第28話 試練

「此処は、……どこだ?」


意識を取り戻した俺は周りを見渡した。

この前の牢獄とは違い今度は森の中にいるようだった。


「そこは水晶玉の中の世界だよ」


俺の頭の中にケーナの声が響いてくる。


「なに?」


「今からそこの森にいる魔物と戦ってもらう。死にはしないが、強い魔物に傷つけられるとあんたの精神にも傷がつく。そうなったらここに戻ってきたときに傷がないのに激しく痛むってことになるから気をつけな。まず力の使い方を実戦レベルまで上げること。これが今日の課題だよ。まあ頑張りな!」


そう言ってケーナの声は聞こえなくなった。


「いつ元に戻れるんだ?」


俺がそう呟いてもケーナの声はかえってこなかった。



しばらく森を探索していると大きな熊の魔物が出てきた。


俺は剣を鞘から抜いて構えると熊は牙を剥き出し大きな咆哮を上げる。掌から爪を出して俺に向かって大きく腕を振り下ろしてきた。


俺はたまらず横に避けると振り下ろした爪が後ろの木をばっさりと薙ぎ倒した。粉々になった木片が吹き飛び俺に腕に突き刺さる。


「痛えっ!!」


俺は剣を構えたままどう力を使って熊を倒そうか考えた。


「簡単に言ってくれるよな」


ケーナの人遣いの荒さを感じながら力の使い方を思い出す。

イメージができないと魔法は使えない。


凶暴な熊がまた爪を振り下ろしてきた。


おれは咄嗟に剣を振り熊の腕が切り落とされるイメージをした。全身が光り出して剣で熊の爪を受け止めるとその衝撃で俺は吹き飛ばされ、同時に熊は片腕に血を吹き出して苦しみ出した。


チャンス!


俺は剣を横薙ぎに振り熊の首が斬り落とされるイメージをした。刹那、振った剣から何か光るものが生じ、それが熊に向けて放たれた。

その直後、熊の首が吹き飛んで血を吹き出しながら切り離された体が後ろに倒れた。


ドォン……


改めて自分の力の恐ろしさを感じるヴォルフ。その後熊はピクリとも動かず死んでいた。


さて移動するか。


その場を立ち去り、森の中を彷徨うヴォルフ。しばらくすると黒い霧のようなものがうごめいているのを発見した。


今度はなんだ?


そう思っていると霧が集まり大きな鎌を持った骸骨が浮かんでいた。そして瞬く間にヴォルフに向かって突っ込んできた。


うぉぉ!


大きな鎌をを横薙ぎして振り回し俺を斬り付けてくる。


今度は破壊力はないが何度も鎌を振り回してくるのでヴォルフは剣で受け止めるだけで精一杯だった。


絶え間ない攻撃が続き息が上がってくる。今度はイメージする余裕がない。

後ろに下がりながら距離を取ろうととしても素早い動きで鎌を振り回しながら近づく骸骨を退けることもできないまま疲れだけが溜まっていった。


はぁ、はぁ、はぁ、


汗びっしょりになった俺はもうクタクタだ。腕に力も入らなくなってきた。骸骨の魔物が大きく鎌を振り下ろしてきたが思うように体が動かない。


やばい!


咄嗟に目を瞑り、大きな盾をイメージする。


すると鎌が弾かれ骸骨の魔物は後ろに下がった。

すぐにさっきの熊の時のように剣を横薙ぎに振り回した。


スパァン!


骸骨の首が斬り落とされる。


「や、やったか?」


斬り落とされた首は霧となって消える。しかしまた骸骨の頭が現れ動き出した。


「クソっ!」


斬り落とす方法ではダメだ!そうわかった俺は別の方法を考える。さっきの盾のイメージを使いこなし防御中心になってどう攻めるかを考える。


斬ってもダメなら燃やしてみたらどうだ?


今度は炎をイメージして骸骨の骨が燃えていくイメージを描く。


しばらくすると大きな炎が骸骨に周りに現れ、骸骨が燃えながら苦しみだす。しかし、なかなか骨が燃えない骸骨は苦しみながらも攻撃を止めない。


どうすりゃいいんだ?


