第20話 饗宴

晩餐の時間。


館の大広間には沢山の豪華な料理が並んでいる。領主は町長と何人かの重鎮と共に夕食をとっていた。

歓談の時間が過ぎ、町の若い娘たちは領主やその周囲にいる部下たちの中で容姿の良い男たちを眺めながら何やら浮かれていた。


マンサはそういった関心を示さずただ給仕と片付けを手伝っていた。

食事を運んでいる際、領主がこちらを見ているのに気がついた。何か嫌な気がしたので顔を伏せて足早に厨房へ隠れた。が、その後、領主の部下から呼び出され、領主の前に連れてこられた。


「ほう、なかなかの美人ではないか。この小さな町にこれほどの器量の良い娘がいたとは」


領主が嬉しそうにマンサを品定めする。マンサは嫌そうな顔を我慢している。


「どうだ?お前のような美しい女はこのような小さな町には勿体なかろう。私の愛妾として迎えてやろうではないか」


領主がそう言った途端、町の人間たちは鎮まった。

マンサは悔しそうに黙り、ただ拳を握りしめていた。


「どうした?私では不満か?私がたっぷりと可愛いがってやろうではないか。多少の贅沢もお前の望み通りに叶えてやろう」


マンサは意を決して言葉を返した。


「このような小さな町の出の卑しい者ですから私など領主様には勿体のうございます。それに私には心に決めた者がおりますのでどうかご容赦ください」


マンサがそう言うと領主は益々気に入ってしまい、宰相と何やら小さな声でやり取りをしている。


そして宰相によってマンサを連れて帰るよう命令を下された。

マンサは泣きそうな顔になりながらも歯を食いしばっている。


さすがに今夜の夜伽に呼ばれるようなことは無く、マンサは今後のことを家族に話すようにと言われとぼとぼと家路についた。


帰ってから家族に領主との話を伝え、母は悲しみ、父は難しい顔をした。そして部屋に入りベッドの上にうずくまって、一人涙を流した。


「ウッ、ウッ……ヴォルフ」


ずっと好きだった男。望みも叶わずに好きでもない男と一緒にさせられようとは思いもしなかった。


もっと早く伝えておけば良かった。


後悔しても遅い。


いや、まだ諦められない。


そう思った途端、マンサは行動にでる。



俺は館周辺の警備に当たっていた。館の中では楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

そろそろ終わりかなと思っていると、兵士の一人がこちらに走ってきた。


「ヴォルフ!大変だ!」


「なんだ、なにか問題が起きたのか?」


「マ、マンサちゃんが領主様に見染められちまった!」


「なんだと?!」


「畜生!こんなことになるなんて。マンサちゃんを家に置いておいたら良かったんだ」


兵士の一人が悔しそうに言った。

お前にチャンスがあったわけでもなかろうに……周りの仲間達が似たようなことを考えている。


ヴォルフはまだ現実を受け入れられず呆然と立ち尽くした。


ヴォルフが仕事を終え、家に帰った時、家にはマンサが酒を呑んで待っていた。


「おいっ!お前何やってんだよ」


「え?アンタの家で酒呑んでるだけじゃない」


「お前、……本当に領主の妾になるのか?」


「私が断れるとでも思ってるの?」


「……すまない」


「もう、ハッキリ言っておくわ。私、領主の妾になんかなりたくたいのよ!もう、ずっと……アンタの事、……好き、だった、のに」


マンサが泣き出してしまい、俺は狼狽えてしまう。


「お、まえ、俺の事、……好きだったのか?」


「なんで分かんないのよ‼︎結構頑張ってたじゃない!このおバカ!唐変木!朴念仁!」


言いたいように言われるがまま、俺は黙って拳を握り締めた。


「くそっ!もっと、早く、気がついてやれば良かった。俺だって……ずっと、お前の事……」


「えっ?!」


「俺だって同じだ!!お前の事はずっと好きだった!ただ、度胸がなかった。俺は大事なものが無くなるのが怖いんだ。俺の両親は小さい頃に死んじまった。お前もいつか失ってしまうかと思うと、……勇気を出せなかったんだ」


「ヴォルフ……」


「でも誰かにお前を奪われるのなら、同じ事だったんだな。俺は何も考えてなかった。まさかこんな事になるなんてな」


二人は黙ったままお互いを見つめ合う。


「私、アンタが好きよ。本当は一緒になりたかった。でも本心を伝えられただけでももう満足したわ。今までありがとう。私以外の女と結婚されるのは嫌だけど、……もう、私、帰るね」


そう言ってマンサは立ち上がり外に出ようとした。


「おいっ、ちょっと待ってくれ!」


俺は慌ててマンサの手を掴み思わず引き寄せてしまった。


「きゃっ!」


いつのまにかお互い抱きしめ合い、黙ったままその場に立ち尽くす。


マンサが俺を見つめ口付けをしてきた。


!!?


俺は驚いてマンサを引き離そうとする。しかしマンサは力を入れて抱きしめてきた。


「やっぱり諦めたく、ない」


「……俺もだ」


その夜、二人は共に過ごした。

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