは、部活の引継ぎをするはずだったというべきか。
「昼休みのうちに終わらせるって言っていたのに。ウノなんか始めるから時間が足りなくなる」
「だって、もうあんまりみんなと遊べなくなると思うと……」
残り十分くらいから始めたところで。
終わるはずなんかない。
案の定。
まるで冒頭といったあたりで。
予鈴が鳴ってしまった。
「にょーーーー!! 急がないと!」
「にゅ!」
「でも、お手洗い行きたいから間に合わないかも……」
「だ、大丈夫……」
ぽんと胸を叩いたお姉さん。
秋乃が三人に、優しい笑顔でひとつ頷く。
いったい、どんな作戦をこいつらに伝授するのだろう。
俺も期待しながら、秋乃の言葉を待っていると。
ぽん
俺の肩を叩いて。
「防衛大臣……」
「うはははははははははははは!!!」
思ったよりもいいアイデアを出してきた。
~´∀`~´∀`~´∀`~
丸投げではあるが。
頼られることは気持ちがいい。
俺は二年教室までダッシュして。
三人組が教室に入るまで。
先生の侵入を阻止してやることに成功した。
さて、一番の心配事が片付いたところで。
今度は自分の心配だ。
既に授業が始まっている。
自分の教室へと抜き足差し足。
そして、扉の窓から教室の中をうかがってみれば。
「うはは……っ!!! し、静かに静かに」
思わず大笑いしかける光景。
俺の席には。
等身大立哉君人形が腰かけていたのだった。
「さすがデジタル大臣……。でも、あんなのすぐ叱られるに決まってる」
早く秋乃を助けないと。
俺は、人形の責任を被るつもりで扉に手をかけたのだが。
「保坂」
『ハイ』
「五臓六腑の五臓。心臓、肝臓、腎臓、脾臓とあと一つは何だ?」
『ハイ』
「正解だ。では、赤ん坊が手足を使って床をずり動く動作のことを何という?」
『ハイハイ』
「素晴らしい。今日の保坂は実に優秀だな。皆も見習うように」
『ハイ』
教室の中で行われていたのは。
先生と、ボタン操作一つで『ハイ』と答える保坂君ロボによる爆笑コント。
クラスの全員が肩を揺すって笑いをこらえる姿をドアのガラス越しに見ていた俺は。
一時間、遊んでくることに決めた。
「とは言え……、どこで時間をつぶそう」
とりあえず屋上にでも出てみるか。
そう決めた俺が振り返ると。
「ひゃわっ!?」
「うぉっ!?」
目の前に立っていたのは。
さっき俺が教室に押し込んできたはずの朱里。
「なんでいるんだよお前」
「センパイが遅刻になると思ってですね? それを先生に説明しなきゃと思って……」
そう言いながら、もじもじと俺を見上げる小動物。
そうだった。
こいつも秋乃以上に、自分が損しても誰かのために動くタイプの奴だったな。
俺は朱里の頭をぽんと撫でて。
秋乃じゃないけど、もうこいつらと過ごす時間も少ないんだなと寂しさを覚えると。
自分でも驚くような。
そんなセリフを口走ったのだ。
「よし。引継ぎついでに、なかなか体験できないことを教えてやろう」
「なんです?」
「今から、授業をさぼるぞ」
「にょーーー!?」
慌てふためく朱里の手を掴んで。
強引に屋上まで連行すると。
慌てが呆れを経て。
最後にはニヤニヤし始めるとか。
こいつもなかなかしたたかな奴だ。
「大丈夫そうか、部長」
「まだボク、部長じゃないですよ? 部長!」
空には夏雲が立ち込めて。
湿気と熱気で、世間的には不快と呼べる陽気だけど。
シチュエーションの楽しさで。
むしろ心地よさすら感じる屋上でのサボタージュ。
もうじきこの景色とも別れが来るのか。
しっかりと胸に焼き付けながら、俺は再び口を開く。
「まあ、一人で頑張ろうとすんな。お前ら三人で得意なことやればいいんだから」
「はい! 一人じゃ逃げ出したかったかもですけど、部活との交渉はにやがやってくれるし!」
「外務大臣だな」
「費用とか施設とか、ゆあに頼めば何とかなるし!」
「経済産業大臣か」
「そしたら他に仕事は無いから……」
「確かに?」
「ボクはなーんにもしないで左うちわ!!」
「……お大臣じゃねえか」
きゃはははと。
いつもの屈託のない笑い声をあげた朱里は。
次第に弱々しくさせた笑いを。
最後には盛大なため息で締めて。
ぽつりとつぶやいた。
「でも……、不安じゃないかと言えばウソになっちゃいます」
「ああ。……それはそうだよな」
「辛かったり嫌な思いをしたり苦労が報われなかったりした時に、いつも癒してくれた舞浜先輩がいなくなっちゃうわけですから」
そうだな。
お前ら、他人から見たら手厳しく当たっていたように映ったかもしれないけど。
秋乃のこと、ほんとに好きだったから。
寂しくなるだろう。
でも。
「なんで秋乃が、お前らに優しかったか分かるか?」
「理由とかあるんですか?」
「うん。お前らが辛い思いをしてると、いつも助けてくれただろ」
「どうしてなんです?」
「……厚生労働大臣だから」
「あははははははははは!!」
秋乃がお前達に優しかった理由なんて簡単だよ。
その、屈託のないお前らの笑い声が聞きたかったから。
ただそれだけのことだよ。
「先輩は泣かせちゃだめですよ? 厚生労働大臣のこと」
「そうだな」
「なんたって彼女なんだから!」
「ぐ」
「……ぐ?」
「………………彼女じゃない」
「にょーっ!? まさか、まだあのみょうちくりんな関係のままなんですか!?」
おい、良い話で終わりそうだったのに。
なんでこうなった?
仕方が無いから、かっこいい先輩面をやめて。
朱里に恋愛相談を始めた俺なのだった。
……でも。
「じゃあもう、むちゃくちゃ特別な告白しましょうよ!」
「いくつもダメアイデアばっか積み上げやがって! 今度こそ大丈夫なんだろうな!」
「ここから教室の天井まで穴を掘って、教室に飛び降りて告白しましょう!」
「できるわけあるか!!!」
あれから三十分。
まるで役に立たないアイデアばかり。
頼った相手。
心底失敗。
「ねえ! どうですトンネル作戦!」
良いわけない。
それに、三つも兼任はまずかろう。
国土交通大臣は。
お前に任せたよ。
「じゃあ掘ってみろここから下まで!」
「舞浜先輩の発明があれば余裕でしょ!! じゃあ早速頼みに行きましょう!」
……ほんと。
こいつに相談したの、失敗でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます