ありがとうの日
~ 七月十五日(金) ありがとうの日 ~
※
何度も頭を下げて、ありがとう。
お袋が、連休前に戻ってきたのには訳があって。
明日からこの近辺で。
取引先との接待ゴルフが六連荘であるとのこと。
「平日にもやるんだ、ゴルフ」
「そんなわけねーでしょうが」
「へ?」
「ダブルヘッダーで三日よ」
「…………お疲れ様です」
仕事に関してはタフなお袋だけど。
さすがにそれは大変そう。
でも、今はそんな心配をしている場合じゃない。
お袋が戻ってきた理由が。
接待の他にもあるんじゃないかと。
俺のセンサーが警報を鳴らしているからな。
「……さあて、晩飯の買い出しにでも行ってこようかな?」
「パパと凜々花に頼んだわよ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ俺は、テスト終わりの打ち上げ会場にでも行ってこようかな?」
「まだ開始まで一時間もあるわよ? 会場、お向かいさんでしょ?」
そうなんだけど。
俺の逃げ出したい気持ちは揺るがない。
だって、嫌がる二人を買い物に出させたのも。
勝手に打ち上げ会場をワンコ・バーガーに変更したのも。
あんたじゃないの。
「凜々花から聞いたんだけど……」
あちゃあ。
あのおしゃべりめ。
他の皆ならいざ知らず。
お袋だけには知られちゃダメなんだ。
こんな時期に、色恋にうつつを抜かしてうんぬんかんぬん。
せっかくのテスト明けだというのに。
小うるさい説教が始まるに決まってる。
でも、逃げ道はどこにも無い。
もうどうにでもなれ。
「……凜々花から聞いている、と?」
「そうよ」
「そういうことなら話は早い。教えてくれるか?」
「なんであんたに勉強教えなきゃいけないの!」
「なんでお袋から勉強教わらなきゃならんのだ?」
「…………え?」
「…………げ」
おいおいおい!
俺が秋乃に告白しようとしてる話と違うんかい!
下手に白状しなくて良かったぜ。
この秘密だけは何としても守り抜く!
「あんた、成績下がってるそうじゃない」
「う。……まあ、夏休みは目一杯頑張ります」
「そういうことなら良しとしましょう」
「良かった。それじゃ俺はここで……」
「逃げなさんな。では、そっちでない方を白状しなさい」
ちきしょう、上手く誤魔化せたと思ったのに!
でも舐めんな。
俺は、権力には屈しない男だぜ?
「人間、自分が不利になる発言を促された場合黙秘する権利が与えられるのは、追いつめられることによる精神的疾病から守られるためであって、この強要が人にもたらす悪影響については先に発表された論文によ」
「言え」
「……親父に、どう告られたのか教えてくれ」
怖えよ何だよそのドスの利いた声。
ああ知ってたさ。
あんたから逃れる術なんて俺は持ち合わせちゃいねえよ。
でも、この質問はお袋にとっても斜め上。
いつも吊り上げってる目が一瞬でまん丸になっちまった。
「……あんた、進路が決まっていないばかりか勉強もろくにしてないうえに、秋乃ちゃんに告白しようとしてるの?」
「待てよ! 相手が秋乃だなんて一言も言ってねえだろ!?」
「じゃあ誰なのよ」
「秋乃ですけど」
さすがに今のは降伏が早すぎたか。
お袋はかぶりを振って、いつもの吊り目に戻る。
「あんたちょっとそこに座りなさい」
もう椅子には座ってるからな。
正座って意味だろう。
でも、ここで素直に従うと。
言いたいことも言えないお説教モードへの確変待った無し。
……先にねじ込まねえと。
「親父にも聞いたんだよ。でも、普通に告白したとしか言わなくて」
「そうね、普通だったわよ?」
あれ?
上手く話は逸らせた感じだけど。
思ってた返事と違ってびっくり。
「普通?」
「普通。一般的。月並み」
「それでなぜOKした」
「銀河系で一番かっこよかったから」
は?
え?
最近、ちょっと分かりかけていた。
かっこ悪いのがかっこいいとも違う。
普通なのにかっこいいって。
新しいジャンルが出て来たんだけど。
……さすがにこれは。
ピンとこない。
「普通だったんだよな」
「普通。平凡。尋常一様」
「普通ってことは、しぶしぶOKしたの?」
「心からありがとうって、泣いてOKしたけど?」
いやいや。
意味分からんのやけど。
昨日のミステリーより遥かに難問だよね、これ?
「なにそれ? どんな告白されたんだよ」
「どうしよっかな?」
「白状しやがれ」
「タダじゃいやよ」
「じゃあどうすりゃ教えてくれるんだ?」
「秋乃ちゃんと晴れて恋人同士になったら教えてあげる」
「マラソンのゴールでタクシー代渡されても」
それじゃ意味ねえんだよ。
ヒントくらい寄こせ。
俺はなんとか問い詰めようとしたんだが。
それを邪魔するインターホン。
多分、秋乃が誘いに来たんだろう。
「ほれほれ。今日決めて来なさいな」
「部活のみんながいる席でそんな流れになるわけねえだろ」
「はなから言い訳してちゃだめ。気持ちはスナイパー。隙を見つけてすかさず引き金を引くのよ?」
「……その忠告だけは、有難く貰っておきます」
確かにな。
そ知らぬふりの普段通り。
でも、チャンスは一度ってくらいに気を張っておくようにしよう。
俺は、お袋にシャツの一番上のボタンを留められて。
背中をバシンと叩かれて。
眉根を凛々しく寄せて決め顔しながら扉を開くと。
新聞代と引き換えに。
遊園地の割引券を二枚貰えた。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「テスト終了お疲れー!」
「にゅー!」
「じゃあ、乾杯」
女子六人に俺一人。
紙コップ片手に大騒ぎしているパーティー会場は。
お袋がカンナさんに無理を言って貸してもらったワンコ・バーガーの休憩室だ。
後輩たちに夢中なこいつ。
それをどう口説いたものか。
手段はまるで見えないけれど。
「そうだな……。唯一持ってる技を試してみるか」
「にょ!? 敵!?」
「そんな感じのが、すぐそばにいる」
「今日のセンパイは中二病モードですか?」
「確かに。そもそもこの技、どう発動したらいいのかよく分からん」
「本番で使えちゃうパターンですね! 主人公だけが使える一番熱いヤツじゃないですか!」
朱里の表現は的確だ。
かっこ悪くかっこいいことをする。
こいつをぶっつけ本番で決めたら、確かに俺は主人公。
まずは足掛かり。
かっこ悪くならないと。
でもそれは意識するまでも無いか。
このメンバーの中にいたら。
俺、基本いじられ役だし。
いつもは腹立たしいが。
今日は有難い。
お前ら。
思う存分俺をかっこ悪くしてみろ!
「先輩ぃ! 助かりましたぁ!」
「ほんと。……先輩、勉強教えるの上手い」
「ん? おお。お前らも、よく頑張ったな」
こらこら、タイムマシンコンビよ。
いきなり的外れなこと言うんじゃないよ。
まあ、お向かいさんの誼として。
テスト前、毎日勉強みてやったからしょうがないか。
「センパイ! ねえ、センパイ!」
お? 今度は朱里か。
そうだ、まだ付き合いの浅いこいつらに。
俺という男の扱い方を見せてやれ!
「舞浜先輩がくれたテスト対策ノート、センパイが作ったんですよね!?」
「ん? そうだけど」
「めっちゃ役立ちました! ボク、感謝感激かんかんしゃげきです!」
「にゅ! にゅ!」
「そうだね。私もゆあも使わせてもらったけど、理解しやすいし字も綺麗だし」
「にゅー!!」
おいおい。
お前らまで俺の邪魔をする気か?
もっと俺のためを思って。
俺を見下してくれ!
「……なあ、もっと普段通りにして欲しいんだけど」
「普段通りですよ? いつも感謝してますけど……」
「にゅ」
「うそつけ。もっと俺を蔑んだ感じに……」
「そうはいきません! 日頃の感謝を込めて、今日は称えまくります! いつもありがとう!」
「にゅ!」
「やんややんや」
「いやほんとやめてくれ!」
それじゃ計画が台無しだ!
見ろよ、秋乃がすげえ不機嫌そう!
「うん。先輩は、かっこいい」
「先輩ぃ! かっこいいしぃ!」
「やめろと言ってるんだ!」
「た、立哉君……」
「違うんだ秋乃! 俺はかっこ悪く扱われたくて……」
「さっきから……。鼻の下が、ゾウ」
「長いのは鼻本体! ゾウの鼻の下はミリだろがい!」
「褒められて、嬉しい?」
「いや今日はまったく嬉しくない!」
正直に言ったのに。
秋乃の目が、俺の言葉を完全にシャットアウトしてることを物語る。
「…………先輩ぃ、かっこいいしぃ?」
「やめんか真似すんな。嬉しくない」
「かっこつけて、さらに好感度アップ?」
「狙ってねえよ!」
「じゃあ……。先輩、いいかっこしい?」
「うはははははははははははは!!! 入れ替えただけで最低にされた!」
結局。
その他大勢にはかっこいい先輩と言われ続け。
肝心の秋乃からは。
無視され続ける夜となったのだった。
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