洋食器の日
~ 七月十二日(火) 洋食器の日 ~
※
外部からの要因に関わらず
内部から壊れていくはたらき。
……そう思おう。
中値半端な関係性。
それを完全な『恋人』というものにするためには、どうすればよいのだろう。
やる気はあるが知識がない。
そんな男が、アドバイスを求め歩いて七人目。
とうとう当人の母親を前にしている。
この時点で異常な事態なのに。
すでに状況は滅茶苦茶なのに。
「おかしいだろ。なぜお前がここにいる」
「おかしくない……。ここ、あたしのお家……」
どこでどう嗅ぎつけて来たのやら。
俺と舞浜母が対面で座るダイニングテーブルのお誕生席で。
さも当然といった顔で勉強しているのは。
そして、秋乃が俺の挙動不審な様子に不機嫌なのは分かるのだが。
こちらも負けじとご機嫌斜めなのはどういうことだろう。
「キモチハ、感謝」
「はい」
「デモ、タトエバ。立哉サンコウハイ、高級サイクリング車ヲプレゼント。ドウキモチ?」
「確かに」
舞浜母への受講料。
ちょっと奮発して買って来た二組のティーセット。
舞浜母の趣味ど真ん中だと自負していたんだが。
ご覧の通り。
あまり喜んでくれていない。
……本日の御用向き。
みょうちくりんな一方通行恋人から。
正しいカップルになるにはどうしたらいいか教えてください。
事前に説明しておいたから。
主旨はご理解して貰っているはず。
それが、この気まずい空気と。
秋乃を追い出していない様子から。
歓迎されていないのではないかと。
勘ぐってしまう俺がいる。
でも、そこは年の功。
俺の考えていることが伝わったのだろうか。
モンペに割烹着。
いつもの田舎おばちゃんルックからひょっこり生えた美貌がため息を吐くと。
秋乃に、キッチンからお菓子を取って来るよう命じつつ。
ちょっと大きめの音量で。
デッキからクラシックの音楽を流し始めたのだった。
上で勉強しているであろう春姫ちゃんには申し訳ないが。
ちょっとの間、我慢してて欲しい。
「ええと……。お気遣い、ありがとうございます」
「秋乃チャン、オツキアイノ技」
「はい」
「喜ブコトシテアゲルダケ、イイオモウ」
「もう一声、なんか無いですか? 告白する側としても、拠り所になる一生懸命やってる感が無いと不安なんですよ」
「コノティーカップト、理由オナジ」
背伸びをした一生懸命は。
迷惑に感じるという事か?
確かに秋乃なら。
見晴らしのいい所からの夜景とか、星空の下とか。
どこにでもありそうなロケーションでも喜んでくれそうではあるけれど。
「そうは言われても……」
「ダイジョウブ。全面協力ヲオ約束」
「……全面協力」
「ソウ」
一瞬喜んではみたものの。
すぐ後悔することになった。
なんでこういう時の大人って。
オブラートって言葉を知らねえんだろ。
「……ニヤニヤしないで下さい」
キッチンから、クッキーを大皿に乗せて戻って来た秋乃に。
ニヤニヤ微笑みかける舞浜母。
やめねえか。
察しが悪いやつでも気付くんだそういうのは。
「ど、どうされましたかお母様?」
「ドウモシマセンヨ?」
明らかに怪しい舞浜母の様子。
その原因を供給できるのは、もちろん一人しかいないわけで。
「…………じろじろ見ないで下さい」
いかん、上手い言い訳を考えないと。
と言うか、こんな状況にしたのはあなたなんだから。
責任感じて何とかして。
視線を送ると勘繰られる。
俺は目を伏せたまま、おでこの辺りから気合で思念を送ると。
「クッキーデハナク、私、タルトヲ焼イタ。オモチスルカラ、待ツ」
そう言いながら。
キッチンに逃げられちまった。
……さあ。
この、最初から枷をはめられたハンディキャップマッチ。
『あとは若いもの同士で』と呼ばれる戦場に取り残された身としては。
方円陣を組んで時間切れを狙うより他に術もなし。
「た、立哉君……。お母様、何を笑っていたの?」
「さあ」
「立哉君、何か関係あるよ……、ね?」
「さあ」
この無理のない、遠距離からの地味な攻撃に。
ガリガリと削り取られる外陣、中陣。
いよいよ本陣への集中砲火を告げる号令がかかる。
指揮官が、大きく息を吸い込んだその瞬間。
「オマタセ」
「おお! 待ちわびたぞ家久!」
「……あたし、龍造寺?」
「ヤショクトハイエ、オ食事中ハオシズカニ」
おっと、つい大声をあげちまった。
舞浜家は、言わずと知れたお家柄。
マナーにはそこそこうるさいのだ。
慌てて秋乃と共に口をつぐむと。
目の前にタルトの大皿が置かれ。
春姫ちゃんの分と合わせて四つのお皿に取り分けられたんだけど。
「相変わらず、素晴らしいお手際で」
「オテギワ?」
「まるで食器の音も鳴らさず。とてもじゃないけど真似できない」
思わず感心しながら呟くと。
なにやら秋乃の方から餅が膨らむ気配を感じた。
別にいいだろう、母親を褒めたわけだから。
一体何が不満なんだ?