さっきよりも苛烈に攻撃してくる骸骨の魔物はスタミナなんて関係なく延々と攻撃し続けてくる。さすがに疲れてきた俺は攻撃を受け流しながら必死に次の手を考えた。


やばい、そろそろ限界だ。


なんとか骸骨の動きを封じ込めたいと考えるとふと気が付いた。


そうか身動きできなくなるようなイメージをすればいいんだ。


そう思いついた俺は骸骨の魔物を大きな箱の中に閉じ籠めるようにイメージをした。


すると光った透明な箱が現れ、骸骨を囲った。骸骨の魔物は閉じ籠められ身動きが取れない。


しかし、ずっとこのままではいかない。


どうやって倒そうか。


そう考えていると次の手が浮かんだ。

さっきは黒い霧のようなものが現れて骸骨になった。今度は黒い霧ではなく光のような霧になって消え去ることはできないかと考えた。


よしっ!


イメージを描いて力を込める。すると骸骨が苦しみながら光だしてやがて透明な霧となって消え去っていった。


はぁぁ、やっと終わったか。


ぐったりと座りこんでヴォルフは項垂れる。


まだ終わらないのか。


いままでの朝の鍛錬が優しく感じる程に過酷な環境に放り出されたヴォルフ。


しばらく動けないまま横になって倒れた。

空を見ると樹々の間から日の光りが差し込んでさっきまで薄暗かった森が少し明るくなった。


俺は空を見上げたまま勇者になったエマの事を思い出した。


まだ小さな子供だった。

いきなり勇者として扱われ戦うことを強制されたのだ。


今頃あいつは俺よりも過酷な所で沢山の魔物と戦っているんだよな、、、。

俺も勇者に力のおかげで助けられた。


あいつはもっと頑張っているんだ。


……負けられないよな。


あいつに剣を教えた身として無様な姿は見せられない。

そう思った俺は少しずつ元気を取り戻した。


その時、


カサ、

カサ、

カサ、


なんだ?


気がついたときには小さな蟲に囲まれていた。


俺は慌てて起き上がり今度は炎で蟲を焼き尽くすイメージをする。


周りにいた蟲が蠢きながら炎に焼き尽くされていく。しかしまだまだ沢山の蟲が現れてヴォルフに向かって襲ってきた。さっきの盾のイメージを描き蟲の攻撃を退ける。炎の攻撃と盾の防御を使いながら蟲を燃やし続けた。


やっと蟲がいなくなったところでさっさとその場から立ち去り移動する。


そのあとはビックボアやワイバーン、大きなムカデの魔物と戦い、いずれも難なく倒す事ができるようになった。

ずいぶん遠くまで歩いてきたような気がする。


「どこまでこの森は続いているんだ?」


歩けど歩けどずっと同じ景色が続く。

そろそろウンザリしてきた時に目の前に小さな泉が見えた。


なんだ?


泉を覗くと水面から自分の姿が映った。

しばらくすると水面に映った自分が話しかけてきた。


「ふふふ、よくここまで来れたねぇ」


俺は驚いて泉から離れた。すると泉から俺と同じ姿のものが出てきた。


「お前はなんだ?」


おれは慌てて剣を構える。俺と同じ姿をした魔物は笑いながら近づいてきた。


「私はお前だよ。ヴォルフ」


「なんだと!?」


ゆっくりと俺に近づくもう一人の俺は剣を構えてきた。


「お前は勇者の力を使えるようになるためにここにやってきた。まだまだ弱いお前が本当に強くなって町を守れるようになるのかねえ」


うっすらと嗤いながら近づいてくるもう一人の俺。


俺は剣を振り下ろして攻撃する。

すると相手は剣で受け止めて俺の腹を蹴り、後ろに吹き飛ばされた。


「ぐふっ!」


吹き飛ばされた俺はすぐに体勢を整えて剣を構える。


「ふふふ、まだまだ弱いねえ。このままじゃあマンサだって守れず魔物の襲われるかもねえ。いや人間同士のほうが恐ろしいよなあ。多くの男たちに襲われるかもしれないねえ」


「黙れ!!」


俺はまた剣を振り下ろし、今度は近づいて膝蹴りをする。体勢を崩したところにまた剣を振り下ろした。


キィぃぃん!!


