第9話 鍛錬

ニマの誘拐未遂から一月後、ようやく兄からの返事が届いた。


どうやら使用人数名を商人の馬車と同行して迎えに来てくれるそうだ。早くても後一月かかるらしい。


ニマは誘拐された後、自衛ができるよう鍛錬してほしいと頼んできた。


仕方なく朝と休みの日に鍛錬することになり、途中から砦の兵士たちと一緒に鍛錬場で鍛えることになった。


ニマの剣術は驚くほど上達し、二ヶ月後には兵士と戦えるほどになった。


はぁあ!


ニマは木剣を横に振り、力を逃がさないようそのまま回転してから上段の袈裟斬りをする。


俺は盾で受け止めてそのまま押し返す。


ニマは後ろに吹き飛んで朝の稽古は終了する。


「いやあ、大したもんだ」


俺はニマの手を掴み起き上がらせる。


「簡単に負けちゃいましたけどね。今日も」


「たった二ヶ月でこんなにできるようになったんだ、自信持て、俺が剣の稽古を始めたときはお前ぐらいになるのに一年以上かかった。……本当に才能の差を感じるよ」


勝ったのに負けた気分になってしまう。


持って生まれた才能というモノの差に悔しさと諦めの思いが込み上げる。昔の俺がこれほど上達が早ければ、救えた命もあった。

未熟だった頃は救えた命も助けられず後悔する事が多かった。


「よし、体を拭いて仕事に行くか」


そう言って井戸から水を汲み、桶の水をそのままニマの頭にぶっかけた。

ニマは慌てたが身動きとれず、水で濡れた服がぴったりと肌に張り付き、変に色っぽく見えた。


「あ、わわ」


ニマもそれに気がついたようで急に恥ずかしがって顔を赤くして涙目になって後ろを向いた。


「わっ、悪ぃ……」


なぜかあやまってしまう俺。


そこにマンサがやってきていきなりぶん殴られた。


「このど変態野郎!!くたばれ!」


ぐはっ!


強烈なアッパーカットをもらった俺は心も体も瀕死状態だ。


「あんたにこんなご趣味があったとはね。信じてたのに……」


「ちょっと待て!お前は何か勘違いしている。俺達は鍛錬して汗をかいたから水浴びをだなあ……」


「ニマちゃんはそれを望んだの?」


「は?」


「ニマちゃんが水をかけられる事を望んだのかって聞いてるのよ」


「い、いや、そういえば、何も、言って、なかった、かも、しれん」


「やっぱりあんたが悪いんじゃないのよ!」


ぐはあ!


