第25話 牢獄

「ここは、……どこだ?」


目を開けると薄暗い石の壁に囲まれて目の前には牢屋のような鉄格子があった。

ヴォルフは両手に鎖で繋がれて、鎖は壁に埋まっている。

動こうと思っても両手の自由は奪われて身動きできない。


しばらくすると人がやって来た。


「目が覚めたか?」


目を凝らして見るとこの前来ていた宰相に似た男がいた。


「あんたはこないだの宰相か?」


「ふん、おまえの様な下賤の者が知る必要はない」


そう言い放ち、宰相は低い声で嗤った。


「領主様に無礼を働いたお前にはずっとここに住んでもらおう。何、この前の女は領主様が大切に扱っていただけるそうだ。感謝するんだな。お前と一緒になるよりはよほど幸せになるだろうな」


宰相はそう言って、嗤いながら出て行った。


「マンサ……」


ヴォルフは力無く項垂れた。



次の日の朝、マンサの目元には泣いた跡が残っており、沈んだ顔で洗濯していた。

昨日読んだ手紙はクシャクシャにして捨てた。

あんなに好きだと言ってくれたのに……。


「どうして…………」


マンサの母親は慰めながらどうしたものかと悩んでいた。

父親は顔を真っ赤にさせながら「あいつを殺す!」と息巻いていた。

マンサはその日、何も喉に通らずに無気力のまま一日を過ごした。


その日の夜、扉を叩く音が聞こえてマンサの母親が出るとヴォルフの上官が訪ねてきた。


「夜遅くすまないが、ヴォルフが今日仕事に来なかったんだ。どうしたか知っているか?」


「あいつは娘を捨ててこの町を出ていっちまったよ!」


酒に酔い潰れた父親が大声で怒鳴り上げた。


「なんだと!?」


「置き手紙があったんだと!娘を捨てて町を出るって書いてあったんだってよ!」


上官は驚いて考え込む。しばらくしてマンサに確認したいと言ってきた。

マンサは上官に呼ばれ玄関にやってきた。


「何か用ですか?」


やつれたマンサが力無く言うと、


「ヴォルフは置き手紙を置いて行ったと言うが本当か?」


「ええ、ヴォルフの家に行ったら手紙が置いてあって、読んだら別れの手紙でした」


そう言って目に涙を浮かべるマンサは後ろに向いて両手で顔を隠した。


「あいつは字を書けないはずだったが、誰に書いてもらったんだ?」


「えっ!?」


マンサは驚いて振り返り上官の顔を見た。


「あいつは字を書けない。少しは読むことが出来るはずだが、手紙を書くことはできんはずだ。誰かに代筆してもらったのでなければあいつが手紙など置いてどこかに行ったという事は考えられない」


マンサと家族が驚いて黙り込んだ。


「それじゃあ、あいつは何処へ行っちまったんだ!」


「それがわからんからお前の家に来たんだ。言っておくが、昨日の夜、町から門に出たものはおらん。兵士たちにも確認済みだ」


「う、うそ……それじゃあヴォルフは何処に行ったの?」


上官は大きく溜息を吐いて言った。


「こうなったら、塔の魔女殿に聞いてみるしかないな。手紙はあるか?魔女殿に見せて確認してもらおう。ひょっとしたら、魔術でわかるかもしれん」


マンサは慌ててクシャクシャになった手紙を部屋から持ってきた。


「あ、あの私も塔に行っても良いですか?」


「ああ、良かろう。明日の正午にここに来る。塔の魔女殿には明日の朝、兵士に伝えさせるから大丈夫であろう」


お願いします。家族一同頭を下げ、上官を見送った。


「ヴォルフどこに行ったの?」


自分が捨てられたわけじゃないかもしれない。そう思ったマンサは沈んだ気持ちが少し軽くなったが、ヴォルフの行方がわからない。


今度は胸騒ぎと焦燥感がマンサの心を襲った。



次の日の正午、上官が再びマンサの家にやって来た。マンサは支度を整えて、上官と一緒に塔へと向かった。


「なんじゃと!?ヴォルフの奴がいなくなっただって?」


塔の魔女ケーナはそう言って驚いていた。昨日来なかったので修行が嫌になったのではないかと怒っていたようだ。今日来たらたっぷりとしごいてやるつもりだったらしい。


上官がマンサにヴォルフの置き手紙をケーナに渡させ確認してもらう。

ケーナは何やら考え込み、ぶつぶつと独り言を呟いていた。


「これはあいつの書いた手紙ではないね」


上官とマンサは驚いてなぜわかったかとケーナに尋ねる。


「この紙はね、王都で作られている物でね、こんな小さな町に住む兵士なんかが手に入れられるような物じゃない。インクもそうだ、あいつの家にインクの瓶はあるかい?おそらくこんな値段の高い物を買う金なんぞないだろう。ここら辺で紙とインクを買える身分なんて貴族かその家で働く限られた者だけさ」


