第8話 誘拐
ヴォルフの家に暮らしてから一週間が経った。
生活にも慣れて外出もできるようになった。
王国にいる兄に手紙を送ったものの返事が返ってくるまでおそらく一月はかかるだろう。
まだまだ時間がかかる。
ヴォルフは良い人だし(抜けが多いが)、マンサは優しくて良く面倒を見てくれる。
今日は食材の買い出しにきている。
市場は無く、野菜を売っている店は宿屋から三軒隣の店だ。この町は規模が小さいため野菜や肉などを売っている店は何軒かしかないらしい。
ヴォルフの家から宿屋までは少し離れているが、宿屋の隣にはマンサが働いている酒場があるので途中まで一緒について来てくれた。
今日はヴォルフの好きなボア肉の煮込みスープを作ることになっている。作り方はマンサが教えてくれた。実はマンサの得意料理らしい。
ヘェー。
早く結婚すれば良いのにと内心呟きながら野菜とボアの肉を購入した。
お金はヴォルフが上官から預かっているらしい。
どうやら後で王国にいる兄にまとめて請求するそうだ。
遠慮した方が良いのか迷うところだが、ここでは外で食べるばかりだとお金がかかるので多少は家で食べる分には贅沢しても良いだろうと考えてボアの肉を五人分ほど購入した。
ニマは勇者になんかなりたくなかった。
戦うことを求められるのだ。
自分が剣を持って魔物と戦う姿はまったく想像できなかった。
しかし自分が運命を拒否したせいで両親は死んでしまった。
このまま逃げたところでいつかはバレてしまうだろう。また自分が他者から救われたことで自分も他人を救う側に立ちたいと強く思うようになった。きっとヴォルフとマンサの影響なのだろう。
自分も大きくなったらマンサのように綺麗で素敵な女性になれるだろうか。そしてヴォルフのような男性に恋心を抱くのだろうか。いろいろ考えているうちに急に恥ずかしくなり顔を赤らめた。そして考え事をしているうちにいつの間にか家に着いた。
沢山の荷物をテーブルに置き、鍋に火を沸かそうと薪の用意をする。野菜と肉を切り分け、薪の火が安定したところで切った具材を鍋に入れ火の近くに鍋を置く。後は肉が柔らかくなるまで火の当番だ。合間にパンを切り、時々薪を足して火の加減を調整しスープの味を確かめながら塩と香辛料を足す。
「よし!出来た」
夕方になりスープは完成した。最近はヴォルフも家で食べることが多く、わざわざ酒場で酒をもらってくるらしい。
「一緒にいたいんじゃないかな」
マンサも寂しくないかなと心配したものの何かあれば家に来るし、あの二人には特別な空間を作られても困る。(とくに周囲は迷惑)
そろそろヴォルフが帰ってくる頃だ。扉を叩く音がしたので扉を開ける。
そうすると見慣れない三人の男たちが勝手に入ってきた。
「このガキか?」
「ああ、そうみたいだ」
「よし、捕まえろ」
ニマは薬を飲まされ意識を失った。あっさりと拘束され、縄で縛られて口に布を押し込められた。その後、麻袋に詰め込められたニマは誘拐された。
三人の男たちは袋を抱えて家を出た。
半刻後、ヴォルフは自宅に帰ってきた。
「うぉい、帰ったぞ!」
酒瓶を抱え、嬉しそうな声てヴォルフは帰ってきた。
が…………。
「ん?」
ニマがいない。
鍋にある料理は煮えてそのまま放置したせいか焦げた匂いがする。
薪の火は消えかかっていて鍋底には煤がこびりついていた。
おかしい。
ニマの部屋を確認したがニマは見当たらない。
「マズいな」
とりあえずヴォルフは酒場にいるマンサに会いに行った。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「え?ニマがいない?」
マンサが驚いた顔をしてヴォルフに答える。
