第3話

 ……ない?


 そんな……ちゃんと探した?


 ……そう、じゃあ別の所だったのね……。


 ……子供部屋よ。


 鍵はきっとそこにある。子供部屋に向かって。


 ……うん、そこを出て奥に進んで、右に階段があるから。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……


 ……え? 何?


 ……向かいの和室の襖が開いてる?


 絶対中を見ないようにして、早く通り過ぎて、早く、早く。


 早く、早く、早く、早く、早く、早く。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ペタペタ、ペタペタ……


 ……背後からの足音?


 すぐ後ろに誰かいるって……。


 ペタペタって足音が聞こえてくる……?


 それは……あの人よ。絶対振り返らないで。


 ……仕方ないわ……。


 良い、絶対振り返らないで。絶対よ。歩き続けて。


 うん、絶対よ。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ペタペタ、ペタペタ……


 階段まで来たら目を瞑って……。


 ……瞑ったまま階段を上るの……。


 ……階段には見ちゃいけないものがあるからよ……。


 察して。


 ……ダメ、そこは見てはいけないものが、あるの……。


 壁に手をついて、狭くて急な階段だからゆっくりね。


――キシッ……キシッ……キシッ……

――ギシッ……ギシッ……ギシッ……


 ……ちゃんと目を瞑ってる?


 なら良いの。


 まだ後ろをついてくる?


 ぴったり背後にいて、階段をゆっくり上ってくる……。


――キシ、キシ……

――ギシッ、ギシッ


 ああ、近づいて来てる。


 この寝室の壁1枚向こうから、上る音が聞こえてくるよ、はははははは。


 ……。


――パシッ!


 ……。


 あれ、立ち止まってない? 何やってるの。


 ……パシッて音に驚いてって……。


 単なる家鳴りよ。


 ……目を開けたい?


 ダメよ。


 それより早く進んで、2階に来るの、そんな所で立ち止まっちゃダメ。


 できない?


 ……何? 誰か前にいるっていうの?


 ……確認しちゃダメ。


 ダメ、前に人の気配がするのは気にしないで。


 あの人が、君の横を走り抜けた、それだけよ。


 さぁ、早く。


 目を閉じたままよ。絶対開かないで。


 早く上ってきて。


――キシ、キシ……

――ギシッ、ギシッ


――パシッ! ピシッ!


 家鳴りがすごいね……はははははは。


――キシ、キシ……

――ギシッ、ギシッ


――パシッ! ピシッ! パシッ!


 ホントに家鳴りかな? 私怖い、違うのかも……。


 ……2階に着いた?


 良いよ、もう開けても……多分……。


 ……ねぇ、向かいの部屋のドアは、どうなってる?


 ……閉まってたら良いの。


 良かったね、前に誰も居なくて。子供部屋は、さっきいた部屋の上だよ。左に行って。


――キシ、キシ……

――ギシッ、ギシッ


 ああ、すぐそこまで来てるんだね。


 子供部屋の向かいが、私のいる寝室だよ。


 ……今、ドアの向こうにいる?


 ……うん、私もそのドアの向こうにいるよ……。


 ……ドアの前に立っているの?


 私もドアの前に立っているよ?


 ドアを見つめてるの……君も見つめてる?


 ……嬉しい……。


 早く会いたい、早く会いたいよぉ。


――ドンドンッ、ガンガンッ


 ……うん?


 ダメよ、そんなこと……。


 何考えてんの……ドアを蹴破ろうとしないで。


 ……。


 殺すぞ。


 ……。


 ……注意して。そんなことしないで。


 ……わかれば良いの。


 今来た方だけは振り返っちゃいけないよ……。


 ……うん、子供部屋で探せば良いだけだから。


 すぐ来てね。


 ……。


――ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャッ


 ……え?


 開かない?


 そんな、どうして……。


 ……という事は……。


 ……そうね、じゃあ……風呂場だ……。はははははは。


 風呂場に子供部屋の鍵が、あの人が持って沈んでいるはず。


 一階へ戻らないと……。


 ……後ろに誰か居るんだよね……。


 ……そうだとしたら……。


 振り返っちゃダメよ……後ろ歩きで行くしかないわ。


 良い? ゆっくりで良いからね。


――ゴホッ、ゴホッゴホッ


 ……すぐ後ろから重い咳……?


 大丈夫よ、ゆっくり歩いていって。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ガボッ、オォッゴォッ、ゴホッゴホッ


 ……ずいぶん重い咳ね……。


 何っ……。


 ……後ろの人とぶつかった?


 急に咳して立ち止まったから……。


 歩き続けて。


 あんたは歩き続けるのよっ。


 良いから、歩き続けるっ。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ペタペタ、ペタペタ……


 ……うん、背後に居るだけだから。


 君と一緒に一緒に移動するから。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ペタペタ、ペタペタ……


 壁に手を当てて、階段のところわかるよね。


――ゴホッゴホッ、ガボッガボッ


 ……気にしないで……怖がらないで……。


 ……。


――ギィィィィイィィィ……


 何?


 ……背後でドアが開いた……?


 ああ……懐中電灯を消して。


 そうしないと、階段を後ろ歩きで降っていく時、向かいの部屋の中が見えちゃうでしょ。


 うん、お願い……。


 出来れば、目も伏せて、部屋の中を見ない様にしていって。


 ……うん。


 ……頑張って。


――ヒタヒタ、ヒタヒタ……

――ペタペタ、ペタペタ……


 ……。


――ペタペタ、ペタペタ……

――ギィィィィイィィィ……パタン……


 ……後ろの人が部屋の中に入って行った?


 ドアが閉まる音がした?


 ……でも目は閉じたままにして。念のためよ。


 ゆっくり、階段は気を付けてね。後ろ向きだから。


――キシ、キシ……


 風呂場は降りた先の、玄関と反対側よ。ひとつだけ引き戸になってるからわかると思う。


 ……うん、壁に耳をくっつけてると、歩く音が聞こえてる。どこにいるかわかってるよ。


 ……どんなに気になっても目を開けちゃだめよ、そこは……。


 死にたくなかったら絶対ダメ。


 ……ふふふっそうね、気も紛れるし話をしてあげる……。


 ねぇこの家で自殺した人たちの事考えてみてよ。


 なんで皆自殺なんてしたのかなって。


 ……。


 ……生きる事こそが苦しい事だからなの。


 毎日働いて、悩み、年を取っていく。


 ずっと同じことの繰り返し。


 これから先もずっと報われることはなく、今より苦しくなっていく……。


 ここで全部ケリを着けれる……その興奮に酔ったの。


 自殺したのは、呪いなんかじゃない。


 君もなんかわかってきてるでしょ。


 この家に入ってきたんだから。


 ……気が滅入ってきた?


 はははははは。


 ……ねぇ、考えれば、人生なんてたいしたことないよね。


 だって最後はどうせ死ぬんだもの。

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