44話 一蓮托生⑤

「やばっ、空明るんできたな……ちょっと飛ばしても大丈夫?」

「うん、大丈夫! ちゃんと掴まってるから——」


 時刻は四時十分、真っ暗だった空はオレンジと紫のグラデーションを作り始めていた。目的地の江の島までは残り二キロ程度。県道には車や犬の散歩をする人がぽつぽつと現われ始めている。

 家を出る前に調べた限り今日の日の出は四時二十分だ。今までのペースで走っていても間に合うとは思うが余裕はあるに越したことはない。ギアを上げ、少しだけスピードを上げた。同時に体に回された腕の拘束が強まるのを感じる。


「「おーっ!」」

 

 五分ほど走ると目の前にオレンジに輝く海が見えた。少し遠くにはぼんやりと江の島のシルエットが浮かび上がって幻想的な光景になっていた。思わず二人そろって声を上げる。

 そのまま江の島まで行こうかとも考えたが、「砂浜を歩きたい」という彪香意見を採用して海水浴場の近くにバイクを停めた。

 彪香はバイクから降りると、俺が歩き出すのを待って、ゆっくりと俺の一歩後ろをついて歩いた。——てっきりもっと元気に、というか勢いよく走り出していくと思っていたから少し面食らってしまう。今彼女は何を想い、どんなことを考えているのだろう。

 お互いなんとなく無言のまま、もうすぐ太陽が昇ろうとしている橙色の水平線を眺めながら波打ち際を歩いていた。潮風が心地よい。


「あ、日の出」


 水平線がひときわ眩しく輝いたかと思うと雲の隙間を縫うように黄色い球体が姿を現した。思わず足を止めると、彪香も同じように足を止め、体を海に向かって真っすぐ向けている。それに倣うように二人並んで太陽が昇っていく様を目を細めて眺めていた。

 さっきまでも十分明るかったのにそれが現れた瞬間、照明のスイッチを入れたように世界が明るさを取り戻した。暗さに慣れ切っていた目にはそれはあまりにも眩しすぎた。だから、この頬を流れる涙も目が驚いてしまっただけだ。


「……明日になっちゃった」


 横から聞こえてきたその声は震えていた。思わずそちらを向くと彪香は瞳いっぱいに大粒の涙をためていた。その雫が太陽の光をいっぱいに吸ってやがて零れた。一度流れてしまった涙はダムが決壊したように溢れ出す。何度拭っても、何度瞬きをしても次から次へ——。

 俺はそんな彪香の頭を抱きかかえるように無理やり抱きしめた。笛吹を思ってというよりはその姿が見ていられなかったのだ。おかげで俺の目も止まることなく涙に濡れている。彪香は俺の背中に腕を回すと力いっぱいに抱き返してきた。非力な彼女の腕ではほとんど痛みなんてないが、爪が食い込んだ背中はチクリと傷んだ。それも胸の苦しさに比べたら微々たるものだった。

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