「ああ、料理はそのまんまで急にいなくなっちまったようだ。お前のところに来たのかもしれないと思って来たんだがなあ」
頭をガリガリ掻きながらヴォルフはそう言った。
「誰かに攫われたんじゃない?」
ヴォルフは急に険しい顔になる。
「いや、まさか、しかし、何故だ?あいつを攫ってなにかあるのか?」
「私に聞かれても知らないわよ。砦の門番さんであろうお方なら今日怪しい人間をみなかったの?」
「いや?今日はそんなのいなかったと思うが、商人と……貴族の使いが三人ほど上官と話してたぐらいだな」
マンサがハッとなった。
「その貴族の使いって何なの?」
「いや、上官が対応したから俺にはわからん。ただ態度がなんか嫌な奴らだったとは思ったがな」
「多分そいつらがニマを誘拐したのよ」
「いや、なんでソイツらがニマを誘拐するんだ?ニマを攫ったところで何が得られるんだ?」
マンサは悩みながらも気を引き締め、厳しい顔でヴォルフに答える。
「あんたニマから聞いてないようだけど、あの子は王国で勇者の称号を授かっているそうよ。神殿で神様から宣託があったんだって、戦うのが嫌だから両親とここまで逃げて来たそうよ。多分勇者としてのニマを利用したい奴がいるんじゃないかしら。特にお貴族様たちは勇者を駒として持っておきたいんじゃない?」
そんなこと初めて聞いたとヴォルフが驚く。
「んじゃ、今頃ニマはどこかの貴族のところに運ばれてるのか?」
「あんた門番なんだから、町を出る時にすぐわかるんじゃないの?」
「いや、今は夜番の連中がいるから俺にはわからん。しかし……すまん、マンサ、砦に行ってくる。いろいろ教えてくれて助かった!恩にきる」
そう言ってヴォルフは砦に向かって走っていった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「上官殿、至急報告があります!」
ヴォルフは砦につくや上官と掛け合った。
「なんだ?珍しいな。ここに酒はないぞ?」
笑いながら答える上官にヴォルフは真面目な顔をして答える。
「ニマが!俺が保護している子供が何者かに攫われました」
「なんだと!いつだ?!」
慌てる上官におよそ一刻前だと告げ、これから門を出る者たちの荷を確認するよう兵士たちに伝達してもらった。
「しかし誰か攫ったのか目星はついているのか?」
「おそらく昼ごろ上官殿と面会した貴族の使いではないかと思われます」
「何故そう思った?証拠があるのであれば良いが、しかし、貴族相手に間違いがあれば大変なことになるぞ?」
「マンサから聞いたのですが、あの子供は王国の神殿で勇者の称号を授かっていたそうです。その勇者の立場を利用する者達が攫ったのではないかと」
「なぜマンサがその子供の事を知っているのだ?」
「俺にもよくわかりませんがマンサはニマの面倒を良く見ていたので何か聞いていたのかもしれません」
上官は顔を顰めて考え込む。
「あの貴族の使いの者達は領主様に面会を望み、他領の貴族様の伝言を預かってきている。下手に疑いをかけて間違っておればワシら全員の首が飛ぶぞ?」
「まだ町から出ていませんか?」
「今日は近くの宿屋に泊まると言っておったわ。まだ馬車も見ておらんから門からは出ておらんはずだ」
ヴォルフは少し考え込み、上官に礼を伝えた。
「わかりました。それでは宿屋を中心に探してみます。上官殿ありがとうございました」
上官は慌ててヴォルフを止める。
「おい!下手すると大変なことになるぞ!ガキなんぞ放っておいても良いんだ!無茶をするな!」
「いや、これは俺の責任です。皆の迷惑にならないよう単独で行動します」
そう言ってヴォルフは砦から立ち去った。
宿屋の行くと近くの酒場からマンサが近づいてきた。
「見つかったかい?」
