疑義照会

 木曜日、美紗にとって一週間の中で一番きつく感じる日である。週末までは金曜・土曜とまだ2日働かないといけないし、月曜日から働いてきた疲れもたまってきている。今週は、火曜日に休みがあったとはいえ、32歳の体では仕事の疲労は寝ただけでは簡単に抜けていかない。


 この日も朝から忙しい状態が続いていた。美紗は春本君が調剤を終えた薬と、清田さんが入力を終えた処方箋を受け取り、調剤監査と呼んでいる取り揃えた薬のチェックと入力が処方箋通りに行われているかのチェックを行った。

 調剤、入力ともに問題ないことを確認した後、美紗は処方監査と呼ばれる医師の処方した薬の内容が適切かどうかのチェックに入った。併用薬を確認するために、お薬手帳を開く。門前の大島病院以外にも、耳鼻科にも通院しておりそこからの薬もある。

 薬の飲み合わせをチェックしていくと、飲み合わせに問題がある薬が見つかった。美紗は、疑義照会と呼ばれる処方した医師への確認を行うことにした。病院に電話して、交換にお願いして処方医につないでもらう。

「本日処方された睡眠薬と、耳鼻科でもらっている抗生剤との飲み合わせが禁忌なので確認させてもらっています。同系統の薬で併用可能な薬もありますので、そちらではいかがでしょうか?」

 問い合わせをして、代替薬の提案も行う。結果、別の薬に変更となり、清田さんに入力の変更と、春本君に薬の取り直しをお願いする。


 6時になりシャッターを閉める。まだ薬歴が残っているが、一応の終わりなので一息つける。春本君と一緒に薬歴を書いていると、

「今日も忙しい中で疑義照会が何件かあって、大変でしたね。」

「疑義照会で薬が変更になると、薬剤師として仕事した気になって、ちょっと気分がいいよね。春本君も、腎機能で問い合わせしていたよね。」

「あれもあのままだと、多すぎたので薬の量が減って良かったです。でも患者さんには過程がわからないから、あまり感謝されないですよね。」

「感謝されるために仕事しているわけじゃないけど、疑義照会して薬がかわったこと伝えたら『医師の出した薬に薬剤師がケチをつけるとは失礼だ。』って怒られたこともあるから、薬剤師の仕事って理解されず悲しくなるときはあるよね。」


 いつも通り駅まで春本君と向かっている途中、

「翔ちゃん、明日休みだよね。」

「女の子に着替えなくても、翔ちゃんって呼ぶようにしたんですか?明日は有給頂いていますけど。」

「使い分けるのも面倒だから、二人の時は翔ちゃんにしたの。で、明日休みならうちに来ない?」

「美紗さんの部屋にですか?それはちょっと…」


 やっぱり渋ってきたが、とっておきの秘策を出すことにしよう。

「私の着なくなった服あげようと思ったのにな?」

「行きます!」

 甲子園出場が決まった高校球児のような勢いで返事をくれた。予想通りとはいえ、あまりに悔しいので、ちょっと意地悪してみる。

「さっき、『ちょっと…』とか言ってなかった?」

「ちょっと行きたいなと言おうとしただけです。」

 結果部屋に来てくれることになった。まだまだお楽しみの仕掛けは準備してあるので、私も楽しみだ。

 

 帰る途中に夕食を外食しようと誘ったが、

「早く服みたいから、家で食べましょう。パスタぐらいなら作りますよ。」

 翔ちゃんがそう言うので、スーパーで簡単に買い物してから帰ることにした。


 翔ちゃんは部屋に入るとすぐに料理を始めた。

「ちょっと着替えてくるね。」

 ルームウェアのスエットに着替えて、リビングに戻ると早くもいい匂いがしていた。台所をのぞいてみると、ナポリタンを作っているようだ。

 すでにできていたサラダを運んだり、グラスに水をいれてたりしていると、ナポリタンも完成したようで、翔ちゃんが運んできた。


「いただきます。」

 美紗は早速、ナポリタンを一口食べる。

「美味しい、お店のナポリタンみたい。濃厚な感じがするけど、ケチャップって冷蔵庫にあったのを使ったよね。」

「先にケチャップだけ炒めて水分とばすと、酸味が抜けて濃厚なソースになるんですよ。」

「そうなんだ、ちょっとしたひと手間でだいぶん味が変わるね。」


 美味しい食事を頂いた後に、翔ちゃんにあげるスカートを衣装ボックスから取り出した。ピンクのフレアスカートとチェックのタイトスカートだ。どちらも丈がひざ上なので、30過ぎると着る機会がなくなった。


 翔ちゃんに渡すと嬉しそうに受け取り、「着てみていいですか。」といって着替えるために脱衣所にいった。

 待っている間、あのスカート履いてデートした時のことを思い出す。その時の彼氏もかわいいって言って喜んでくれた。今の彼氏は違う意味で喜んでいる。


 数分後、嬉しそうにピンクのスカートを履いた翔ちゃんが戻ってきた。

「喜んでくれてなによりだけど、なんで下半身に手を当ててるの?」

「憧れの美紗さんのスカート履けると思うと、興奮しちゃって。すみません。」

 翔ちゃんもやっぱり男なんだなとちょっと安心した。今夜はいけそうな気がする。明日は仕事だが、そんなことは気にしない。

「今日は泊っていく?」

「えっ、でも泊る準備していないし。」

「大丈夫、お泊りセット準備してあるから。泊まろうよ。」

 「返報性の法則」といって、人間何かをもらった後に何かお願いをされると断りにくくなる。餌で釣るようになってしまって申し訳ないが、美紗のお願いを断ることはできず、美紗の予定通りにお泊りとなった。


 先に美紗がお風呂に入り、髪を乾かしていると、翔ちゃんがお風呂から上がる音が聞こえた。

「翔ちゃん用の下着と、寝巻はそこにおいているから着替えてね。」

 着替えた翔ちゃんが戻ってきて早々に

「なんで下着のサイズ知ってるんですか?」

 下着のサイズはこのまえ泊まった時にチェックしておいて、翔ちゃん好みのピンクのかわいいブラとショーツを準備しておいた。あと寝巻も、私とお揃いのかわいいパジャマを準備して、ピンクを翔ちゃんに水色を私が着ている。

 なんだかんだで着替えているので、気に入ってもらえたようだ。



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