お泊り

 コーヒーを飲みながら、美紗は翔ちゃんに仕事の愚痴を語り始めた。

「だいたい、薬の廃棄金額が多いと始末書って、おかしくない。珍しい薬の処方箋受け取ったら、取り寄せて渡さないといけないし、その処方が止まったら使いまわしようがないし。」

「たまに、全店使っていない薬もありますしね。」

「抗がん剤とか1錠1万円とかもあるのに、すぐに処方が止まるし。それが期限切れで廃棄になって、何を反省したらいいのかなんてわからない。」


 そんな愚痴を続けたところで、

「今日はちょっと手間というか時間のかかる料理なので、夕飯作り始めますね。」

 翔ちゃんがエプロンを付け料理に取り掛かった。美紗も今日は料理を手伝おうとエプロンを持ってきたので、

「翔ちゃん、何か手伝うことある?」

「じゃ、もやしのひげ取ってください。本当はとらない予定でしたが、取った方が美味しくなるので、お願いします。」

 そう言われて美紗はリビングのテーブルで黙々と、もやしのひげを取り始めた。こういう単純作業系は嫌いではない。没頭している間は、何もかも忘れるのでむしろ好きかもしれない。


 全部取り終わり、翔ちゃんのところに届ける。

「今日のメニュー何?」

「スペアリブの中華風煮込みと、麻婆もやしと卵スープで、中華定食です。」

「美味しそう。あと何手伝えばいい?」

「あと麻婆もやしの仕上げするだけで、すぐにできるので、ご飯ついでお箸ならべおいてください。」

 昔付き合っていた彼氏は、美紗が料理を作っている間テレビを見ながら待っているだけだったので、こうやって二人で共同作業するのが楽しく感じる。


 料理が出来上がり、翔ちゃんが美紗の横に座りビールをグラスに注いでくれる。美紗も翔ちゃんのグラスにビールを注ぎ、乾杯する。缶ビールなのでそのままで飲んでもよかったが、グラスに移すと美味しそうに感じる。

「乾杯、今週も1週間忙しかったね。」」

「たしかにもう一人欲しいですね。事務さんでもいいので。『まだできないの?』『早くして』と、患者さんが清田さんに言うたびに、清田さんの入力が止まるから余計遅くなってますしね。」

「『早くして』と誰かが言う度に遅くなるなるから、早くしてほしいなら黙ってほしいね。」

 そんな湿っぽい話は終わりにして、美味しそうな料理を頂く。スペアリブの煮込みも柔らかく煮込んであり、麻婆もやしは初めて食べるが、もやしのシャキシャキ感があって、麻婆豆腐とは違うあじわいがあって美味しい。

「今日も美味しいね。翔ちゃん料理上手だね。」

「女の子に着替えると外に行けないので、家にいるしかなかったので、女装始めてから料理スキルは上がりましたね。それに料理作れるようになると好きな時に好きなもの食べられるので、外食の機会も減りました。」


 夕食も食べ終わり片付けも終わり、美紗にとっての今日のメインイベントが始まる。

「お風呂入るなら、美紗さんお先にどうぞ。」

「覗いてもいいよ。」

「覗きません。」

 そんなやり取りをしたあと、先にお風呂をいただいた。そんなことを言いながら、覗きにくるかなと期待していたが結局こなかった。

 予想通りの結果に、ちょっと失望しながら下着をつけ始める。セクシーさの黒か、妖艶な紫か、下着の色をいろいろ悩んだ末に赤にしてみた。


「お風呂あがったよ。」

「私も入ってきますね。覗きに来たらダメですからね。」

 そう言われたものの、待っているのも暇なので風呂場に行ってみることにした。脱衣所の戸を開けたとき、服を脱ぎ始めた翔ちゃんが見えた。

「ダメです、って。」

 翔ちゃんから押し出されるように、美紗は脱衣所を後にする。でも、翔ちゃんの水色のかわいい花柄の下着が見れただけで満足しよう。


 しばらくした後、春本君がお風呂から上がってきた。

「すみません。あまり見せたくなかったけど、寝間着はこれなんで。お泊まり渋っていた理由のひとつです。」

 ピンクのかわいいネグリジェを着ている春本君ははずがしそうにしている。たしかにメイクもしておらず、ウィッグもかぶっていない男の状態で、ピンクのネグリジェ姿を他人に見せるのは恥ずかしのかも知れない。

「別にいいんじゃない。誰かに見せるわけではないんだし。かわいい服着たいって気持ちわかるよ。私の服も男受け狙いすぎとから、歳のこと考えたら、とか言われるけど、別に気にしてないし。春本君が好きな服着ていいよ。」

「美紗さんと付き合えて良かったです。」

 春本君はホッとした表情を浮かべながら言った。美紗も初めて外観以外を褒められて嬉しくなった。


「じゃ、私ソファで寝るんで、美紗さんは寝室のベッド使って下さい。」

「ソファで毛布一枚なんて寒いよ。一緒寝ようよ。何もしないからさ。」

 そう言って美紗は、春本君の手を引いて寝室へと向かった。お風呂の時と違って激しく抵抗していない感じは、いけそうな気がする。

 

 ベッドに一緒に入ったが春本君は壁側を向いて、顔をあわせようとしない。

 無言の時間がしばらくあった後、春本君がささやくように話し始めた。

「以前、付き合っていた子と一緒に寝た時、上手くいかなかったので、自信がなくてすみません。」

「春本君、恋愛対象は女性だよね。」

「男性を好きになったことはないので、女性だと思います。」

「春本君がその気になってからで良いから、焦らないでいいよ。」

「ありがとうございます。って、なんで胸を背中に押し付けているんですか?」

「その気になるかなと思って。」

「次触ったら、ソファで寝てもらいますよ。」

 そう言い残して、春本君はまた黙ってしまい、すぐに寝てしまった。

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