剣と剣が重なり、今度は炎のイメージでもう一人の俺を燃やす。

もう一人の俺は激しく燃え上がっているのに笑いながら近づいてきた。


「ははは、おまえは自分自身を殺せるのかい?」


「お前は俺じゃあない!」


「いや、俺はお前だよ。お前の心の一部さ。弱い弱いお前さんの心を内を言ってやっているのさ」


「嘘をつくな!俺はそんなこと考えたことも無いぞ!」


「それじゃあなぜマンサにずっと好きだと言わなかったんだい?お前は傷付くのが怖かったんだろう?あの子はずっとお前を好きだったんだ。そんな弱いお前が彼女を幸せにできるのかね」


「五月蠅い!」


「領主にも捕まり危うくマンサも奪われかけた。お前がもっと強かったらマンサは傷つかなくても良かったのになあ」


「うるせぇ!」


俺は激怒し、剣を振り回した。しかし剣は擦りもせず簡単に避けられてしまう。


「せっかくの力が使えないのなら、お前が俺に勝つことなんで無理じゃないかなあ」


そういうと今度はあいつが炎を出してきた。


ぐわっ!


一気に全身が燃え上がり転げ回る俺を嗤いながら更に話しかけてくる。


「俺はお前だと言っているだろう?勇者の力がなぜ使えないと思ったんだ?」


俺は全身の火を消し息を吐きながら蹲った。


「もう諦めたのか?死ぬが怖くないのかぃ?」


俺は目を閉じて考えた。


騙されてはいけない。

こいつは俺じゃあない。


俺の弱い心を的確に突いてきているが、隙をつくり攻撃を仕掛けているだけだ。


恐怖心。


そう恐怖心を煽って俺を弱らせてきているんだ。


俺は目を開き、もう一人の俺と対峙する。


「お前は俺の恐怖心を煽っているな?そうして更に恐怖心を強くさせて冷静さを失くそうとしている。もうお前は俺の敵じゃあない。敵ではないお前が俺を殺すことはできない」


そう言うともう一人の俺は嗤いながら「ふふふ、良く気付いたねえ」といって消えていった。


「何だったんだ?」


結局わけがわからないまま戦いが終わった。俺は喉が渇いていたので泉の水を口に含んだ。


……よし、飲めるな。


そう思って水を飲むと急に意識が暗転した。



「やあ、おかえり!」


気がつくとケーナが目の前にいて俺を覗き込んでいた。

俺は慌てて起き上がり、ケーナに頭突きしてしまう。


「痛てて、何すんだい!もう!痛いじゃないかぃ!」


そう言ってケーナがぷりぷりと怒り出した。


「いてて、いや悪い、急にお前が目の前にいたんで驚いちまった」


額を抑えながら俺はゆっくりと起き上がる。


「どうだったかい?」


「いや、正直疲れた。もうあんな修練はしたくないぐらいだ。暫くは勘弁してもらいたいな」


「まあ死ななかっただけ良かったじゃないか」


「おい!?死なないんじゃなかったのか?」


「精神が死ぬと肉体が生きてても死人みたいもんだよ」


「おいおいおい、それじゃあそこで俺が死んでたらこっちに戻っても死んでいたってことじゃねえか!」


「でもお前さんは生きて帰ってきた。死ななかったから良かったじゃあないか」


俺は言葉を失い、拳に力をいれてケーナに拳骨をくらわせた。


「痛い!!何すんだい!!」


「うるせぇ!!俺があっちで経験したことはこんなもんじゃなかったぞ!」


「お前さんの事を信じてたから出来たことなんじゃないかぃ。強くなったんだからちょっとは感謝しないかぃ!」


「お前のせいで死にかけたんだぞ!どうして感謝できるんだよ!!」


そう言って涙目になったケーナは俺を睨んできた。俺も負けじと睨み返す。


「ふんっ!!もう危なくなっても助けてやらないからね!!」


「こっちこそ真っ平だ!!」


もう子どもの喧嘩のようだった。


周囲では仲間の兵士たちが呆れてただ見守っていた。

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