39話 再開
「ねぇ、結城くん」
「ん、どした」
その日の夜、突然部屋のドアをノックする音と共に笛吹の声が飛び込んできた。なんとなく彼女がこれから何を言うのか、想像がついた。
「散歩?」
「……うん。付き合ってほしい」
笛吹に下で待つように言って最低限外に出られる服装に着替える。とは言ってもジャージのズボンに少し生地の薄い運動用のTシャツだが。夜とはいえ、もう外は本格的に夏を感じる暑さだ。
「じゃあ行くか」
「うん」
玄関を出る。今回は二人揃って。サキ姉に許可も取った。気兼ねすることは何一つとしてない。
「どっち」
「んー、左」
前とは別の方向、学校へ向かう道の方を特に目的もなく歩いていく。じめじめとした暑さが肌にへばりつくが、時折吹き抜ける風がそれを冷ましてくれるのが心地よい。
「ほんとにお疲れ様。色々と」
「今回は本当にたいしたことしてないよ。笛吹のほうこそ、しんどかったろ。無茶させちゃってごめんな」
「んー、昔のこと思い出すのはちょっと辛かったけど、結城くんが背中を支えてくれたから。それに結果が最高だったんだから、後悔は一個もないよ。先週までの私じゃ信じられないくらい私、前に進んでる。それが嬉しいの」
たったの三日。俺が笛吹を偶然助けてからたったの三日しか経っていない。それなのに俺も、笛吹もそして我が家も停滞していたものが一気に動き出した。まさに激動の三日間だ。
笛吹にとっては母親が亡くなってからだから六日間か。
「俺、笛吹とこうやって関われて本当に良かった」
「えー、なんか改まってそういうこと言われると照れるなぁ。しかも私が言おうとしたこと先に言われちゃったし」
「早いもの勝ち」
二人で顔を見合わせて笑った。照れくささもあったが、しっかりと伝えられて良かった。
「ん、あぶない」
「きゃっ」
後ろから車が走ってくる音が聞こえてきて、車道側を歩いていた笛吹の肩を少し強く引き寄せた。その勢いで足がもつれたのか笛吹の体と向かい合うような形になった。
目と目が合う。綺麗な目だ。そういえばこんなにしっかりと笛吹の目を見たのは初めてかもしれない。いつもは目立つ花や髪に目が行ってしまうから。恐らく笛吹を見る人間のほとんどがそうだ。誰でも目立つ部分だけを見て笛吹を知った気になる。彼女の目がこんなに綺麗なことを知っているのは俺だけだ。
「ゆ、結城くん……?」
「ああ、ごめん。見惚れてた」
「——もー、結城くんって結構そういう冗談いうよね……和花ちゃんには勘違いさせちゃうようなこと言っちゃダメだよ?」
「……笛吹にはいいの?」
踏み込んでいいのかどうか少し悩んだ。だが、聞かずにはいられなかった。
「私は…… 勘違いしないよ。今は結城くんのお姉ちゃんだからね!」
「…… ん?お姉ちゃん?妹でしょ」
「えー! 絶対結城くんが弟だよ。え、誕生日いつ?三月八日」
「ほぼ勝ち目ないじゃん三月生まれ…… 俺は八月一日だから俺が兄だな、妹よ」
「くっ…… 弟が欲しいという夢が」
それからまた宛もなく歩きながら下らない話をした。結局今の俺達はこれくらいの距離感が丁度よいのかもしれない。これから先どんなことがあるのかも分からない。いつまでこの日々が続くのかも分からない。だが、今はとにかくこの新しい家族との美しい思い出を沢山作りたいと思った。
「ねぇ、結城くん」
「ん、どした」
「例え話だから適当に答えてほしいんだけど、私がどこかに行っちゃったら、見つかるまで
探してくれる?」
「んー、どうかな。探すんじゃないか?笛吹の居ない食卓はつまらないだろうし」
「食卓限定なの!?」
「ウソウソ、ちゃんといつでも楽しいよ、これからもきっと」
「えへへ、そうだといいな」
「——あっ」
スキップでも始めそうな笛吹の頭を見ると、酔芙蓉は以前の凛とした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます