闇を抱えた少女と闇を作り出すストーカー少女の百合物語
びあ
闇を抱えた少女と闇を作り出すストーカー
最初に違和感を覚えたのは、今年の夏頃からだった。
私はいつものように桜薔薇女子学園へと登校していた。視界の悪い十字路。車が来る危険がないか、
有名な家柄で家庭でも俗にお嬢様と言われるような口ぶりや仕草をするように躾けられてきた私は、物の名前は正式名称で言うように教わってきた。
高校生になった今では、反抗期真っ最中で周りと違う教育に反感を覚えるようになったが親には中々言い出せず、結局物を正式名称で言う癖も直っていない。
それでも、少しは抵抗しようと登校だけは送り迎えをしてもらわず自分で歩いて通っている。
相変わらず言いたいことを言えない自分に嫌気がさしながらそうして反射鏡を見たときだ。
人が慌てて電柱の裏に隠れたような気がした。
ストーカー?まさか。不安半分疑い半分で電柱の裏を覗くと、そこには誰も居なかった。
ただ、ツンと鼻をさすようなミントの香りがそこに残っていただけだった。
「キャー!
「奏海様なんて、名前で呼んでいいのは私だけよ!奏海様ー!」
「奏海様!これ、オススメの香水です!よかったら使ってくれませんか?」
「奏海様ー!」
「奏海様、どうやったらそんなに綺麗な髪を保てるんですか?教えてください!」
学校につくと、校門に待ち構えていた女子が私に押しかけてくる。私は、一人一人笑顔で対応しながら贈り物を受け取ったり質問に答えたりする。
親からは、お嬢様学校なんだから他人へは良い顔しときなさい。と言われているからそうしている。
本当はしたくないのにそうしている自分にまた嫌気がさして笑顔なのに憂鬱な気分になる。
なんで、私がこんなにもてはやされるんだろ。
他にも可愛い子なんて沢山いるのに。もしかして、家柄だけで判断してるのかな。将来のために関わっておいて損はないって。
あぁ、こんな考え方をしてしまう自分が嫌いだ。親の言いなり、卑屈な考え、結局改善しようとは心で思うだけで行動に移せない自分。何もかもが嫌い。
そして、その日以降度々人に尾けられている感じがしながら、登校していた。だが、一度親に無理を言って徒歩登校を自分から言い出したのに、ストーキングされていることを言うと、「ほら、だから送り迎えは必要でしょ」と言われるに決まってる。
それは、私のプライドが許さなかった。
そして、いくら嫌いとはいえ、親に頼れないちっぽけなプライドを持った私自身も許せず嫌いだった。
次に違和感を覚えたのは最初に違和感を感じたときから一ヶ月程経ったときだった。
その日は、仲良くしてくれている子たちと一緒に遊園地に来ていた。
「奏海が遊園地に来てくれるの意外だったなぁ。誘っておいた私が言うのもなんだけど」
「まぁ、私も来てみたかったからね」
今話しているのは、一番の友達といっても過言ではないと思うあかりちゃんだ。
彼女とは何かと気があってすぐに仲良くなれた。
「あ、私、ちょっとトイレ行ってくる」
「じゃあ、私も」
そう言って私以外、この場からいなくなってしまった。お嬢様でも友達とだけは「お花を摘みに」じゃなくて「トイレに」と言える。
こんな、関係がずっと続いてくれればいいな。
まぁ、家のために何処かに嫁いだらもう会えなくなるんだろうけど。
その時、以前嗅いだことのある匂いが鼻腔を通った。このミントの香りは、あのときの……。
それが、好奇心かどうかわからないがいつのまにか匂いがきた方向に駆けだしていた。
すると、人混みの中に逃げ込む深く帽子を被った人の姿が見えた。人の流れにわざわざ逆らって行ってるのを見るあたりあの人が以前、電柱の後ろに隠れた人だろう。
その時、風が吹いてその人の帽子は飛んでいった。
その人は気にする素振りも見せずに走っていったが、私は走るのをやめていた。
それは、帽子がとれたその人の髪は長く伸ばしていて三編みをしていたからだった。
さっき、私から逃げたのは尾けていたからだろう。
ということは、私のストーカーは女性だった?
