フォンダンショコラ

 美紗は金曜日の夜、旅行用のスーツケースに荷物をまとめていた。ついに明日、春本君の部屋にお泊まりできる。お泊まりセットとともに、何着か着替えを春本君の部屋に置かせてもらうつもりだ。そうすれば、今後は平日でもお泊まりして同伴出勤できる。期待に胸が躍る。


 今日帰り道いつものように、二人で駅に向かって歩いていると、

「店長、お願いがあるですけど、いいですか?」

「店長はやめて、あとお願いは内容次第だけど、何?」

「女の子の格好で買い物するのが夢だったんですけど、まだ早いですか?」

 メイクを覚えて、女の子での外出にチャレンジしてみたいが、ひとりでは不安なようだ。このとき、美紗の頭に一つの考えが浮かんだ。


「ギリギリ女の子にみえるから、今度の日曜日一緒に買い物行こうか?でも私もお願いしていい?」

「嬉しいです。で、美紗さんのお願いは何ですか?」

「土曜日、春本君の部屋に泊まってもいい?そして、日曜日買い物行こう。」

 春本君は、真剣な表情で考え始めた。胸を押さえながら、口を開く。

「何もしないですか?何もしないならいいですけど。」

「春本君が望まないなら何もしない。」

 普通、逆だろと突っ込みたいところだが我慢して、お泊りが決定した。


 翌朝土曜日、朝スーツケースをもって出勤すると、事務の清田さんが、

「店長、おはようございます。スーツケース、このあと旅行ですか?」

「まあ、そんな感じかな。」

 愛の国へ一泊二日と言いたいのを我慢して、適当にごまかす。

「いいですね。楽しんできてください。」

 そう言い残して、清田さんは休憩室から出て行った。美紗も白衣に着替えて、調剤室に入ると、待合室の掃除をしている春本君がいた。

「春本君、おはよう。」

 挨拶をすると、春本君も挨拶を返してくれた。

「最近、店長も春本君も仕事忙しいのに楽しそうな感じですね。」

 清田さんには、まだ付き合っていることを秘密にしておきたかったので、

「そうかな?」

適当にごまかしてみた。


 午後1時、今日も無事に仕事を終え店舗のシャッターを閉める。

「清田さん、春本君、一週間お疲れさま。私、報告書かないといけないから、先に帰ってて。」

 清田さんが先に帰った後、春本君が声をかけてくれた。

「じゃ先に帰って、着替えて待ってますね。報告書頑張ってください。」

「だいたい3時には行けると思うから、まってて。」


 春本君も送り出した後、本格的に9月分の実績報告書の作成にとりかかる。毎月の実績について分析する報告書だが、処方箋枚数が減った原因について、そんなの門前と呼んでいる薬局の目の前にある大島病院の患者数が減っているに決まっている。

 かかりつけ薬剤師の獲得についても、1日60~70枚を2人の薬剤師で慌ただしくこなしているこの薬局で、ゆっくり話している暇はない。

 在宅についても、この状況でどうやって薬剤師が外に出れると言いたい。て言うか、実際エリアマネージャーには言ったことはある。

 返事は「臨機応変に対応して、どうにかして」。お前はそれで何をマネジメントしているんだと、反論したいところを社会人らしく我慢した。


 言いたいことも言えずに、社会人らしく報告書をまとめる。

「処方箋枚数の減少は門前医院の患者数によるもので、今後は門前以外の処方箋の獲得に力を入れていきたいと思います。またかかりつけ薬剤師についても、丁寧な接客をこころがけ、患者様からの信頼を得たいと思っております。つきましては、人員補充により丁寧な接客ができるものと考えられますので、人員補充お願いします。」

 以前は3人薬剤師いたが、1人退職した後2人になってもなんとか業務が回せているので、いつまでも補充がない状態が続いている。毎月、表現を変えながら補充を訴えているが実現されない。


 やる気も中身もない報告書作りを終えて、美紗は帰ることにした。休憩室で着替え始める。今日は、リボンのボウタイブラウスとレースのスカートのコーデにしてみた。30過ぎてからはボウタイのリボンに抵抗があって着ていなかったので、これを着るのは久しぶりだ。


 翔ちゃんの部屋に入ると、早速翔ちゃんがほめてくれた。今日の翔ちゃんは、ピンクのトップスと黒のキャミソールワンピースを着ている。メイクも上手になってきている。

「美紗さん、今日の服最高にかわいいですね。トップスのリボンもかわいいし、レースのスカートも上品でいいです」

 フェミニン度100%の激甘な今日のコーデは、翔ちゃんが好きそうと思って選んできたが、予想通り喜んでくれて良かった。来る途中、ちょっと恥ずかしかったが、その甲斐があったみたいだ。

「たまには服だけじゃなくて、中身を褒めてよ。あと、私の服とお泊まりセットも置いてもらってて良い?」

「もちろんいいですよ。服、シワになるんでクローゼットにかけてください。美紗さんの服毎日見れるなんて、幸せです。」

 翔ちゃんは嬉しそうな顔をしながら、スーツケースから美紗の服を取り出し、一着一着かわいいを連発しながら、クローゼットに仕舞ってくれた。


 仕舞終わったところで、先ほどからしていた甘い匂いについて聞いてみた。

「美味しそうなにおいがしてるけど、何作ってるの?」

「フォンダンショコラです。今日のおやつに食べようと思って作っていました。もうすぐできますが、食べます?」

 今日の美紗のお昼ご飯は、報告書を書きながら食べたサンドイッチだけだったので、はやくも少しおなかがすいてきたので頂くことにした。


 翔ちゃんが入れてくれたコーヒーとともに、出来立てのフォンダンショコラを頂く。フォークで半分に割ると、中から溶けたチョコレートが出てきて、お店で買ってきたと言われてもわからないぐらい美味しかった。

「翔ちゃん、お菓子も作るんだね。」

「レシピ通りに、粉を混ぜて焼いただけですけど。お気に召してくれたら嬉しいです。」

 美紗が来る時間に合わせて出来上がるように作っていてくれたと思うと、美紗の服だけでなく中身も大切にされていると感じて嬉しかった。

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