上官とマンサは感心しながらケーナの話を聞いていた。


「まだある。そんな高価な手紙をわざわざ別れの置き手紙に使う奴がいるかい?あいつがそんな事をするような人間だったかい?そう考えたら自ずと犯人はわかるんじゃないかぃ?」


魔女ケーナがそう言うと、上官とマンサは考え込む。


マンサが原因だとすればヴォルフを襲う者の心当たりはあり過ぎる。しかし喧嘩でヴォルフに勝てる者は限られるし、もしそうだとすればとっくの昔に襲われているはずだ。

そう考えてみると最近、マンサに目をつけた人物が浮かび上がってきた。


「ま、まさか!」


ケーナはニヤッと口角を上げる。


「おそらく、答えが出たんじゃないかねぇ。ひょっとしたら、犯人もそろそろ行動に出るはずだ。あんたの家にやって来る者が犯人さ。そしてヴォルフはそいつに捕らえられているだろうね」


「殺されてはいないのですか?」


上官が恐る恐る聞いてくる。


「わからん、ただ、殺しては無いと思う。おそらく見世物にして楽しむ程に腐った奴さ」


ケーナはそう言うと溜息をついてマンサの耳元で何か囁く。そして仕事するからと上官とマンサを塔から追い出した。


マンサは上官に家まで見送られ家に入ると家族の他に一人の男がいた。


「これはこれは、マンサ殿、この度は誠に遺憾ですな。こんな美しい方を捨てて町を出る奴だったとは、ご傷心だとは思いますが、、ご領主様がお二人のことを心配されていたので私が確認に来たのですが、今ご家族の方から事情を聞きまして、もし、まだ気持ちが変わらないのであれば構いませんが、良かったら我が領主の元に来られませんか?」


わざとらしく同情しているように振舞う宰相。


マンサは此奴が犯人だと確信したが、ヴォルフを救う手立てがない。宰相を追及したところで証拠隠滅としてヴォルフが殺されるかもしれない。


マンサは悔しくて体が震えていた。

そして頭の中が真っ白になった。


「明日またこちらに伺いますので、ご返事をお待ちしております」


宰相が家を出て、家族会議が始まった。


母「マンサ、あんたはどうしたいんだい?」


マンサ「私、ヴォルフが奴らに捕らえられたんだと思う」


父「どうしてそう思ったんだ?」


マンサ「さっき塔に行った時に手紙がヴォルフの物じゃないって魔女様が言ってた。あんな高価なものを買う金をヴォルフがもっているわけがないって。それと犯人はここに来る奴だろうって……」


母「それで、どうするんだい?ヴォルフが何処にいるかわかるのかい?」


マンサ「わからない、でも、領主の所に行けば分かるかもしれない」


父「おい!お前が行ってもあいつはいないかもしれないんだぞ!しかも領主の所に行ったらもう二度とここには戻ってこれないんだぞ?」


マンサ「わかっているわよ!でも他の方法がわかんないのよ!だったら少しでもチャンスがある方に賭けたいの……」


父・母「…………」



一方ヴォルフは牢獄に閉じ込められ二日間、食事も与えられず、餓死するかもしれないと考えていた。

拷問が無かったのが救いだが、このままでは空腹のまま死んでしまうだろう。

少し考えた後、ヴォルフはせっかく時間があるので精神統一の練習に使おうとかなり楽観的な事を思い付く

。腹が減っていてあまり集中できないが、せっかくの機会なので雷の魔法が出来るんじゃないかと思ってさっそく精神統一に取り組んだ。


「うーん、腹が減って集中できん」


修行の道は遠かった。



次の日、宰相がマンサの家にやってきた。


「さて、返事を聞かせていただきましょうか」


マンサは決意を胸に抱き、同行することを伝える。


「それはそれは、よくご決断されました」


細い目を光らせ宰相は満足そうに頷いた。


「あの、それで、出来れば塔の魔女さまがご同行されたいと申されておりまして、……許可をいただけませんか?」


「塔の魔女が?いや、塔を出てもらっては困る。お断りしていただきたい」


「塔は大丈夫じゃよ。誰にも入れんようにしておいたからな」


そういってケーナが宰相の後ろに立っていた。

宰相は驚いて後ろを振り向き魔女を見て更に驚く。


「こ、これは塔の魔女殿ではないか。あなたが塔を出られては困る。魔族の襲撃があったときどうするのですか?」


何やら少し焦ってみえる宰相に対しケーナは軽く笑って答えた。


「なあに、どうせアタシがいないと魔族の奴らが塔に入ったところで何もできやせんよ。龍脈を乗っ取るには魔女の魔力がないと干渉できんのじゃ。だから心配せんでもいいよ」


ケーナがそういうとどうしてもついて来る気だと察した宰相は肩を落として渋々了承した。


午後、夕方になる前には出発しなければ間に合わないということで、すぐに荷造りをさせられ馬車に乗せられた。


馬車は大きく揺れながら速いスピードで町を出た。

上官は馬車を見送りながら呟いた。


「無事、戻って来いよ……」


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