第2話 勇者
初代勇者が起こした国。
王国には勇者に力を授けた神を祀る神殿がある。
神の名は「エルーラ」
なぜ神が勇者を選び、力を授けて人間を魔族から解放したのか、その理由を平和が続いた人間たちにはもはやわからなくなっていた。
しかし、
ようやく勇者の必要な時代が到来したのである。
初代勇者が魔族を退けた二百年後になって、再び魔族が侵略してきたからである。
王都は魔族の侵攻を恐れた。
勇者なき時代に突如として魔族が侵攻してきたからだ。
勇者の子孫である国王や貴族たちもかつての栄光はどこにいったのか、すでに国民を護る余裕はなく、ただ無様に慌てふためいた。
そんな中、
「陛下、ご提案がございます」
王国の宰相が国王に進言してきた。
「なんじゃ?」
「神託を授かるのです」
「なんじゃ?それは」
「かつて魔族に対抗するためにエルーラ神は神託によって五人の勇者を選ばれたそうです。今こそエルーラ神から神託を得る必要があります」
「そうか、ならばエルーラ神の神託を得よ」
「御意に」
こうしてエルーラ神の神託を得るために、エルーラ神を祀る神殿の神殿長及び聖女と呼ばれる者が王命を受けることとなった。
神殿では連日エルーラ神に祈りを捧げ、神託を求める日が続く。
こうして祈りを捧げ続けること2週間。
突然、祈りを捧げ続ける聖女が倒れてしまった。
そして聖女は意識を失っているにもかかわらず、勝手に話はじめたのである。
我はエルーラ。
そなたたち人を導く存在なり。
勇者はもう存在している。
この王国に存在している。
その者の名前は……。
おおっ!
ようやく聖女の口を通して、エルーラ神からの神託を受けることが叶ったのである。神殿長はさっそく国王に謁見し、勇者の存在を明らかにした。
そしてエルーラ神の神託を得た勇者を呼び出すことになったのではあるが、驚いたことに今回の勇者として神に選ばれた者は王族ではなく、男爵家の末娘でまだ12歳の子供だったのだ。
今までは王族もしくは王族に近い貴族の中で屈強な男が勇者として選ばれるものと信じられてきた。事実は違うのだが、王族がそのように伝えてきたために勇者が現れたと知らせが届いた時、事実との違いに王国は混乱した。
こうして勇者を偽物扱いする者がでてきた。
宣託が間違っていたのではないかと疑う者、
勇者を自分たちの派閥に利用しようとする者。
そして勇者に選ばれた少女もまた、自分が勇者ではないと信じることができなかった。
やはりまだ子供であり、戦うことを恐れたのである。
少女の両親は王族や貴族たちの陰謀に少女が巻き込まれることを恐れて、宣託が誤りだと王族に告げて自らは隠居し、辺境で暮らすと言って逃げるように王都を出た。
勇者の神託を得た少女は両親と共に馬車に乗り込み、猛スピードで王都から離れるように移動している。
「お父様、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、お前は心配しなくとも良い。しばらくは領地に戻り悠々自適な生活をしようではないか。娘は勇者ではない。そうだな?」
「そうであって欲しいと願います。私なんかが勇者であるはずがありません」
「そうですわ。娘が勇者だなんて……神託も間違えていたのでしょうね。きっと別の者に違いありませんわ。こんな幼い子が魔族と戦うなんて……考えただけでも体が震えてきますわ」
「お母様……」
「幸い国王陛下も半信半疑のようであったからな。陛下がお前を見た時の驚いた顔は今でも忘れられん。陸にあがった魚のように口をパクパクさせておった」
わははは!
クスクス、
オホホホ!
三人は一同で笑った。
その時、
うわあああ!
「何事かっ!」
「お父様!前!」
三人が前を見るといつのまにか馬車を操縦していた御者がいなくなっていたのである。
少女がふと馬車の横を見ると頭に矢が刺さった御者が力無く馬車から転げ落ちていく様を目撃してしまう。
御者のいない馬車は先導を失い、馬たちは暴走してしまう。
そして馬の暴走により馬車は大きな振動に揺られ、やがて転げ落ちた。
馬車は横転し、三人は気を失う。
「よし、トドメをさすか」
「そうだな」
暗殺者が二人、馬車に近づく。
「う、うう、き、貴様らは」
ヒュン!
うっ!
父親は弓で射殺された。
「あ、貴方っ!」
ヒュン!
「あっ!」
母親も、
「よし、勇者の身柄を確保するぞ」
「お、おい、う、後ろ!」
「なんだ?うわっ!」
ブルルルル!
暗殺者の後ろには巨大な猪の猛獣が鼻息を荒くして威嚇していた。
「に、逃げるぞ!」
「勇者は?」
「それよりも命の方が大事だ!ズラかるぞ!」
「チッ!仕方ねえ!」
二人の暗殺者は慌てて猛獣から逃げ出したものの、不運にも延々と猛獣に追いかけられていったのである。
幸か不幸か、少女はひとりだけ生き延びることができた。
しばらくして、
「う、ううん、こ、ここは……」
少女は目を覚ますと近くにいた両親の亡骸を見て途方に暮れる。
「お父様!お母様!目を覚ましてください!……うっ、ううう……」
その場で泣き崩れる少女。
しばらくして日は暮れ、暗闇が森を包み始めた。
「ここを、去らなくては」
ずっとここにいてはいけない。
やがて追手が来るだろう。
早くここから逃れなくては……、
そして生き残った少女はふらふらと立ち上がり、難を逃れるようにその場を離れた。
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