次はボディブローだ。今日の俺はもう仕事に行けないかもしれない。


「り……理不尽……だ」


「自業自得よ」


ハハハ……。


ニマは困った顔をして体を拭いていた。


「そういえば、そろそろ迎えに来るんじゃないか?」


「そうね。そろそろ一月経つわね」


服を着替えて仕事の準備に取り掛かる。


「んじゃ、行ってくるわ。ニマのことよろしく頼む」


そう言って俺は砦に向かった。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


くぁぁぁっ……。


欠伸がでてくる。

最近は何事もなく平和だ。

悪い奴らは領主様の所へ更迭された。


たしか男三人は斬首の刑、商人たちは奴隷に落とされたそうだ。悪いことはするもんじゃない。


昼頃、遠くから三台の馬車がやってきた。


門の前で待機を求めると執事服のような黒服を着た爺さんが出てきた。


「こちらには何の用事で?」


そういうと爺さんは懐から紙切れを出してきた。


「ここにニマという子がいるはずだ。私はゲルトという。あの子の兄であり私の主人であるロビニオ様の使いとしてお迎えに上がった。どうか門に入る許可をいただきたい」


そして紙切れは領主様の紹介状だった。

紹介状を確認し、馬車を中に通すと上官が挨拶にやって来た。


「これはこれは遠い所からようこそおいでくださいました」


上官殿はそう言って自己紹介をして今までの経緯と滞在費の請求を説明した。

執事の爺さんは不愉快な顔をして同行していた若い男を呼び出し、謝礼金の入った皮袋を持ってこさせた。


「ここに御礼として我が主人が用意されました。どうかお納めください」


執事の爺さんはそう言って重たそうな皮袋を上官に渡した。


上官はいやらしい笑顔のまま皮袋を持った途端、俺に引き継ぎを任せて自分はさっさと勤務室に行ってしまった。


あいつがちょっとスキップをしていたのを俺は見逃さなかった。


あの野郎……。


心の中でそう呟くと爺さんはこちらに話しかけてきた。


「あなたがヴォルフ殿ですな?この度はニマ様がお世話になりました。これは御礼として別に用意しましたのでどうか受け取っていただきたい」


今度はさっきの半分ほどの大きさの皮袋を持ってきて俺に渡してきた。


「わかった。有り難く頂戴しよう。ではニマの所へ案内しよう」


そう言ってヴォルフは代わりの兵士と門番を交代し、着替えてからニマのいるマンサの家へ案内した。


「おい、ニマはいるか?」


マンサの家に入り、ニマを呼んだ。


「あれ、ヴォルフどうしたんだい?早く帰ってきて……ははあん、ウチの娘に逢いたくなったんだね?で、いつ結婚するんだい?はやく孫の顔を見させておくれよ」


「おばさん!俺とアイツはまだそんなんじゃねえよ!孫なんざまだまだ先の話だ!というか今日はニマの保護者が迎えに来たんだ。早くアイツを呼んできてくれねえか?」


はいはいと笑いながらマンサの母はニマを呼びに行った。


「ヴォルフ?どうしたの?」


今度はマンサが買い物袋を抱えて玄関からやってきた。


「あの馬車は何?糞尿の片付けは誰がやってくれるのかしら」


どうでもいい事をいってくるマンサに呆れながらも説明した。

そして説明してる間にニマが出てきた。


「ヴォルフさん、お呼びですか?」


「ああ、お前の所の身内が迎えに来たぞ!」


「えっ!?」


そういうと近くにいた執事の爺さんは号泣しながらニマの所へ走っていった。


「ニマさまぁーーーーー!爺が、爺がお迎えに来ましたぞぉぉ!」


「えっ?じ、爺や?!」


「貴方様の爺が来たからにはもう安心ですぞぉぉぉ!爺は……爺は……もう心配で心配で……くぅぅぅ!」


さっきとは別人かと思うほどに人格が崩壊しかけている。

この爺さん大丈夫か?

俺とマンサはニマに問いかけるとニマは苦笑いした。


「とりあえず、は、と……すぐに帰れるわけではないんだろ?今日は宿屋に泊まって明日出発する方がいい。ニマもその方が良いだろ?」


俺がそう言うと、爺さんが反論してきた。


「いや今日はこのままニマ様をお連れしてこの地の領主様の所へご挨拶に伺う予定なのですじゃ。そのままご領主様の所で泊まらせていただいてから王都へ帰るつもりです」


そう言うと今度はニマがしょんぼりして、泣きそうな顔になった。


「私はこの家の方々に大変お世話になりました。迎えにきてくれたのは嬉しいのですけど、せっかくなので今晩は一緒の食事させてほしいのです。駄目ですか?」


ニマが破壊力抜群の涙目×上目遣いをすると爺さんが耐え切れない顔になり変な格好で苦しみだした。


「うぉぉぉぉ!ニマさまぁぁ!!わかりました。爺がなんとかしましょうぞ!爺にお任せください。領主様にはニマさまが体調不良で都合が悪いとでも伝えておきましょう。早く王国に戻って我々のおもてなしの最高級料理をお召し上がり頂きたいのですが……今回は仕方ありません。とにかく今後の手配は爺がなんとかしましょう!爺にお任せあれ!!」


ウザいぐらいにハイテンションな爺さんに呆れるものの話が早い。


理解してくれたので助かった。


しかし、ふと疑問が湧いてきたので爺さんに聞いてみた。


「ニマがこんなに偉い所の出なら、なんで領主様が保護しなかったんだ?」


「領主様としては人知れず、小さな町で保護しておけば良かったのだと考えておられたのでしょう。あと出来れば勇者を保護したという立場を確保しておきたいということですな?恩を着せて王都との立場を有利にしたいのでしょうな」


