38話 蝶よ花よ、テントウよ②
「まずは二人とも、今まで私のことをこっそり守ってくれてありがとう」
うっすら分かっていたが蜂谷は昨日のことを彪ちゃんに話したらしい。だが今はそんなこと問題じゃない。
「い、いやそれはただの罪滅ぼしで……礼を言われることじゃないんだ、本当に」
天道が声を震わせながら言う。前に小学校以来罪悪感で一度も喋っていないと言っていたのを思い出した。それじゃあ声も震えるだろう。
「こいつの言う通り。私たちは自己満足でやってたの。そんなことしても私たちが彪ちゃんを傷つけた事実は消えないでしょ……?」
「確かに二人にされたことはショックだったし、今でも思い出すこともあるけど、それは昔の話。誰だって、間違えて人に迷惑かけちゃうことくらいあるよ。相手のことを勘違いしてたり、自分のことで必死で前が見えなかったりするとき、あるもの」
胸が詰まる思いだった。過去の自分の心を見透かされているようだ。でも間違えて、ではない。私は私の意思でこの純粋な少女を裏切ったんだ。
何かを言おうとしたが何を言っても言い訳になってしまう気がして何も言えずにいると「でも」と彪ちゃんが続ける。
「世の中のほとんどの人はそんなの気にせず生きてる。皆多かれ少なかれ誰かを傷つけて生きてる。それなのに二人は私のことをいつまでも気にかけて、自分の時間を削って、見返りもないのに私のことを守ってくれて……友達どころじゃないくらい、私のこと想ってくれてるじゃない」
笑顔で言う彼女の手は震えていた。よく見れば蜂谷が彪ちゃんの背中に手を当てて支えている。そうだ。彼女は何でもないように話しているが、相当な無理をしているんだ。それは私たちに気を遣わせないためだ。私たちが気兼ねなく許されるためだ。
自然と湧き出す涙のせいで視界がぼやける。いつの間にか私は嗚咽までして泣いていた。私に泣く権利なんてないのに、本当ならこうやって話す権利だってないのに。それなのに卑怯な私はこの甘い誘惑に乗りたがってしまっている。——ああ、情けない。情けない。私は私が大嫌いだ。でも——。
「ごめん、ごめんね! 彪ちゃん……私、私本当に馬鹿で、彪ちゃんと仲良くしたかったのに、大事に思ってたのに自分の事ばっかりで……! 嫌がらせしてるやつらを密告したりしてるときも、自己満足だから、罪滅ぼしだって言い聞かせながら……心の底では彪ちゃんが気づいてくれないかって、ずっと考えてた……! 本当に醜い、私——本当にごめんなさい、ごめんなさい……」
一度湧き出した謝罪は次から次へ、止まることなく溢れた。私はたぶんこの先もずっと私を許すことが出来ないれど、そんな私を許そうとしてくれる彪ちゃんの覚悟を、頑張りを無下にすることはもっと出来なかった。
「……俺は、取返しが付く蝶野と違って、何もかも今更だ。本当はあのとき謝らなきゃいけなかったのに、謝れなかった。だから、今になって都合よく許してもらおうなんて思わない。けど、せめて今まで通り陰ながらお前のことを守ることを許して欲しい。これは罪滅ぼしじゃなくて、奪ってしまった分、与えたいっていう俺のエゴで、俺なりのけじめなんだ。だから俺が勝手にやることを黙認してほしい」
天道は泣いていなかった。けれど今まで聞いたことが無いくらい真剣な声だった。彪ちゃんの意思とは違う答えだが、ブレブレの私と違って、こいつは一本の芯が通っていた。不覚にも少しかっこいい奴だと思ってしまった。
私と天道の意思を聞いた上で彪ちゃんはなおも笑った。
「そんなのもう要らないよ。私には結城くんも、頼れる人たちも居るから。もう何があっても大丈夫なの」
天道が「そっか……」と小さく零した。なんだか酷く可哀そうなものを見ている気分になってしまう。