初めて知る衝撃の事実に動揺を隠しきれず同時にストーカーが実在するとはっきり分かった私は恐怖と不安で顔色が悪かったのだろう。
トイレから帰ってきた友達たちに、心配され結局その日は私とあかりちゃんだけ先に帰ることにした。
あかりちゃんは顔色が悪い私を一人で帰らすのは心配だったのか、付き添ってくれた。
友達やあかりちゃんに迷惑をかけて楽しい時間を削ってしまって私は最低だな、と心で思っているとその日はいつのまにか終わってしまった。
その後もストーキング行為が続き、私の精神は限界を超えたのだろう。
よりどころを求めた私は、親やあかりちゃんに話すと心配されてしまうと思い、いつも私についてくる取り巻きの一人に話しかけた。
「ねぇ、相談したいことがあるのだけど少しいい?」
「え!?奏海様のお役に立てるなら何とでも!これでも私、カウンセラーの母と臨床心理士の父がいるので!」
「そう。頼もしいね。じゃあ、放課後に2-Bに来てくれる?」
「もちろんです!」
心では、私にフリフリ尻尾ふって喜びの感情をもろに出してる子にメンタルやストーカーについての相談ができるのか不安だったけれどそれも無視できるくらい限界だった。
「……なるほど。つまり、奏海様はストーキングされてそれでメンタルが参っていると」
「そう」
「そういうのは、溜め込まずに人に話したほうがいいですよ。あ、けれど、あんまり人にベラベラ言うのもあれだから、私だけに話してくれませんか?あっ、奏海様の秘密を独占したいってわけじゃなくて、勿論それも少しはありますけど、女子っていうのはすぐに話を広めますからね!自分で言うのもなんですが、私はそんなに口が軽くないので」
胸を張ってそう言う彼女。
下手に同情して辛そうな顔と沈んだ声で話されるより元気な顔で無邪気に話してくれたほうが私にとっては、迷惑かけているという罪悪感もないし、元気も貰えるからありがたい。
「ありがとう、貴女のおかげでだいぶマシになったよ。これからも頼らせてもらうけどいい?」
「もちろんです!いっぱい相談してください!まぁ、本当は相談事なんて無くなったほうがいいんですけどね!」
天真爛漫な彼女とは、仲良くなれそうだ。
それからというもの、ストーキングでストレスが貯まるたびに彼女と会って話して安心していた。
「えぇ、ストーカー、また最近頻度が増えてるんですか?大丈夫ですからね!私が守ってあげますから!奏海様が、ストーカーに私生活を脅かせられているのは許せませんが最近は警察も当てにできませんし、親御さんにも話しにくいんでしょ。私をもっと頼ってください!」
「ありがとう、貴女のおかげで少し元気になったよ。もっと頼りにさせてもらうね」
―――――――――――――――――――――――
「今度は、家のポストに奏海宛てのプレゼントが届いてたんですか?知らない人から?それは、開けずに私に持ってきてください。こっちで処分しておきますから。中に不審物が入ってたら危険ですからね!」
「本当にありがとう。感謝しきれないよ」
何回も彼女と会うたびに仲良くなり、ついには彼女も名前で呼んでくれるようになってきた。それでも、敬語はなくならなかったけど。
初めてストーキング被害にあった日から二ヶ月半程度経ったある日。
「草月あかりさんは、転校して明日からこの学校には来れなくなります」
朝礼で担任のいった言葉に私はショックを受けた。
あかりちゃんが転校する?
休み時間に、あかりちゃんの席に向かうと、既に人溜まりが出来ていた。そりゃあ、いきなり転校すると聞かされたんだから聞きたいことはいっぱいあるよね。
「ねぇ、なんで転校するの?」
クラスメートが私の聞きたいことを聞いてくれた。
すると、あかりちゃんは、
「ミントの香り……、ミントの香り!」
恐らく、さっき質問したクラスメートがミント香りの口臭タブレットでも食べていたのだろう。
ミントの香りを嗅いだあかりちゃんは、虚ろな目になっていきなり席を立ち、教室を飛び出していった。
「え?なに?ミント?なんで教室出ていったの?」
周りが困惑する中で私はひとり、思い当たっていた。
ミントってストーカーからする匂いと同じ……。もしかして、ストーカーがあかりちゃんになにかして転校まで追い込んだの?それも、ミントを嗅ぐだけで正気を保てなるくらいに……。
そう考えてしまうと罪悪感で、胸が押しつぶされてしまいそうだった。私のせいであかりちゃんは精神を病んで転校せざるを得なかった。その仮説が私に重くかぶさってきた。
今すぐにでも彼女と話して、この感情を紛らわせたい。でも、それって逃げてるだけじゃないの?何も解決しようとせずに今を楽にしているんだったら意味ないんじゃないの?
ある程度自問自答して、私は考えるのをやめた。
とりあえず、彼女のところに行きたい。
「そうですか。ストーカーがついに、奏海の友達にまで手を出したんですね」
「そう。貴女までいなくなったら……」
「大丈夫。大丈夫ですよ、私はいなくなりません。たとえそのストーカーに何をされたって私は奏海のために対抗しますから。大丈夫ですよ、自信を持って。いつか、ストーカーも諦めてくれるかもしれません」
「でも、いつかっていつ?いつ来るの?」
彼女にそんなことはわからないのは分かっていた。だけれど、この気持ちを口にせずにはいられなかった。大切な友達がいなくなってしまう以上、彼女しか拠り所はなかったから。
彼女だけは失いたくなかったから。
「……」
彼女は、珍しく笑顔ではなく考え込むような表情になってこう告げた。
「大丈夫だよ」
初めて敬語を使わず喋った彼女は、私を優しく包み込むように抱きしめてくれた。
怯える私を温かなぬくもりを含んだ体で。
その瞬間、私は悟った。
あぁ、私は依存していたんだ。彼女に。もしかしたら依存というより恋愛感情を抱いているかもしれない。でも、彼女が好きということに抵抗はなかった。むしろそうあるのが当たり前のように思えた。
今は、しばらく彼女の温もりに浸かっていよう。
ストーカーのことは後で考えればいい。
それよりも、大切な離したくない存在が目の前にいるのだから。
―――――――――――――――――――――――
あの後、家で私は一人寂しさを感じていた。
思えば、彼女との友好の印となるようなものは持っていない。写真も撮ったことはないし。何かをもらったこともない。
いや、友好になる前だったら彼女から貰ったな。
最初にストーキングされた日の校門で、
『キャー!奏海様!こっち向いてー!』
『奏海様なんて、名前で呼んでいいのは私だけよ!奏海様ー!』
『奏海様!これ、オススメの香水です!よかったら使ってくれませんか?』
『奏海様ー!』
『奏海様、どうやったらそんなに綺麗な髪を保てるんですか?教えてください!』
と言われた中の、
『奏海様!これ、オススメの香水です!よかったら使ってくれませんか?』
と言ってくれた女子が彼女だった。
まだあるだろうか。そういえば私のファンからもらったプレゼントを使ったことはほとんど無かったな。
あ、あった。これだ。
早速、手に出すと香った匂いは、ツンと鼻をさすようなミントの香りだった。
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