そう言って爺さんは真面目な顔になり事の経緯を話してくれた。


「ヴォルフ殿、領主様が勇者を匿ったと世間に知られようものなら王都と争いになりかねません。王国は勇者を欲しておるのです。王国は魔族の侵略から悩まされて、魔物の討伐に明け暮れております。まだ御力に目覚めてはいないもののニマ様の勇者としての称号が王国民ならびに王族と貴族には救いの光として望まれておるのです。しかし、ニマ様は戦うことをお好きではありませんでした。なので、先代様は騒ぎになる前にニマ様を連れて王都をでられたのです。この隣の町にある別荘に隠居され、ニマさまを匿われるはずだったのですが……」


「他に勇者になれる奴はいなかったのか?」


「今のところニマ様以外に勇者の宣託を受けた者はおりません。ただ、古き時代には勇者が何人かいたという記録はございます。もしかしたら今後新しい勇者が出ないとも限りません」


なんか大事なことをサラサラと言ってきやがる。この爺さん守秘義務はないのか?


なぜか俺の方がドキドキしてきた。


「わかった。とりあえず、ニマはここで泊まってくれ。爺さん達は宿屋に行って宿泊の手配をしてくれ。俺は一旦砦に戻るから後はよろしく頼む。夕飯頃には顔を出す」


そう言って仕事場に戻った。


その夜。


爺さんたちは酒場で食事をとっていた。マンサはニマの為に休んでいるみたいだ。

ニマと飯を食うのも今日で最後なので酒だけ買ってマンサの家に向かった。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「おお!ヴォルフ来たんだね!ウチのマンサと結婚したら毎晩こんな感じになるのかねぇ。」


「ならねぇよ」


「またつれない事言うねえ。いつまでウチの娘を待たせるのかしら?」


「……なあ、もう入っていいか?酒も持ってきたぞ」


「あらあら、それじゃそっちの席に座りな。マンサ!あんたの亭主が帰ってきたよ!早くこっち来な!」


今度は顔を赤くしたマンサがやってきた。


「いらっしゃい。とりあえず料理もってくるからそっちに座ってちょうだい」


「ああ、わかった」


席につくと周りは既に賑わっていて酒を飲み、飯を食べながら盛り上がっていた。ニマも楽しそうに食事をとっていた。よく見たら後ろに爺さんが立っている。


「おい、爺さん!あんた酒場で飯食ってたんじゃないのか?」


「何をおっしゃる。私はニマ様の従僕ですぞ!もはや片時も側を離れることはございません」


「いやいや、人の家で迷惑だろうが!何やってんだ」


「ヴォルフいいんだよ。家にニマが来てから家中明るくなったんだ。感謝してもしきれないんだよ。だからまあ気にすんな」


マンサの父親は酒を飲みながら語り出した。


いかにニマが可愛くて尊い存在なのかを。

隣で爺さんが涙を流しながら頷いている。


「私も皆さんには本当にお世話になりました。こちらこそ感謝してもしきれません」


ニマが照れながら答えるとマンサの父親は号泣した。


「くぅぅ!こんな可愛い孫が出来たら!おい!いつになったら孫の顔見させてくれるんだ!!ヴォルフ早くしやがれ!」


「無茶言うんじゃねえ!いつも娘のことになると厳しくなるくせに何言ってやがる。酒の飲み過ぎだ!」


こっちはまだろくに酒を飲んでいないってのに……。


酒をがぶがぶ飲んでマンサが持ってきた料理を食べる。今日は兎の脚のグリルだ。塩と胡椒が効いている。肉の味を噛みしめながら酒を口に入れる。


ぶはーーーっ!


やっと気分が良くなってきた俺にニマが話しかけてきた。


「ヴォルフさん、今まで本当お世話になりました。あとお願いがあるのですが……明日の朝、出発の前に最後の鍛錬をお願いしてもいいですか?」


もじもじしながら真面目な話をしてきたな。


「ああ、いいぞ、最後の鍛錬だな。怪我しないように気をつけるんだぞ!」


ニマはパぁぁと明るい顔で喜んだ。


「あ、ありがとうございます!!」


わかったと手を振るとニマは小走りで元の席に戻っていった。


どれだけ真面目ちゃんなんだ。俺は少し呆れてまた飯を食った。

マンサも片付けをしながら時々隣に来て一緒に話しながら酒を飲んだ。


楽しい晩餐だった。

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