第26話 成敗

夕焼けが辺りを紅く染めた後、やがて空は紫色に変わりマンサを乗せた馬車が領主の城に着く頃にはもう外は暗闇に包まれていた。


馬車の確認が終わり、城壁の扉が開かれ、松明で灯された城内はかなり大きなもので、同時に薄暗くて冷たく感じた。マンサは城に入ると使用人に連れられて湯浴みをさせられた。

豪華な衣装に着替えさせられて、もうじき領主との晩餐の時間ですと告げられた。ケーナは宰相に連れられて別の部屋に移動していった。


晩餐の時、マンサは使用人に連れられ、領主の元に連れて行かされた。領主は嬉しそうに満面の笑みを浮かべてマンサを出迎えた。


「おお!よく来てくれたのう!さすがに美しい!今夜は再会を祝って祝杯を上げようではないか」


いやらしい笑みを浮かべる領主に向かいながら嫌悪感に襲われるマンサは口が痙攣らないよう我慢してなんとか笑顔を保っていた。


「領主様の暖かいご好意に甘えさせていただきました。私は本当に幸せですわ」


そう言ってマンサは酒を口にした。



ケーナは宰相に招かれ、宰相の執務室でお茶を飲んでいた。


「塔の魔女殿はいつから塔の管理をされておるのですかな?」


宰相がそういうと、ケーナはお茶を一口飲んで答える。


「アタシはあんたらが生まれるずっと前から塔におったのさ。ここの初代領主に頼まれてねえ。子孫がおらんかったあいつは塔の魔女となる候補がおらんかったのでな。すでに長生きしておったアタシに頼み込んできたんじゃよ」


「ほう、そんなに昔から、……こちらの城に保管されている資料には塔の魔女の文献が無かったものですから。こないだの塔の襲撃の時は驚きましたよ。慌てて他の領地と王都へ確認の文を出しましてね。確認が取れてやっと事の重大さに気付いたのです」


お恥ずかしいという宰相にケーナは目を細め、今飲んでいる紅茶の味を確かめた。


「この城では睡眠薬の入った紅茶を客にだすのかい?」


「な、何を仰っているのやら、ひょっとしたら私の執務が多くて睡眠が取れていないため、使用人が気を効かしたのかもしれませんね」


焦り出す宰相。ケーナは呪文を唱えてこの部屋一体に結界を張る。


「ど、どうかされたのですか。魔女殿」


「いや、廊下に何人か武装して入り込もうとした輩がおったのでな。安全のためこの部屋に結界を張らせてもらったよ」


「な、なんですと!?どうして兵士の存在がわかったのですかな?」


ケーナは大きく溜息をついて答えた。


「あのなあ、アタシは魔力が視えるんだよ。あんただけじゃなく、外の廊下にいる兵士と睡眠薬であんたが何を企んでいるかぐらいはお見通しさ。どうせ殺す事もできないから一晩眠らせて町に戻す予定だったんだろう?」


もはや言い訳が通じなくなった宰相は本性を現した。


「ふ、ふはは、さすが塔の魔女だな。さすがに殺すわけにはいかぬから捕らえてしばらくはあの男の近くで過ごさせてやろう」


そう言って宰相は壁に掛かっていた剣を手に取り、鞘から剣を抜いた。そして魔女に向かって斬りつける。


ケーナは小さく笑い宰相に向けて魔法を放った。


宰相は急に身動きが取れず、額に脂汗を流しながらもがき苦しんでいた。


「くっ、何を、した!?」


「アタシが無策でこの城に来たとおもっておるのかぃ?まだまだヒヨッコじゃのう。オムツ替えの時間が必要じゃな」


そう言ってケーナは両手を前にかざし呪文を唱えた。

両手の前には丸い紋様が光って浮かび上がる。

しばらくすると宰相の姿がみるみるうちに小さくなり、赤子の姿になってしまった。


「もう一度人生をやり直すんじゃな。今度は道を外さぬように気をつけるんじゃぞ?」


ケーナは大きく笑い勝ち誇った。


「さあてと」


ケーナは目を閉じ、城全体の魔力を視る。しばらくすると城の地下に不思議な力を発見した。


「よし!いた!」


そう言ってケーナは窓から外に出た。



空腹で精神統一が上手くいかなかったヴォルフだが、半日すると空腹が収まり、精神統一がしやすくなっていた。

しかし、問題は山積みだ。まず雷しか出せないヴォルフは何処に雷を出すか考えた。しかし、雷を出した所で此処を出られるわけがないと悟り、別の方法を考えた。そして監獄にいる看守に魔法が使えないかと考えたが、どうすればいいかわからなくなって諦めてしまう。

