36話 蝶野の夢
きっかけは確かに罰ゲームだった。
『じゃあ、数学の小テストが一番悪かった蝶野さんへの罰ゲームは——笛吹さんに話しかけること!』
『ええ、
断る選択肢はなかった。そのとき居たグループは別に心の底から仲良くしたいと思っていた訳でもなかった。入学早々で孤立だけは避けようとして適当に付き合っていた子たちだった。
『ねぇ、笛吹さん。数学の小テスト何点だった?』
『……92点でしたけど、急になんですか?』
ぶっきらぼうだったけど聞いたことにはキッチリ答えるのがなんだか可笑しくて、美人なところとか、花人だとかそんなこと関係なく彪ちゃんに興味を持った。それから罰ゲームに関係なく時々話をするようになった。
『蝶野さんは、その…不気味とか、思わないんですか?』
『何が? あー、それ? 私は別に……花があってもなくても彪ちゃんは彪ちゃんでしょ』
『そう、ですか……! 蝶野さん、優しいね』
そのとき見せた笑顔が本当に可愛くて、それ以来私は彪ちゃんと一緒に居ることが多くなった。期間にしたらたったの一か月くらいだったと思う。それでも私は生まれて初めて本物の友達が出来たような感覚で、本当に楽しかったし充実していた。
だが、あるとき麻美さん達、カーストの高い女の子たちと彪ちゃんが衝突した。理由は麻美さんが彪ちゃんに高圧的な態度で”仲良くする”ように誘ったのを彪ちゃんが拒んだとか、そんな感じだった気がする。私はそれを聞いた時、反射的に彪ちゃんのことを心配するよりも自分が標的にされないようにすることを必死に考えていた。
『ねぇ、蝶野さんって笛吹彪香と仲いいんだって?』
次の日、私は麻美さん達に取り囲まれていた。それは完全に私への踏み絵だった。私の頭はとにかく自分の身を守ることでいっぱいだった。だから、空き教室のすぐ外に私を心配してついてきた彪ちゃんが居たことにも気が付かなかった。
『あ~、笛吹ちゃん? 友達なんかじゃないよ~、賭けの罰ゲームで仲良くしてたんだよ』
『なーんだ、そうだったんだ。これからは私たちと仲良くしましょ。もう無理することないわよ』
あのとき少しでも罪悪感を安心感が上回ってしまった自分が許せない。自分の事ばかり考えて本当に好きな人を見捨てた自分が大嫌いだ。
「——最悪。寝ちゃってたんだ……。ん、メッセ来てる」
宿題の途中で机に突っ伏して寝落ちしていたから腰が痛い。一度大きく伸びをして携帯を見ると画面にはいくつかの通知が溜まっていた。その中に埋もれる一人の名前に目が留まった。
——蜂谷結城。メッセージの内容は短く『明日、今日と同じ時間、同じ場所に来て欲しい。笛吹のことで話がしたい』
端的で無駄がない文章がイメージ通りすぎて何故か笑ってしまった。天道もそうだがメッセージには本人の気性がよく現れるから面白い。
「了解……っと。こいつには絵文字なしでいっか」
それにしても、今日の今日で呼び出しとは何かあったのだろうか。それとも今日のことで言いそびれたことでもあったか。一方的に喋ってしまったし、その線が有力だろうか。ともかく『笛吹のことで』と題打たれたら行かないという選択肢はない。
「彪ちゃん……また仲良くしたいよ」
本当に自分勝手な願い。いつまで経っても都合のいい希望を捨てきれないでいる自分が、嫌いだ。
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