45話 一蓮托生⑥

「——ねぇ、結城くん。そのまま、抱きしめてて。今だけは絶対離さないで。……思ってること全部吐いてもいい?」

 

 抱きかかえた頭を優しくなでる。撫でてもらうことは何度かあったが、こちらからというのは初めてのことかもしれない。そうだ、いつもこの子が俺の心を支えてくれたのだ。辛いとき、顔に出すまいと思っていても彪香には必ず見抜かれた。そして最後は彼女の優しさに甘えてしまう。それなのに鈍い俺には彼女の隠した心の機微が分からなかった。だから珍しくこんなに感情を露わにしてくれた彼女を精一杯支えたい。


「もちろん。全部受け止める」

「さっきまで頑張って平気なフリしてたけど私ね、私は——離れ離れなんて嫌ッ! ずっとずっと、一緒に居たい。離れたくないよ。……実の父親がなんなの、今まで私がどんな思いして苦しんで孤独に生きてきたと思ってるの!? 利用できそうだから引き取る!? 私が蜂谷家のみんなをどれだけ大切に思ってるかも知らないで外から勝手言ってめちゃくちゃにして……ただ半分血がつながってるだけで私のことなんて何も考えてないくせに——私はみんなに幸せにしてもらったのに、まだ何も返せてない……ッ! でも何もできない、ほんと、悔しいよ……!」

 

 彪香は俺の胸で叫ぶように語った。涙も嗚咽も止まっていない状態での彼女の語りは途中で何度もつっかえながらであったが、感情的で力強いものだった。彼女と初めて話した日、公園で言い争ったときのことを思い出した。

 あの時から今に至るまで、俺と笛吹は楽しいことも苦しいこともたくさんの経験を一緒にして、身も心も成長したと思っていた。俺たちならなんでもできると思い込んでいた。だが、俺たちはどれだけ歳不相応な経験をしてきても、結局一番大切な場面で何もできなかった。

 俺たちはなんでこんなにも無力なのか、なぜこんなに苦しい生き方しか許されないのか。どうして、愛しているだけじゃ一緒に居られないのか。——答えは『子どもだから』だ。『マイノリティ』だからだ。『弱者』だからだ。結局、俺たちは円の中には入れないのだ。俺たちに足りなかったものは力だ、社会的な力。無理を通せるような正当な力。

 

「今まで黙ってたんだけどさ、俺医学部目指してるんだ」

「え?」

「急な話に聞こえるかもだけどごめん、最後まで聞いてほしい」

「……うん。分かった」


 俺は彼女の頭を撫でながら、諭すように自分の将来図について話した。


「笛吹は何も返せてないって言ってたけど、俺もずっとそう思ってたんだ。笛吹に何度も救われたのに俺は大したこと出来てないなって。それで、安直だけどまた笛吹の身に何かあったときに助けられるようにしたいって思ったんだ。もちろん、何もなく健康に過ごせたらそれが一番だけどさ。何かあったとき、俺の手で笛吹を救えたら……って、改めて言うとすげぇハズいなこれ」

「ぷふっ、ううん……すごい嬉しい」

「えっと、それで何が言いたいかって言うとさ。俺が花人医療の前線に立つ、——出来るだけ前に。そうなればさ、数が少ない花人医療研究者ってことで調べたら俺の勤め先が出るだろ? 彪香はそこに来て俺のこと探してほしい。家に来るのは難しくてもさ、病院ならお前がどんな監視下にあっても適当言ってあの男の目を盗んで会いに来れるだろ。そのころには俺は一介の医者でそれなりに地位も金もある……はず。 だから、その時こそ本当に二人で逃げ出そう。もっと遠くに。どう、かな?」

「——ッ! うん、うん! それ、すごくいい。約束ね……!」

「うん、約束」


 理想論だらけでなんの確実性もない、ほぼ妄想に近い計画を彼女は何度も何度も頷いて真剣に聞いてくれた。どうやら涙はだいぶ収まったみたいだ。多少枯れているが声も震えが収まって嗚咽もほとんど止まっている。俺が話している途中から背中に回された手にこめられる力が強くなった。それだけ笛吹の感情を動かせたと思うことにしよう。

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