「いや、まだだ。上官の話ではまだこの町にいるらしい。宿屋が怪しいと言っていた」
「そう、どんな奴らか検討はついているの?」
「嫌な感じの男、三人だ。お前ならすぐにわかる」
「あら、そう。それじゃさっき来たあのお客かしら?」
「なんだと?」
「ほら、うちの店にいるあの三人よ。さっきまで本当しつっこく口説いてきて本当に嫌だったんだから」
マンサはうんざりした顔をするとヴォルフは久しぶりの怒りで顔が歪んでいる。
(たまにはこういうのもいいのかしら)
内心、嫉妬に狂っているヴォルフをみて嬉しくなるマンサだが、ニマの行方をつかむために奴らと接触した方が良いのではないかと気付く。
「ねえ、あいつらの宿に入り込めばニマを見つけることができるかもしれないわよ?」
「なんだって?冗談じゃない!あいつらの誘いに乗ってもどうなるかわからないんだぞ!」
「部屋に入った後すぐにあんたが助けてくれればいいのよ。武器はこちらが取っておけば有利でしょ?」
「しかし、危険すぎる!」
「あれえ?心配してくれてるの?」
マンサがヴォルフの顔に近くなり、ヴォルフはドキっとして後退る。
「大丈夫よ。あんたなら信じられるわ。小さい頃に私の事を守ってくれるって約束してたでしょ?」
ヴォルフは顔を真っ赤にしてぶつぶつ何か言っている。
「いや、その、あぁぁ、もうなんかあっても知らねえぞ!」
「あら、何かあったら責任とってくれるんでしょ?」
ヴォルフはもう限界だった。
「もう好きにしろ!」
マンサは嬉しそうにクスクスと笑っていた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
……ここは、どこ?
暗闇の中、目が覚めたニマは周りを見渡した。なにか物置に閉じ込められているようだ。
しばらくすると暗闇に目が慣れたのか、うすぼんやりといろいろな商品が置いてあったのがわかった。
これは商人の馬車の中?しかし、移動してはいない。声を出そうにも口に布を入れられて両手を縛られているため、身動きできない。しかも柱に縛られて逃げることも出来ず、誰かが来るまで待つしかなかった。
ヴォルフに会いたいなあ……。
マンサにも……。
涙が溢れてくる。
一体誰が私を攫ったのか。
心当たりがあり過ぎて誰が犯人かわからなかった。
こんな事なら最初から勇者としての立場を受け入れておけば良かった。
両親を失い、自らも捕まった。
勇者の立場を受けておけば両親は死ななかっただろう。
ただ……ヴォルフとは会えなかっただろう。
なんでヴォルフの事を考えているんだろう。
なぜか自分の気持ちに素直になれないエマには恋心が何なのかまだよくわかっていなかった。その点ではマンサの事を言える立場ではなかった。
自分は何処に運ばれるのだろう。そう考えていると近くから男と女の声が聞こえてきた。。
「ねえ、ここでするの?」
「ああ、ここなら思う存分楽しめるだろ?」
いやらしい男の声がだんだん近くなる。
「あら、ベッドはあるの?あんまり変なことはしないでよ?私普通がいいの。殴ってくる奴もいるけど本当勘弁してほしいわ。あんたにそんな趣味があるんなら私帰らせてもらうわよ」
よく聞けばマンサの声だ。ニマは驚いて暴れるものの、身動きひとつできなかった。
「げへへ、そんなことはしねぇよ。ただ単純、愉しむだけだ。俺様がな!」
そう言うと男は女に抱きつき、口を押さえて部屋に入れた。鍵をかけ女を殴って縛り上げようとしている。
「なにあんた!約束が違うじゃない!私帰らせてもらうわよ!」
「何処に行くっていうんだ?大丈夫さ。ちゃんと天国へ連れてってやるよ」
マンサの服の手をかける男をマンサは思い切り蹴飛ばす。
男は驚いて倒れた。
「ふざけんな!この下衆が!これでも喰らいな!」
バキぃぃ!
