交際開始?

「わかりました。いいですよ。」

 春本君はまるでシフト調整に応じるぐらいの軽い感じで答えた。

「えっ、結婚前提だよわかってる?32歳と付き合うことの意味わかってる?」

 美紗はあまりに軽い感じの返答に、心配になり再確認したが、

「大丈夫ですよ。店長のファッションやメイク好きですから、何も問題ないです。で、明日土曜日早速いいですか?」

「明日大丈夫だけど、その言い方だと私の中身は?」

「もちろん店長、その仕事ぶり尊敬してますよ。」

 プロ野球チップスのカードが目的だけど、チップスもそれはそれで好き的な言い方に疑問はあったが、人生最後の結婚チャンスと思うとこれ以上追及はできない。春本君には、徐々に好きになってもらえればいい。


 翌日の朝、出勤前に考える。約束では今日土曜日の半日勤務の後、お昼ご飯を食べて、駅前のドラッグストアで買い物して、そのあと春本君の家に行くことになっている。交際初日で彼氏の家と考えると早いかもしれないが、目的がメイクを教えることなので仕方ない。


 彼氏の家に行くということで万が一の事も考えて、下着を選び、お泊りセットも鞄に入れておく。いやでも、準備が良すぎても警戒されるかもしれない。でも、万が一のときにないと不便だし、でも慌ててコンビニで買うのがかわいいのか?

 数年ぶりに彼氏の家に行くということで、いろいろ悩んで末、下着だけ気合は入れておいた。お泊りセットは、コンビニで調達しよう。既成事実ができてしまっても、それはそれで良しとしよう。むしろ、できて欲しい。

 あまりに軽い感じの返事だったので、春本君が私のことを愛してくれている証拠が欲しい。


 そんな美紗の苦悩も知らずに、春本君は朝から嬉しそうにしていた。予定通り、昼ご飯を食べた後に、ドラッグストアで化粧品を買うことになった。家にもある程度はそろっているらしいが、この機会に化粧品の選び方も含めて一緒に買い物してほしいと頼まれた。

「春本君、乾燥肌とか敏感肌とかある?」

「どちらかといえば乾燥肌かな。保湿剤も毎日塗ってますし。」

「じゃ、ファンデーションはリキッドの方がいいかな。」

 そんなことを相談しながら、化粧品を選ぶ。化粧品売り場に男性がいるので、周りの人からの視線も気になるが、春本君は気にならず買い物を楽しんでいる。


 買い物も終わり、いよいよ春本君の家についた。家の中に入ると、普通の1LDKだがすっきり片付いているので広く感じる。春本君は、

「女の子に、着替えきます。」

と言って、脱衣所に向かっていった。

 待っている間に悪いとは思ったがクローゼットに入っている服を見てみる。たしかに私が好きそうなフリルやリボンのついたかわいい服があった。服の好みは似ていそうだ。

 

 そんなことを考えていると、着替えが終わった春本君が部屋に戻ってきた。紺の花柄スカートに、ピンクのトップスを合わせている。これも私が彼と同じ27歳だったら、着ていそうな服だった。

「春本君、思ったより似合ってるね。ウィッグもしてると、本当に女の子みたい。」

「店長、春本君はやめてくださいよ。女の子気分が壊れちゃうんで。」

 春本君は恥ずかしそうに言った。

「そうだね。じゃ、春ちゃんがいい、春本翔太だから、翔ちゃんでもいいけど。じゃ、私も店長もやめて。一応彼女なんだから、下の名前で呼んで。」

「翔ちゃんがいいかな、美紗さん。下の名前で呼ぶと恥ずかしいですね。」


 早速メイクにとりかかる。翔ちゃんも自分で何回かやったことはあるが、上手くいかないらしい。

「アイラインがまっすぐ引けなくって。何かコツあります?」

「指を添えてぶれをなくして、筆先だけであまり力入れずにやってみて。目尻側から書いていくのも、左右が揃いやすいよ。」

「そうなんですね。勉強になります。」

 そんな感じで、アイシャドウの塗り方や眉毛の書き方、チークのやりかたなどメイクを教えた。教えるたびに嬉しそうにしているので、教えがいがあり、美紗も楽しくなってきた。


「女装して外出とかしてるの?」

「メイクが上手く行かないから、その勇気がなくてまだ家の中だけです。」

「いつから女装してるの?」

「物心ついた時からスカート履きたくて、姉のスカート内緒で着てました。学生で一人暮し始めて、ようやく誰のめも気にせずスカート履けるようになったけど、お金なくて同じスカートばかり履いてました。社会人になって給料貰うようになってから、いろいろ買えるようになって女の子を楽しめるようになりました。」

そんなことを話している間に、最後のリップを塗ってメイクが完成した。


「かわいい。自分じゃないみたい。」

 翔ちゃんは、ずっと鏡で自分の顔を見ている。たしかにメイクする前よりは女性っぽくなったが、客観的に見れば女の子にみえる程度のレベルだが、本人は満足そうなので良しとしよう。

 メイクに気を取られすぎて忘れていた大事なことを思い出した。

「ねえ、翔ちゃん。メイクを気に入ってくれたのはいいけど。私たち恋人だよね。」

「約束ではそうですけど。」

「彼女が家に来て、何もしなくていいの?」

 モテ仕草と女性誌に書いてあった首を少し傾けながら言ってみたが、あまり効果がなかったみたいで、圭ちゃんは少し考えて、

「じゃ、ごはんでもいっしょに食べますか?簡単でよければ、私作りますよ。」

 期待した答えではなかったが、ご飯食べた後でもまだチャンスはある。



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