せっかく力があっても使いこなせないヴォルフには脱出の方法がまったく浮かんでこなかった。


「はあ……」


尿も便も垂れ流し、両手は鎖に繋がれ、食事はとらせてもらえない。

水もなく、あと数日中には死んでしまうのだろう。

マンサの顔を思い浮かべ、ヴォルフは後悔した。


「マンサ、すまねえ……」


しばらくすると外の鉄格子から声が聞こえてきた。


「ここにおったか。やっと見つけたわぃ」


「ケ、ケーナ!なんでこんな所に」


「マンサがここに来たんじゃよ。ついでにアタシも同行したってことさ」


「何!?マンサがここに?ではここは領主の館なのか?」


「ここは領主の城だよ。マンサは今頃領主と一緒さ。もうすぐ夜伽の世話をするんじゃないかねえ」


「ケーナ!頼む!ここから出してくれ!」


「あんたには力があるって教えただろう?こんな時に使えない力を持ったボンクラがどう女を救おうっていうんだい?」


「くっ!なら、俺の事は放っておいてあいつだけでも助けてやってくれないか?頼む!」


そういうとつまらなそうな顔をしてケーナが俺に話かける。


「マンサが領主の元に来たのは彼女の意思さ。あんたを助けるためにね。今頃領主とちちくりあっておるかもしれんし、助けにいった所でアタシが罰を受けるかもしれん。そんな頼みをアタシが受けると思っておるのかい?」


ヴォルフは黙ってしまった。

確かに彼女の言う通りだ。

俺は自分の事しか考えていなかった。


ケーナの立場もマンサの事もまるで考えていなかった。

悔しくて仕方がなかった。


しばらく黙っていた俺を見て呆れた顔をしたケーナは溜息をついて言った。


「だから、お前は甘いんじゃよ。町を守ると偉そうに言っておきながら呆気なく捕まり、恋人を危険に晒し、自分も命を落としかけているんだ。せっかく勇者の力が使えるのにのう。他人どころか自分さえ救えんのじゃから情けないのぅ」


憐んだ目で俺を見つめてくる。俺は自分に不甲斐なさに項垂れ溜息を吐いた。


「まあ、絶望というのはこういう事じゃよ。お前さんは甘い。だから力が使いこなせない。危機感がないんじゃ、失敗しても大丈夫なんて事あると思うかぃ?」


俺は黙ったままケーナの話を聞いていた。


「本当の力に目覚めたなら本来こんな所なぞ直ぐ出られるんじゃ。なんでそれが出来ん!?

お前さんの心が弱いからじゃ!考えが甘いんじゃ!もっと自分を信じろ!自分の力を信じるのじゃ!」


そんな大きな声をだすと周りに気付かれるんじゃないかとヴォルフは焦ったが、誰も来なかった。俺はどうすればいいのか考えた。


「どうやればいいんだ?俺は雷の魔法しかつかえないんだぜ?それ以外何も浮かばないんだ」


「このど阿呆が!?なぜお前が雷の魔法しか使えないと思う?雷以外が使えないと思い込んでおるのはお前自身じゃ!!」


「それじゃどうすりゃいいんだよ!何も浮かばないんだぞ!俺は魔術師じゃねえんだぞ!」


「だ・か・ら、甘い!と言っておるんじゃ!勝手に自分で思い込んでおいて、何も浮かばないと嘆いておるだけではないか!どうして他の事を、可能性を考えられないのじゃ?お前さんそんなに頭が固かったのか?」


ヴォルフは必死に考えてみた。

もう時間がない。


マンサが領主と一緒にいると考えただけでも虫唾が走る。


とりあえず、鎖を外さないと……

まず鎖が切れるイメージをして魔力を流してみた。


パキィ!!


すぐに右の鎖が切れた。


あ、そういうことか。


もう一度心に描いてみる。


すぐにもう片方の鎖が切れた。


力の使い方とはどういうことなのかを思い知った。


そして目の前にある鉄格子が吹き飛ぶイメージをする。


メキメキ、

バキッ、

ドカッ、

ドガァァァン!!


