光化学スモッグの日


 ~ 七月十八日(月祝い)

   光化学スモッグの日 ~

 ※青天白日せいてんはくじつ

  潔白なこと。

  元々は、よく晴れた空と日の光のこと。




 夏の眩しい日差しの祝日。

 遊園地ではしゃぐ高校一年生女子。


 そんな題の名画のモデルは。

 舞浜まいはま春姫はるきちゃん。


 最近めっきり大人びて来た彼女を描いた本作品には。


 残念ながら、大きな間違いが二つある。


「……なんだその不満げな目は」

「そんなのしてないぞ」

「……この日傘に何か問題でも?」

「ああ、一つはそれだ。こんな場所だし、たまには日の光を浴びたらどうだ?」

「……勘弁しろ。十分も日に当たると、一週間は赤くなってしまう」

「まじか」

「……そして、一つというからには二つ目もあるわけだな?」

「春姫ちゃんこそ誘導尋問とか勘弁してください」


 そう。

 二つ目の間違い。


 日傘の中に隠れる美貌が。

 まるで分厚い雷雲のよう。


「俺というより、不満な目をしてるのは春姫ちゃんの方だろう?」

「……いや、実に楽しく過ごしているが?」

「そこだよ。かなり楽しそうにしてるのに、なぜゆえ表情だけ曇ったままなんだよ」

「……いいか? 朴念仁」

「ぼく……、はい」

「……怪我の痛みは他のことで夢中にさせて紛らわせるのが常であろう?」


 そう言いながら、屋台のソフトクリームを指さす春姫ちゃん。


 いつもなら自分で買おうとするか遠慮するところだろうに。


 今日は一切の容赦がない。


 誘った時には即答は避けておいて。

 一晩越しによろしくお願いすると返事をしてくれた時にはご機嫌そうだった。


 そして今朝、出会ってから遊園地に到着するまでは。

 いままで見たことが無いほど機嫌良さそうにしていたのに。


「遊園地に入ったすぐあとくらいか。何か余計なことを言ったらしいな、この唐変木様が」

「……もう考えなくてもよい。勝手に浮かれていた私も悪いのだからな」


 春姫ちゃんとしていた会話といえば。

 かっこ悪いのにかっこいいことの実例を教わっていたことに終始する。


 さすがは聡明な春姫ちゃん。

 いくつものアドバイスをぽんぽんと出して来て。


 俺としては、想定以上の収穫に大満足になったわけなんだが。


 ……助言でお腹一杯になったところで。

 ふと気が付けば。


 春姫ちゃんから笑みが消えていたんだ。


「えっと、どのアドバイスを貰った時に怒らせたのかだけでもヒントをくれない?」

「……いつもより気合を入れておしゃれしているのだ。分かるか」

「おお。今日既に何度目になるか分からんがいくらでも褒めてやるぞ? 今日の春姫ちゃんは超絶可愛いけど……、それで?」

「……もうやめにしろと言っている」


 学校中の男子が恋焦がれる。

 美しいフランス人形の化身。


 そんな紅裙こうくんにして女子力についても計測不能というモンスターが。


 普段とは打って変わって、肩出しのフリルワンピといういで立ちで現れたんだ。


 下手すりゃ何日でも眺めていたいし。

 そのせいで逆に、今日はまるで春姫ちゃんの方なんか向けやしない。


 でもそれが。

 どうして不機嫌に繋がるのか分からない。


「まあ、これ以上掘り下げるなと言うならそうしよう」

「……やっと分かってくれたか。だが、その理由を忘れるために、今日は容赦なくお世話になるぞ?」

「おお、望むところだ。ジェットコースターでも落下系でもお化け屋敷でも何でも来い」

「……それは頼もしい」

「任せとけ。俺に怖いもんなんて何もないからな?」

「……では、お昼にレストランで一番高いスイーツでもご馳走してもらおうか」

「饅頭怖い」

「あははははははははははは!」


 いや、金のかかるものは勘弁しろ。

 もうここまででかなり厳しいんだよ。


 ……しかし。


 ここのところ、よく耳にする。

 春姫ちゃんの笑い声。


 喘息の具合はかなり良くなって来たらしく。

 一緒に笑い合えることが心から嬉しい。


 かつてのように、笑わない訓練ばかりしていたなら。

 今の春姫ちゃんはいなかったのかもしれないな。


 無理にでも少しずつ。

 笑うようにするよう方向を変えて。


 いつも秋乃が薬を持って。

 苦しそうにならないよう気を付けながら。

 春姫ちゃんを笑わせていたっけか。


「秋乃のおかげで随分良くなったな、病気」

「……うむ。感謝はしているが、今日はもうお姉様の話は無しにしよう」

「いや待ってくれ。俺は秋乃のことを話したくて誘ったと説明したろ?」

「……よし。そんな立哉さんに、次のおねだりだ」

「はあ」

「……観覧車に乗ろうではないか」


 う…………。


 凜々花だな?

 余計なこと話しやがって!


「た、たのしみだなあぁぁぁぁ」

「……ビブラートが効いた素晴らしい歌声だな。では、観覧車の上で一曲披露してもらおうか」


 最寄りで遊園地に来た時に。

 観覧車を何気なく眺めていたら。


 どのパーツが壊れても落下するなあってことに気が付いて。


 急に観覧車が苦手になったんだ。


 

 この暑いなか、体温が急激に下がっていることを自覚した俺の手を引いて。


 観覧車の中に連れ込んでニヤニヤとする春姫ちゃん。


 こうなったら、この子の技を借りる事にしよう。


 つまり、他のことを考えて気を紛らわす作戦だ。


「は、春姫ちゃんはいつも日傘だよね?」

「……ん? そうか、ここで開いてもいいか? 存外日が差し込んでくるようだからな」

「いや勘弁しろよ」

「……こちらこそ勘弁だ。先ほど説明したろう」

「十分も日に当たると、一週間は赤くなるって?」

「……そうだ」

「でもさ」

「……ん?」

「傘開いたら、景色なんか見えんだろ? こんな至近距離で俺だけ見ていることになるぞ?」


 別に意識して言ったわけじゃない。

 でも、今のセリフがどんな意味で聞こえたのか。


 それは春姫ちゃんの顔が。

 真っ赤になったことですぐに分かった。


「十分、経った?」

「……うるさい。立哉さんは、そこで立ってなさい」



 こうして、収穫はあったと言え。

 今日は散々、春姫ちゃんの我がままに振り回されることになったのだっ……。



「ごめん怖い! 観覧車の中で立ってるの、めちゃめちゃ怖い!!!」

「……立っているのは得意だろうに」

「いや勘弁してください春姫様!!!」

「……よし。あと三周乗ろう」

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