第30話 予兆

領主との謁見が終わり、もう用事が終わったので俺は荷物をまとめて帰るつもりだったが、夜の移動は危険なのでやめとけと言われたので、しぶしぶ兵士の宿所で泊まることになった。


次の日ちょうど町に向かう商人たちがいると聞いたので同行して帰る事にした。


商人たちはたくさんに商品を馬車に積んでいて、座るスペースもあまりないのにもかかわらず俺を受け入れてくれた。ついでにいざというときの護衛も頼まれ、さすが商人だと思った。

抜け目ない。


帰り道は賊に遭遇することもなく時々小さな魔物が道を横切る程度のものだった。俺は商人たちと談笑しながらゆっくりと帰った。


町に着くとおれは仕事場に戻り、新しい上官に領主との謁見が終わったこと報告し、いつも通り塔の見張りの任務についた。


ケーナと会って領主の事を伝えておいた。ついでに俺の勇者の眷属の力もおもてでつかうなと言われたということを伝えた。


「しばらくはあの水晶玉で訓練するかねぇ」


「またアレをやるのか?俺の身がもたないと思うんだが……」


「いつでも力が使えるようにしておかないと、いざという時に動けないんじゃ意味がないんじゃないのかぃ?」


「まあ、それはそうだけどよ。アレ結構きついんだよ。俺の精神が削られる」


「あんたの精神なら多少削っても大したことないさ、アタシをババア呼ばわりするぐらい命知らずなんだからねぇ」


「おいっ!俺だって命は惜しいぞ!」


「わがままだねぇ。男は命を張ってなんぼのもんだろう?」


「聞いたことねぇよ!俺はまだ死にたくねぇ!!あんな所で死ぬのは嫌だ!!」


ケーナは笑いながら言った。


「まあ結婚したばかりであっさり死にたくはないわな。ま、今日は大目に見てやるよ。しかし、男は大事なものが出来ると弱くなっちまうもんなのかねぇ」


そう言った後、ケーナは少し寂しそうな顔になっていた。


「俺は弱くはなっていないと思うんだがなあ」


「力が使えるという事といざという時の強さとはまた違うもんさ。たとえ練習で負け知らずでも本番に勝てない奴もおるだろう?いざ自分の命が関わると途端に臆病になるものさ。また自分にとって大事なものを失いそうになった時でもね」


「俺もそうなのか?」


「あんたにとって大事なものは何だい?」


「この町に住む奴らだ。そしてマンサだ!」


「そうだろうね。そのマンサが危なくなったらどうする?彼女を人質に取られた時、相手に立ち向かえるかい?」


俺は黙って拳を握りしめた。


この前は自分の恐怖心を知った。

本来の力が使えなくなる恐ろしさを知った。


緊張、焦り、恐れ、確かに大事なものが増えれば、俺の恐怖心も増すのかもしれない


「そういった感情が無い奴なんかいないよ。いたらそいつは化け物さ。下手な魔族よりたちが悪いだろうね」


「なあ、俺は本当に強くなれるのか?大事なものを失う時に弱くなるのならどうすればいいんだ?」


「自分の命なんか捨ててしまえる程の強い気持ちが必要だろうね。あとは相手に弱みを見せないこと。隙をつくらない事。相手の思惑に騙されない智慧が必要かもねぇ」


「難しいな。」


「ま、あんまり難しく考えんでもよかろう。お前さんにはどう頑張っても無理かもしれんからな」


「俺、馬鹿にされているのか?」


「ふぇっふぇっふぇっ、そんな事はないよ。今のままのお前さんで良いのかもしれん」


「そうか、なら訓練しなくてもいいんだな!」


「そんなわけあるかい!明日からはもっとしごいてやるからね!!」


そう言っているともう夕日が沈み日が暮れようとしていた。


さて帰るかな。


そう思った後、塔の最上部が爆破した。


「な!なんだ!?」


塔の最上部を見ると薄暗い空の上に何か影のようなものが浮かんでいた。


よく目を凝らしてみると大きな黒い翼が生えた女だった。


女は黒い髪、細い身体に赤い肌、綺麗な顔立ちをしており目はつり目で金色に光っていた。


露出の高い黒い皮のような服が肌に食い込んでおり、大きな胸と細い腰が目立っており、なにやら妖艶な感じがした。


「おやおや、勇者に殺されたと思っていたら、こんな所にいたのかい」


「あ、姉上!!」


「ザクの奴が一向に返ってこないから来てみたんだが、お前があいつを殺したのかい?」


「姉上こそ、なんでここにきたんだ!?」


「大切な部下がいなくなっちまったんだ。そりゃ気になるだろう?」


「勇者がいるのであれば、また魔族の仲間を失うだけだぞ姉上!」


「そりゃあ勇者がいたのならねえ、ここにはいないだろ?私は部下を大切にしているんでねぇ、で、アイツを殺したのはお前かい?」


「アタシに決まってるだろう!?他に魔族に敵う奴なんかいないよ!」


「あらあら、半分人間の血が混ざっているできそこないがよく言うようになったねえ。半人前のお前が何を偉そうに言っているんだい?」


「アタシだってこう見えて昔より強くなったんだ!もう以前のようにはいかないよ!」


「へえ、それじゃあ久しぶりに手合わせしてやろうじゃないか」


そう言って女の魔族は大きな炎の球をこちらに向けて放ってきた。


「ふん!こんなもの!!」


ケーナは両手を前に出して盾の魔法を出す。そして炎をかき消した。


「ははは、それならこれはどうだい?」


今度は大きな炎を三つ出して放ってくる。


同時にケーナは稲妻を生み出す。しかしケーナの放った稲妻は簡単に避けられているしまう。


「ぐっ!」


ケーナは続けて盾の魔法を重ねるが炎がぶつかる時の衝撃が大きくこちらも迂闊に動けなかった。

ケーナも衝撃に必死で耐えていたが三つ目の炎が当たったとき後ろに吹き飛ばされる。


「うわぁ!」


その後女の魔族は猛スピードで直下してケーナの腹に蹴りを入れた。


「うぐぅぅぅ!」


ケーナは口から血を吐き、遠くに飛ばされる。

そしてヨロヨロと起き上がった時には背中を蹴られ後ろから地を這うように組み伏せられた。


「少しは強くなったみたいだけどまだまだ弱いわね。ザクを殺したぐらいで強くなった気になってるんじゃないわよ!」


「ちょ、調子に乗るなぁぁ!!」


魔族の後ろに黒い霧が現れて骸骨の騎士が三体現れる。骸骨の騎士は一斉に女の魔族に攻撃した。


「ふん!甘いねぇ!」


女の魔族は片手で骸骨の剣を受け止め、そのまま口から炎を吐き出す。骸骨は炎に焼かれ苦しそうにもがきはじめる。


「魔物が魔族の炎に敵うとおもっているのかい?」


そう言うとケーナの首を強く締めた。

ケーナはもがきながら苦しみ魔族の腕を掴んでいる。

ケーナは苦しそうにもがきやがて意識を失った。


「さて、と次は邪魔者を排除しようかね」


そう言って女の魔女は手をかざし大きな炎を放った。

俺たちは方々に逃げ出した。


女の魔族は高笑いしながらケーナの首をつかんで遠くへ飛んでいってしまった。


俺は何も出来なかった。

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