先の尖った靴で相手の股間に蹴りを入れる。
男はあまりの痛みにうずくまり、股間を両手で押さえながら苦しみだす。
マンサはすかさず男の顔面に蹴りを入れると男は後ろに倒れた。
「さ、てと」
男の両腕両足を縄で縛り、マンサはニマを探し出す。
「ニマ!ここにいるの?」
ニマは身動きとれずもがいているが、マンサに届かない。
諦めかけた時、目の前に灯りが差し込んできた。
「やっぱりここにいたのね?大丈夫?怪我はない?」
縄を切り、口の布を取ってくれてやっと声が出せるようになった。
「あ、ありがとうございますぅぅ……」
涙がぼろぼろと溢れてマンサはニマを抱きしめた。
「もう大丈夫よ。さあ、帰りましょう?」
そういって、今度はさっきの男を瓶で殴り気絶させてニマが閉じ込められたところに置いていく。マンサの行動にニマはさすがに引いてしまう。
宿屋だと思った所は、宿屋近くの倉庫だった。
倉庫で◯X◯しようだなんてなんて腐った男だろう。
いまでは感謝するしかないが……。
ニマはよろめきながらマンサの後をついていく。
出口に出られると思った時、玄関の扉が閉じて後ろから二人の男が出てきた。
「おい、もう楽しい事は終わったのかよ。まだ俺たちの番が終わってないぜ?」
ヘラヘラと笑いながらニマを見つけると男たちは恐ろしい顔になった。
「お嬢さん、お遊びはもう終わりだ。二人ともゆっくりと相手にしてやるよ。なあに夜はまだまだこれからだ。俺は子供でもイケるんでね。タップリと楽しませてもらおう。勇者のハジメテを貰えるなんて俺達はなんて幸せ者なんだ」
下品た笑いをしながら二人の男が近づいてくる。ひとりは拳にナックルをつけ、もう一人は短剣を出した。
マンサはニマを庇うように前に出たが手足が震えている。
武器を持っている二人には敵わないと思い二人は諦めそうになった。
二人の男がマンサに近づいてくるその時、
バァン!!
突然、男たちの横から扉が開き、男の一人は扉に顔を打ちつけ吹き飛ばされた。
「こっちだ!!」
ヴォルフが盾を持って部屋から出てきた。もう一人の男に盾ごと突進して体当たりをかました。
ぐわぁ!
盾で体当たりを受け壁に叩きつけられた男はそのまま倒れ込んだ。
部屋に入ると窓が開いておりそこから外に逃げ出した。
ヴォルフは二人を縛り上げ、宿屋の前に突き出して衛兵を呼んだ。
ニマはマンサに連れられて、そのままマンサの家に匿ってもらうことになった。
次の日。
ヴォルフが捕らえた誘拐犯の男達はニマの両親を殺した犯人であり、ニマの荷物も宿屋の倉庫に隠していたことがわかった。昨日町に入った商人たちも仲間であり、奪った荷物と勇者を連れて領主に売り込もうとしていたようだ。
ここの領主は本当に大丈夫か?ヴォルフがこの領地の主に不安を抱く。
しかも男たちを雇った貴族は王国の勇者を疎ましく思う立場だったらしく、上官は領主に報告し、領主は国王に報告することになった。
次の日からニマはマンサの家に泊まることになり、たまに食事を持って来てくれるようになった。
俺も独り身に戻り、酒場での食事に戻った。
「また来たの?昼に食事持っていったじゃない」
「俺は酒が飲み、たいん、だよ!おまえは俺の母ちゃんか!」
「安い給料で酒ばっかり飲んでたらますます結婚なんてできないよ?まあ、そんな相手もいないんだろうけどねぇ」
蔑んだ目でうっすらと笑うマンサを見て思わず冷や汗をかく男達。
マンサの言葉でバッサリ斬られたのはヴォルフだけではなかった。
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