秘密
翌朝起きて、翔ちゃんと一緒に身支度を始める。翔ちゃんにワインレッドのスカートを渡した。ウエストがリボンになっていてかわいくて、最近のお気に入りのやつだ。どうせ貸すなら、自分が一番かわいいと思っているのを貸したい。
「これいいんですか?このスカートこの前美紗さんが着ていて、素敵だなと思っていました。」
「あげるんじゃなくて、貸すだけだからね。それに、さん付けはやめてよ。」
「スカート共有できるなんて幸せです。クリーニングして返しますね。」
「クリーニングはいいよ。その代わり、大事に着てね。」
翔ちゃんが着ていた物を身に着けられると思うと、間接キスに似た喜びがある。
いつもはパンとコーヒーだけの簡単な朝食だが、翔ちゃんもいるので目玉焼きも作った。半熟の黄身にパンを付けて食べると美味しい。1個10円ちょっとの卵で朝から幸せな気分になれる。
朝食をすませて、部屋をでて薬局に向かっていると、
「この前一緒に買い物行きましたけど、出勤となるとそれとは違う緊張がありますね。」
「多分清田さんは、8時半ごろ来ているから、8時に着けば大丈夫だよ。」
「清田さんは大丈夫でも、患者さんと会わないかなと思って。」
「意外と白衣着てないとわからないから、大丈夫だよ。こっちは分かっても、あっちは気づかないと思うよ。」
そんなことを話しながら、駅から店舗までの道のりを歩く。いつもは思い足取りで向かう通勤路も、今日は翔ちゃんといると楽しく感じる。
その日の仕事も、薬局内を薬を集めて駆け回り、服薬指導をして、待ち時間が長いと怒られ、薬歴を書いていたら、あっという間に閉店の時間となった。
忙しかったはずだが、終わってみれば溜まった薬歴以外は何も残っていない。閉店後薬歴を書きながら、
「たしかに翔ちゃんの言う通り、薬剤師の仕事って形に残らないよね。」
「製造業だと作ったものが残りますが、サービス業の宿命ですかね。」
そんな話をしながら薬歴を書き終えた翔ちゃんは
「薬歴終わったので、先に着替えますね。」
「私ももう少しで終わるから。」
店長になって以来、部下よりも先に仕事が終わると申し訳ない気がして、ついつい仕事を抱え込んでしまう。
店長は通常業務の他にも、報告書作成や役所への提出物などやることがいっぱいある。美紗が若い頃の店長は、そう言って患者対応など通常業務をほとんどせずに、報告書ばかり作っていた。そんな姿を嫌だなと思っていたので、いざ自分が店長になるとできる限り現場の仕事をさぼらずにしているが、正直ツライ。
「翔ちゃん着替え終わった?」
休憩室のドアをノックしてはいる。とくに待ってとは言われなかったのでドアを開けると、翔ちゃんが着替え終わってメイクを始めていた。私も着替るため、白衣を脱いだ。
「なんで、私の後ろで着替え始めるんですか?」
「えっ、ダメ?もう他人じゃないんだし、女の子同士なんだし。職場だと、いつもと違う感じで興奮する?」
暗に昨晩のことに触れてみた。男らしく責任取って結婚しますって言ってくれたらいいのに。
「早く、着替えてください。」
必死に美紗の方を見ないようにしている姿もかわいい。からかうのもほどほどにして、着替えを始めた。
美紗の着替えが終わった頃、勝手口が開く音が聞こえた。そのあと休憩室のドアをノックする音が響いた。
「すみません、スマホ忘れました。」
そう言いながら清田さんが休憩室に入ってきた。入ってすぐに翔ちゃんに気づいたみたいで、
「ひょっとして、春本さん?」
翔ちゃんの秘密はあっさりとバレてしまった。
それから清田さんに、翔ちゃんの女装趣味とともに、二人が付き合い始めた経緯を説明した。
「春本さんに、そんな趣味があったなんて。」
「男は男らしくって時代でもないし、着たい服着て、誰かに迷惑かける訳じゃないし。」
動揺してるのか、恥ずかしいのか何も言わず下を向いている翔ちゃんに代わって、美紗は必死に翔ちゃんのことを弁護し始めた。
「素敵ですね。女装している彼氏と付き合うのって。女友だちと彼氏の両方の楽しみを一度に味わえるのって、いいですよね。」
清田さんは予想外の反応をみせた。
「まあ、そうだけど。」
「そのスカート、店長のですよね。服の貸し借りとかしてるんですね。姉妹みたいで、楽しそう。私、実は百合とか大好きでそんな漫画とかばっかり読んでましたけど、実際にみると興奮しますね。」
興奮のあまりに、清田さんも自分の秘密をあっさりカミングアウト。
「清田さん、女の子の方が好きってこと?」
美紗が聞いてみると、
「普通に男性が好きですけど、女の子を好きになる気持ちもわかります。なんか男と女だと性的な感じがあるけど、女の子同士だとかわいいとかきれいだなと思います。」
百合、また美紗の知らない世界を知ってしまった。人生、32年生きていてもまだまだ知らない世界はある。
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