鉄格子は吹き飛び、看守は下敷きになって気絶していた。


ケーナは満足そうに喜んだ。


「よし!アタシが領主の所まで案内してやろう、その前にそんな格好じゃあせっかく助けに行ってもきらわれるぞい」


俺はげっそりやつれ、髭は伸び、服もボロボロだった。そういえば牢獄では糞尿垂れ流しだったと気付いた。


ケーナが手を上げると、ヴォルフの頭の上から大量の水が落ちてきた。


「ぶわっ!!、冷えっっ!!」


ビショビショになったヴォルフにケーナは再び呪文を唱えた。


「クリーニング」


ヴォルフの体は洗われて服も綺麗になっていた。


「す、すげえ!!」


「さ、それでは囚われのお姫さんを救い出しにいこうかね」


そう言うと、ケーナは宙に浮かび始めた。


「おい!ひょっとして、空も飛べる、のか?」


「だから言ったろう?強い力はお前には釣り合わないってね。今ならマンサを諦めてもいいんだよ?そういや皆んなマンサはお前には相応しくないって言ってたもんなあ」


ケーナがニヤニヤしながら俺を虐めてくる。


俺は舌打ちをしながら自分が空を飛ぶ姿を必死に描いた。


フワッ、


足裏の感覚が無くなり、地面が少しずつ離れていく。上を見たらケーナが近づいてきた。


「早くしないと間に合わないよ?」


俺はフワフワ浮かびながら必死でケーナの後について行った。



グフフ………


マンサは睡眠薬の入った酒を飲まされ眠っていた。

そして下着のままベッドに横たわっていた。


領主はいやらしい笑みを浮かべてマンサの体を撫で回す。

興奮しながら下着を脱がし、自分も服を脱ぎ始めた。


マンサを裸にして上にのしかかった時、外の窓が勢いよく割れて男が飛び込んできた。


「マンサ!!」


ヴォルフは叫んだがマンサは起きない。領主は怒り出し衛兵を呼んだ。しかしいくら待っても衛兵は来なかった。不思議に思った領主は剣を取り出して構えた。


「貴様、どうして此処がわかった。どうやって地下牢から出たのだ?」


剣を構えながら領主は聞いてきた。

両手は震え、歯をガチガチと音を立てながら領主は勢い良く剣を振ってくる。勢いが強すぎたために振った勢いに負けて勝手に自分で前に転がっていった。すぐ様慌てて立ち上がり、よくもやってくれたなと一人で怒鳴っていた。


俺は領主の剣が折れ曲がるようにイメージし、手をかざしてイメージに力を流した。


ぐにゃ、


「ひ、ひいぃぃ!!」


剣が簡単に折れ曲がり領主は腰を抜かして座り込んだ、領主の足元には尿が漏れ出て床を濡らし、泡を吹いて意識を失った。


俺はマンサに服を着させ口付けをする。

そしてマンサが目覚めるようイメージをして勇者の力を注ぐ。


「んっ、ん!こ、此処はっ!?」


マンサは目覚め、俺の顔をみて抱きついてきた。


「この馬鹿!!今まで何してたのよ!!本当に心配したんだから!!」


そう言って涙を流して俺に口付けをしてきた。


マンサは俺に抱きついて嬉しそうに口付けをした。


「よし、帰るか」


そう言って窓から脱出した。



その頃ケーナは別の場所にいた。


「君は誰かな?何故ここにいる?」


壮年の男がケーナを見て問いかけた。


「うふふ……あんたが領主の兄なんだろう?」


「どうしてそれを知っているのかな?ここは誰も入れないようになっていたはずなんだがな」


ここは領主の城の離れにある塔、かつて問題をおこした領主の一族はここに幽閉され、一生ここから出られないのだ。


「民衆の支持を得ていたあんたは領主に騙され、ここにずっと閉じ込められているんだろう?」


「なぜそれを知っている」


領主の兄は厳しい顔でケーナを睨む。


「アタシは塔の魔女、この領地の龍脈を管理する者さ。あんたに朗報を伝えに来たのさ。もはや領主は一介の兵士に敗れ、宰相は失脚した。あとはあんたがこの塔を出てこの領地を守るんだ。もう準備は整っている。民衆もあんたの復帰を喜ぶだろうね」


そう言ってケーナは暗闇の中に消えていった。


「一体なんなのだ……」


領主の兄は勇気を出して塔を出た。

そして城に入るとかつての忠臣に囲まれ涙を流しながら迎えられた。



ヴォルフはマンサを抱えて空を飛んでいた。


マンサは不安そうに怖がってヴォルフにしがみついている。


ヴォルフ自身もあんまり高く飛ぶと怖いので少し高いぐらいのところでフワフワと浮かびながら城を出ていった。二人が上手く城を出られるといつの間にかケーナが隣にいた。


「ふー、やっと終わったねえ」


「あんた何処に行ってたんだ?」


「事後処理さ、あんたの尻拭いに行ってたんだよ」


「なんだって?」


「そのまま出てきただけじゃあ、また町に戻ったところであんた達は罪人としてまた捕まっちまうよ?そうならないようお膳立てしといたのさ」


「ああ、そう、か、悪かったな、本当に助かった。ありがとよ」


「本当にありがとうございます」


マンサも丁寧にお礼を言った。


「さて、それじゃ帰るかねぇ、お前さんの飛び方だといつ家に帰れるかわかったもんじゃない。さっさと急ぐよ?」


そう言って俺の服を掴んだケーナは勢いよく飛びスピードを上げた。


「うぉぉぉ、顔が痛えぇぇぇ!!」


服が引き千切れる感じがしたが、一時間ほど飛んでいると俺たちの町が見えてきた。

今度は朝日が出て薄暗い外は少しずつ明るくなってくる。


俺たちは家に着き、まずマンサの家に行って両親にひたすら謝った。母親は涙を流して喜んでくれたが、父親のほうは包丁を出してきて大騒ぎになった。


マンサを部屋に送り、唇を重ねた後、俺は家に帰り部屋に戻って休んだ。

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