25話 花に雫④

 雫さんは「そうだ」となにかを思い出したように口を開いた。


「さっきの話の続き、って訳じゃないんだけど……彪香ちゃんの話をサキちゃんから聞いた時思ったの。私は彪香ちゃんの母親にはなれないな~って」

「えっ……」


 味方だと思っていた人に突如横から殴られたような気分だった。崖から落ちそうなところを助けてもらえると思ったら踏ん張っている手を足蹴にされたような感覚。

 やっぱり私のことを、赤の他人の子どもを引き取るなんて難しいに決まっている。理由はなんだろう、金銭面だったら納得できる。でももし感情の問題だったのなら、これまで希望を見せてもらっていた分辛いな……なんて考えていると、私の心とは正反対に雫さんは至極明るい調子で続けた。


「私はね、彪香ちゃん。アナタの友達になりたいわ」

「友達……?」

「そう、友達! さっき言った通り私は親向いてないじゃない? それで昨日、彪香ちゃんと過ごす中でどんな風に過ごしたいか考えたの。一緒にお出かけしたり、美味しいものを食べたり、いろんなお話をしたり、そういうのを対等な立場でしたいなって思った。だから同じ家に住んでるお友達。——年はちょっとだけ離れてるけどね。私、友情に年齢は関係ないと思う派なの」


 おどけたように雫さんが出した提案はもしかしたら私にとって理想的な関係性かもしれなかった。どんなに本当にお母さんみたいなことをして貰っても、私はきっと『母親』という存在そのものにまた身構えてしまう。それにどんなに冷遇されて居ても、家族らしいことがほとんど無かったとしても、私にとってのお母さんはただ一人なのだ。それは変わらない事実で、雫さんがどれだけ母親として歩み寄ってくれてもどうしても受け入れられなかったと思う。

 それに、この人と友達になるなんて、とても楽しそうだ。それだけは確信を持つことが出来た。

 

「ぷふっ、はい。関係ないと思います。……私も雫さんと仲良くしたいです」

「やった! ——まずは敬語をなくしましょうか」

「それは……少しずつになるかも、です」

「じゃあ試しにお昼ご飯まで敬語禁止ね、よーいスタート!」

「え!? ちょっと待ってくださ……待ってよ? ああなんか違和感が」


 お姉ちゃんと、弟と、そして年の離れた友達。それが私の新しい居場所になった。”幸せな家族”とはまた少し違うかもしれないが、私にはもったいないほど、素敵な人たちが私を承認してくれる事実が何よりもうれしかった。


「……友達かぁ」

 

 午後になり、雫さんが仕事へ行ってしまった。家で一人、取り残された私はぼーっとさっきのやりとりを反芻していた。

 友達というと、高校で唯一、一瞬でも私を友達と呼んでくれた人を思い出す。


「また友達になれないかな、蝶野さん」


 もう考えても仕方がないと分かっていながらも、ついつい考えずにいられないのは『友達なんかじゃないよ』という彼女の声が震えていたという都合のいい妄想を捨てきれないでいるからだろうか。

 

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