旅行
「今度の連休、旅行行かない?」
いつも通りの帰り道、美紗は翔ちゃんを旅行に誘ってみた。振り返れば、付き合い始めてからお互いの家を行き来しているか、買い物に数回いっただけで、あまりデートらしいことはしていないことに気づいた。
普通順番が逆だとおもったが、交際のきっかけが翔ちゃんの女装の手伝いだったので、致し方ない。そろそろ普通の恋人同士みたいなことがしてみたくなった。
「それって、日帰りですか?泊りですか?」
「どっちでもいいけど、どこか行きたいところある?」
「じゃ、あそこの水族館に行きませんか?最近、リニューアルオープンしたみたいですし。」
翔ちゃんは、隣県にある水族館の名前を挙げた。そこまでなら、電車で1時間ぐらいなので日帰りも可能だが、温泉としても有名な地域なので、
「日帰りでも行けそうだけど、温泉もあるしせっかくだか泊まろうか?」
「いいですけど。いきなり今週末でホテルとれますかね?」
「一つぐらいどこか空いてるよ。たぶん。」
お泊りデートはあっさり決まった。美紗は、その晩予約サイトで空いているホテルを探し、なんとか空いているホテルを見つけて予約した。ついでに、水族館以外の観光スポットも調べて、旅行プランを練る。
旅行はそれ自体も楽しいが、計画立てているときが一番楽しい。写真に騙されたり、逆に意外と楽しめたりと予想通りにならないところもまた面白い。
旅行当日の朝、待ち合わせの駅に着くと翔ちゃんはすでに待っていてくれた。今日の翔ちゃんは、茶色のチェックのスカートとベージュのニットを着て黒のカーディガンを羽織っている。美紗をみつけると、翔ちゃんは小さく手を振ってくれた。
「おはようございます。偶然同じチェック柄ですね。」
美紗のチェック柄のパンツと偶然かぶってしまった。秋だからチェック柄というのは短絡すぎたとおもっていると、
「二人でおそろいを着ると、いいですね。今度双子コーデで色違いのスカート買って一緒に着ましょう。」
意外と翔ちゃんは気にしてなく、むしろ嬉しそうなので結果オーライということにしておこう。双子コーデも面白そう。
電車に乗り、1時間ほどして目的の駅に着いた。駅ビルで早めの昼食をとり、予約しておいたレンタカーを借りる。
「翔ちゃん、運転できる?」
「前の店舗で在宅で車つかっていたので、あんまり上手くはないですけどできますよ。でも、この格好で免許見せたら話がややこしいですね。」
「そうだね。最初、私が運転するから疲れたら代わってね。」
水族館について、チケットを買って中に入る。水族館なんて何年ぶりだろうかと考えてみたら、24歳のときにデートで来て以来だった。
その彼氏とは車が軽自動車だったという理由だけで別れてしまった。今の翔ちゃんは、軽自動車どころか車すら持っていない。8年という年月は人を寛容にさせる。
水族館はリニューアルオープンしただけあって、今流行りのパロラマ水槽やトンネル型の水槽などがあり、あまり水族館に興味のなかった美紗でも来て良かったと思い始めてきた。
「美紗の希望も聞かずに、水族館に決めてすみません。でも、楽しんでくれてそうなので安心しました。」
「翔ちゃん、水族館好きだったの?今まであまりそんな話題になったことなかったけど?」
行き先を水族館に決めた理由を疑問に思っていたので、尋ねてみることにした。
「水族館だとみんな水槽見ているから、女装しているのがバレにくいので、水族館にしました。自分の都合に付き合わせてすみません。」
「いいのよ。その分、この後私の都合に付き合ってもらうから。」
水族館を出た後、市内の展望台のある公園に移動した。観光サイトでみたら、海が見える展望台からの景色がキレイだったので、きてみたかったところだ。
「美紗の都合って、ここだったんですね。てっきり、夜の話かと思いました。」
「翔ちゃんも言うようになったね。」
海の景色と山の紅葉がきれいに展望台から見える。
「翔ちゃん、写真撮ろうよ。」
そう言って、翔ちゃんと肩を寄せ合いながら写真を撮る。いろんなポーズで数枚撮影して、写真写りがいいのだけを残す。
「翔ちゃんにも送るね。」
「えっ、なんで薬局のグループラインで送るんですか?」
「清田さんも見たいかな~と思って。」
案の定、清田さんからすぐに「素敵です。もっといちゃついてください。」と返信がくる。
近くにいた大学生らしき観光客が小声で会話している姿が見えた。おそらく翔ちゃんの声で男であることに気づいたみたいだ。
長居をして翔ちゃんがからかわれるのもかわいそうに思い、駐車場に戻ることにした。翔ちゃんもバレたことには気づいていたみたいで、落ち込んで無言だ。
車に入ったところで、
「別に男ってバレてもいいんじゃない。似合ってないわけではないし、男だからスカート履いてかわいい服着たらダメとは私は思わないけどね。」
最初は翔ちゃんの女装趣味に驚いたが、最近は理解できるようになってきた。スカートなど女性服の方が、色もデザインも豊富でオシャレが楽しい。男に産まれたからといって、かわいくなれないなんて可哀そうに思えてきた。
「美紗、ありがとう。」
翔ちゃんがつぶやくように言った。
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