「お、お茶はあたしが入れてくる……」
「ソウデスカ? オネガイシマス」
そして、普段は上げ善据え膳を旨とする秋乃が席を立つと。
キッチンからは、がっちゃがっちゃとけたたましい音が響いて来て。
きっと舞浜母の眉根が寄ることだろう。
そう思っていたんだが。
どういう訳か。
この人、にっこにっこしっぱなし。
「……あの。マナーがなんかごめんないな状況なのですが」
「マナーハ、人ヤ物ヘ愛情。ドチラノ方、タイセツ?」
「そりゃ人でしょう」
「セイカイ。ダカラ、ニコニコ」
そうは言っても。
結構酷いよ、音。
がっちゃがっちゃ
にっこにっこ
がっちゃがっちゃ
にっこにっこ
がっちゃ……、がしゃーん!!!
にっこ……、ぴきっ!
「さすがにね」
初めて見たかも。
舞浜母の怒り顔。
「チョット、叱ッテキテモ?」
「誰かのために一生懸命なのは秋乃の美徳です。俺は、その件については怒っちゃいけないと思うんです」
これは俺の本心。
決して曲がらない、信念のような物。
舞浜母は。
そんな俺の言葉を聞いて。
心から嬉しそうに微笑んでくれた。
「……ソウイウコトデシタラ、不問シマス」
「良かった」
「フフッ……。秋乃サン、ヨロシクオネガイシマス」
「いや、そのために技の伝授を……。あと、お手伝いしてくれるって話でしたよね?」
「モウ、シマシタヨ?」
は?
いやいや、何も聞いて無いですよ。
俺は慌てて問いただそうとしたんだが。
「た……、立哉君!」
「ああ、忘れてた。怪我するといけないから、お前はこっちに来て……」
「買って来てくれたティーセット、割っちゃった!」
「床に正座してろ!」
慣れないことするからそうなるんだ!
俺は怒り心頭でキッチンへ入って行ったんだが。
秋乃らしいと言おうかなんと言おうか。
そこにはビーカーやら薬瓶やらが並んでいて。
「何をしようとしてたんだ貴様は!」
「しょ、食器を絶対鳴らさないために……」
「ために?」
「知恵で対処……」
そう言いながら。
秋乃が銀のトレーを持ち上げると。
そこに乗せられたソーサーとティーカップは、音を鳴らさないどころか。
……逆さにしても落っこちない。
「うはははははははははははは!!! 天才なほどおバカ!」
こっちのティーセットも再起不能じゃねえか!
どうしてお前はそう……、ああもういいや。
怒るのも馬鹿馬鹿しい。
俺は秋乃をキッチンから追い出すと。
代わりに入って来た舞浜母が。
「……怒ラナイ、言ッタノニ?」
「うぐ」
適切に俺をたしなめた後。
「デモ、最後ハ怒ラナイ。ソレデイイデス」
「た、助かります……」
「ソレハ秋乃サンガ、格好悪カッタケド、格好良カッタカラデスカ?」
「またそれ!?」
ここの所、何度も耳にすることを言い出して。
俺を困惑させたのだった。
「……なんだか分からなくなってきた」
「質問? ナラ、オ父様ニキクトイイオモウ」
「親父に!?」
お相手の母より高いハードルをセットしたこの人の笑顔。
さすが親子。
本心なのかネタなのか。
俺にはまるで分からないのだった。
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