チキンソテー

 「料理を作りますね」と言って、翔ちゃんはエプロンをつけ調理に取り掛かった。美紗はただ待っているのも退屈に感じたので、

「じゃ、私お酒買ってくるね。翔ちゃんも飲めたよね?来る途中スーパーあったから、そこまで行ってくるね。」

 美紗はそう言って、翔ちゃんの部屋を出た。


 スーパーに入り、お酒コーナーでビールを買う。いつもは第3のビールだがここは奮発して、本当のビールにしよう。あと、ワインも1本買うことにした。翔ちゃんはお酒が強いかはわからないが、余ったら料理に使ってもらおう。お酒も入れば、翔ちゃんも気が変わるかも知れない。


 今後の展開も予想して、歯ブラシなどのお泊りセットも買った。今日使わなくても、翔ちゃんの家に置かせてもらおう。彼女なんだから、それぐらいの権利あるはず。あれこれ買っていたら、思いの外時間が経っており、慌てて戻ることにした。


 部屋に戻ると、食欲をそそる良い匂いがしていた。

「お待たせ、お酒買ってきたよ。良い匂いだけど、何作ってるの?」

「チキンソテーです。ご飯一緒に食べる予定ではなかったので、買い物してなくて簡単なもので、すみません。」

 予定はなかったという言葉に、少しショックは受けたが、まだ夜は長い。お酒も入れば、過ちのひとつやふたつ起きるかも知れない。むしろ過ちでなく正解なんだか、起きて欲しい。


 翔ちゃんができた料理をテーブルに運んでくれる。チキンソテー、キャベツの温野菜サラダ、小松菜と油揚げの煮浸し、ごはんと豆腐の味噌汁が食卓に並ぶ。理想的な一汁三菜だ。

「美味しそう。これ全部私が買い物行っている間に作ったの?」

「そうですけど、簡単なものばかりですみません。」

 買い物に出て戻ってくるまで1時間弱しか経っていないけど、その間に一汁三菜の料理ができるとは、仕事と同じようにかなり手際がいいみたいだ。


 翔ちゃんにビールを渡して、

「二人の交際開始に乾杯!」

 付き合っていることを再認識させるために、あえて口に出して乾杯してみた。


早速、チキンソテーを一口食べてみる。

「おいしい。これむね肉だよね。むね肉なのにパサつかずにジューシー。なにか特別な方法があるの?」

「特にないです。ただ弱火で30分以上かけて焼くだけですよ。時間はかかるけど、手間はかからないから簡単ですよ。」

「キャベツもおいしい。この半熟卵が絡んで、お店の料理みたい。」

「それもニンニクをいれたオリーブオイルで、すこし温めて電子レンジで作った半熟卵に粉チーズかけただけですよ。」

 翔ちゃんはさも常識のように、料理の作り方を教えてくれた。美紗も料理はたまにはするが、カレーや野菜炒めなど単純な料理しかしない。いつもは冷凍餃子やスーパーの総菜で夕ご飯は済ませている。明らかに女子力では翔ちゃんに完敗だ。


 鶏肉がおいしいので、ワインも開けて、ワインと合わせてみるとさらにおいしく感じる。なんとなく選んだ白ワインで正解だった。

「翔ちゃん、マリアージュって知ってる?このチキンソテーと白ワインみたいに、単独よりも一緒になるとより美味しくなる組み合わせのことで、フランス語で結婚ていう意味よ。」

「店長じゃなかった、美紗さん物知りですね。」

「そこじゃなくて、結婚前提に付き合ってるんだから、私たちもそうなりたいですね。とか感想ないの?」

 そんなことを話しながら、美味しくご飯とお酒を楽しんだ。片付けを二人でして、二人でソファに腰かける。こちらの覚悟はできている、準備万端でまっていると、

「美紗さん、そろそろ帰ります?駅まで送りますよ。」

 帰りますかと聞かれ、「今夜は帰りたくない気分なの。」といえるほど厚かましくはなく、仕方なく今日はあきらめて帰ることとしよう。まだチャンスはいくらでもある。


 部屋を出ようとすると、翔ちゃんは着替えることなくスカートのままで一緒に出ようとした。

「翔ちゃん、そのままで行くの?外出したことないって言ってなかった?」

「メイクもしたし大丈夫かなと思って。女性用の靴はないけど、夜だからスニーカーでもあまりみんな気にしないでしょ。」

 どうやら翔ちゃんも酔って、少し大胆になっているようだ。

 一緒に駅まで向かい歩いていると、圭ちゃんの歩き方に違和感を感じた。

「もう少し、内また気味に歩いたほうが女の子っぽいかな?膝をすり合わせる感じで。私も今まで気づかなかったけど、男と女で歩き方も違うんだね。」

「こんな感じですか?練習しておきます。」

 少しはましになってきた。夜だし、多分ばれないだろう。少し歩いたところで、翔ちゃんが手を握った。

「恋人同士なんだし、手ぐらい握ろうよ。」

 このままご飯食べただけで終わるのも、名残惜しく感じたのでスキンシップがしたくなり手を握った。

「女の子同士で手握ったら、不自然じゃないですか?」

 たしかにそうだが、百合と思われてもいい。恋人同士なんだし。4年ぶりの彼氏は、年下でかわいい男の娘。

 


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