「代わりに二人とも、私と改めて友達になって欲しいな」
「「えっ」」
それは、確かに私がずっとずっと聞きたくて夢にまで見た言葉。それを彪ちゃんは凄くあっけらかんと言い放った。まるで何でもない事のように。そんな訳がないのに。
天道は全く予想外の発言に頭が追い付いていないのかずっと頭に疑問符を浮かべている。
「昔の私だったらこんなこと言えなかったけど、人は変われるって教えてもらったから——どう、かな。もちろん無理にとは言わないけど……二人が嫌じゃなければなんだけど」
人は変わる——確かに、その言葉の通り彪ちゃんは凄く変わった。前はもっとびくびくして、見えない何かに囚われていた。でも今はそれがさっぱり無くなっている。この短期間に何があったのかは分からないが、確かに彪ちゃん自身がその言葉の証明だった。
「本当に、いいの?」
「もちろん」
「その、俺もいいのか?」
「うん! あ、天道くんは私より結城くんとの方が仲良くなれるかもだけど……私もおまけみたいなもので」
「ははっ、おまけか……うん。分かった」
「ちょ、天道あんたおまけで貰っていいようなもんじゃないのよ! 彪ちゃんは——」
こうして私は大切な友達を取り戻した。もう二度と、何があっても裏切らないし、離さない。そう強く誓った。
「で、なんであんたが誰よりも泣いてるのよ……」
「ぐすっ、いや、本当に良かったなって……正直この仲良し作戦が上手くいかなかったらこの後どうしようって今日一日ずっと不安で……」
「結城くんって結構涙もろいよね。昨日も急に泣いちゃうし——」
「ちょ、昨日の話はやめて! ほんとに記憶から追い出して欲しいんだって……!」
「いやー、昨日の結城くんは子どもみたいで可愛かったなぁ~、また私の胸で泣く? ほらほらいいよ」
「はぁ!? 蜂谷あんた何し腐ってんのよ! やっぱり私の彪ちゃん汚してるじゃない! よし、殺す。今殺す!」
「蝶野さん、結城くんは私の恩人だから殺しちゃダメだよ」
「うん! 彪ちゃんがそういうなら——あと前は恥ずかしくて言えなかったんだけど下の名前で、
「……蝶野さんっていつもこんな感じなの?」
「いや、普段はぶっきらぼうだけど良い奴ではあるんだが……笛吹のことになるとバグる。——それはそうと蜂谷、笛吹からのお墨付きを貰ったが、友達ってことでいいのか?」
「あー、少なくとももう逃げないよ」
「上々だ」
よくわからないが男子たちも意気投合したようだ。なんにせよ、雨降って地固まるというか。波乱まみれだったが、私は蜂谷と彪ちゃんの作戦通り仲良しになったのだった。
本人には言わないが、こうなったのは蜂谷のおかげだ。アイツが彪ちゃんを助けなかったら、家に迎え入れなかったら、麻美に楯突かなかったら、私たちのことを彪ちゃんに話してくれなかったら——きっとこんなことにはならなかった。
だから、お礼を言うのは当然の流れだ。
「は、蜂谷……ありがとね」
「? よくわかんないけど、俺は何もしてないよ。ただ笛吹ならこういう未来にできると思って動いただけだから」
「あんた、呆れるくらい彪ちゃんのこと好きなのね……まぁいいわ、私が昨日あんたに託したこと、取り消しはしないからね」
「——ああ、でも俺だけじゃ不十分だろうから、蝶野さんも手伝ってくれよな」
無自覚なのか……彪ちゃんはあなたが居ればそれでいいと思ったから、こんな捨て身な計画をしたであろうことを。多分、蜂谷以上に彪ちゃんの蜂谷に対する気持ちは強いことに。
「はぁ~、ほんと妬いちゃうわ」
それでもこの二人の恋路を一番近くで応援したいとも思う。それが二人にとって一番の幸せだと思うから。
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