年下彼氏は男の娘

葉っぱふみフミ

告白

 秋山美紗は通話が終わり、スマホをテーブルに置いてから大きなため息をついた。母からいとこの結婚式ついての電話があり話していたところ、まだ美紗は結婚しないのか?付き合っている人はいるか?などの話になり、嫌気がさしたきたのでまだ話の途中だったが、通話終了ボタンを押した。


 いらだった気持ちを抑えるために美紗は冷蔵庫を開け、平日は飲まないと決めていたビールをとりだし飲み始めた。ビールと言っても第3のビールであることが、意外と収入の低い薬剤師の悲しいところだ。

 ビールを飲みながら、自分が32歳の今でも独身の理由について考えてみる。若い頃はモテていたと思う。合コンに行っても連絡先すぐに聞かれたし、25、6までは彼氏と別れてもすぐに次の人と付き合って、彼氏が切れたことはなかった。

 雲行きが怪しくなってきたのは、美紀がアラサーと言われる28歳になった頃からだ。その頃になると彼氏ができなくなり、合コンで連絡先聞いても返信されなくなってきた。

 今思うと、私服がダサいとか、車が軽自動車だったからとかで振った男と結婚しておけば良かった。あの頃は、結婚なんていつでもできると思っていた。そんな後悔をしながら、ビールを飲みほした。


 翌朝、美紗の勤務先である太陽薬局大島病院前店の職員用入り口のドアを開ける。休憩室で着替えをすませて、調剤室に入ると、

「店長、おはようございます。」

事務の清田さんがレジの立ちあげをしながら、挨拶してくれた。美紗がパソコンの立ち上げをしているとき、

「店長、おはようございます。」

窓ふきを終え店の中に入ってきた春本君が、挨拶してきた。3か月前の7月に、産休に入った薬剤師の代わりに異動でやってきた春本君はきれい好きなのか、まめに店舗内を掃除してくれる。

 昨日のこともあり、二人の20代の若さがまぶしく思える。

 

 忙しさのピークを迎えつつあった12時ごろ、女性が薬局に入ってくるなり処方箋を「湿布だけなんだから、早くしてよ。」と怒鳴りながら、受付のテーブルに叩きつけるように置いた。

「すでにお待ちの方もいらっしゃるので、15分はかかると思います。」

清田さんが対応しているが、怒りはおさまっていない。

「病院でも待たせて、ここでも待たせる気?とにかく早くして。」

「なるべく早くしますので、おまちください。」

女性は待合室の椅子に座ることもなく、仁王立ちでこちらをにらみ続けている。


15分後、その女性の順番となり、

「吉田様、ご準備できました。」

美紗が呼び出し、投薬カウンターにその女性がやってきた。

「15分って言っていたけど、もう16分経ってるじゃない。で、いくら。」

 本当は体調の変化などを聞かなくてはいけないが、女性の雰囲気から多少割愛して、服薬指導に入ることにした。

「280円です。以前処方されたことのある湿布ですが、また腰にお使いですか?また今回9袋になっています。」

 吉田様は、千円札をトレイに載せながら、

「9袋、前は10袋もらっていたの。それ間違えているから、病院に連絡して。」

「最近、ルールが変更となっているので9袋が上限です。」

美紗は4月からのルール改定について説明したが、納得いっていないようで、

「肩とか腰とかに貼るから、9袋じゃ足りないの。」

「そうやって、何回も来させてぼったくる気ね。」

「だいたい10袋でも足りなかったのに、さらに減るの?こんなに少ないと家族や友達にあげられないじゃない。」

 こちらの説明には耳をかすことなく、一方的に主張ばかり続けたが、

「バスの時間もあるから、今日はこれでいいから、次回までにどうにかしておいて。」

 そう言い残して、湿布とお釣りを奪い取るようにして去っていった。

 

 閉店の6時になり、美紗は昼間のこともあり精神的にも肉体的にも疲れを感じながら店のシャッターを下ろす。

「店長、レジ合っています。」

 清田さんが報告してくれる。

「お疲れさん。清田さん、あがっていいよ。」

「店長、春本さん、お先します。お疲れ様でした。」

 清田さんは帰っていたが、薬剤師2人は薬歴が残っており残業となる。


6時半ごろ、春本君が終わったみたいで、パソコンを落としながら、

「店長、終わりました。先着替えておきますね。」

「私もあと1枚。もうすぐでおわるから。」

 美紗もラストスパートで薬歴を終わらせると、休憩室に入り着替えを始める。制服の上下の白衣を脱ぎ、ワインレッドのスカートとベージュのシフォンブラウスに着替える。みんなから男性受けを狙いすぎといわれるが、美紗はプリーツやリボンといったフェミニンな服が好きだ。服だけではなくメイクも、フェミニンな感じに仕上がるようにしている。自分では似合わないとは思っていないので、人から言われてもあまり気にしないようにしていた。


 着替え終わり、職員用出入口のセキュリティを作動させ外に出ると、春本君がまっていた。駅まで10分ちょっとの距離だが、春本君は異動してきてからほぼ毎日、「女性が一人で帰るのも危ないでしょ。」と言って一緒に帰ってくれる。

「今日もスカート素敵ですね。」

 春本君が美紀の服装をほめてくれる。いつも服装やメイクや髪型などなにかしらほめてくれる。

 お世辞や社交辞令かもしれないが、褒められると素直に嬉しい。


 今日も一緒に帰りながら、「忙しかったね。」などと話していると、春本君がいつもより緊張している感じがした。何か話したいことがあり、そのタイミングを伺っているようにも見える。

「店長、実は」

 春本君が意を決したように話し始めた。そこで、いったん言葉がきれた。美紗はこれは数年ぶりの告白だと思い、いろいろ考え始めた。

 食事に誘うのかな?それとも、いきなり交際の申し込みかな?それだったら、がっついていると思われたくないから、一回は「こんなおばさんでいいの?」って言った方がいいのかな?それで引かれたらどうしようもないよな。

 そんな考えが頭の中をめぐっていたが、春本君は予想外の告白をしてきた。

「店長みたいなファッションやメイクが好きです。実は女装趣味があって、メイクの仕方とか服どこで買っているとか教えてください。」


 人間予想外の事態が発生すると、脳の思考が止まるみたいだ。そして必死に動かすと誤作動で、思いもよらない行動をとってしまうようだ。

 春本君の予想外の告白をうけた美紗は、

「わかった。教えるけど、代わりに私と結婚前提で付き合って。」

と言ってしまった。

 




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