26話 花のある日常①

「ただいま」


 いつも通り玄関の扉を開けると、笛吹彪香がそこに立っていた。


「おかえりなさい!」

「おお……びっくりした」


 家に居るのは頭では分かっているのにこうして出迎えられることはまだ違和感が拭えなかった。

 笛吹は妙に元気というか、嬉しそうな笑顔を浮かべている。体調はすっかり良くなっているようだ。なによりも花の色が昨日に比べて随分よくなっている。それでテンションが高いのかと思ったが、もうひとつ彼女の機嫌がいい理由に思い至った。


「母さんと仲良くなった?」

「ええ!? なんで分かったの?」

「笛吹が嬉しがるのはそっちかなって」

「——よくわかんないけど、もしかして私凄い単純な奴だと思われてない?」

「はっはっは。あ、お腹空いただろ? 夕飯すぐ作るから」

「あ、あからさまに流された」


 最初のミステリアスな印象が完全に無くなるくらいには感情豊かな表情をしているのを本人は自覚していないのだろうか。ふくれっ面の彼女の恨みがましい視線を躱しつつリビングに入った。学校の荷物は雑に床へ放り出して、もう片方の手に持った買い物袋を持ってキッチンへ。流し台で手を洗って買ってきたものを取り出していく。

 笛吹はキッチンを覗き込みながら「何か手伝わせてくれ」という念を送ってくる。口で言えばいいのに、と思うが昨日手伝いの申し出を断ったから遠慮しているのかもしれない。見られているのも落ち着かないのでちょいちょいと手招きすると、パッと表情を明るくした笛吹が近寄ってくる。


「何作るの?」

「今日はハンバーグ。あっ、アレルギーとか食べれないものとかある?」

「ううん、なんでも食べれる。ハンバーグも大好き」

「いいね。そんじゃまず手洗って……野菜室から人参と玉ねぎ一個取ってくれ」

「は~い」


 笛吹は思った以上に手際がよく、頼んだことはすぐに済ませてしまって次は次はと仕事をせがんだ。おかげで今までにないほど順調に夕飯の支度は進んだ。タネを作ったり焼いたりというメインの工程以外はほとんど頼ってしまった。


「人と分担して作るとこんなに早く終わるのか」


 調理がすべて終わって調理器具を洗いながらぼやくと、皿を並べていた笛吹が耳聡く聞いていたようでキッチンに向かって声を投げかけてくる。

 

「結城くん、調理実習の日は学校休んでたタイプ? 私と一緒だね」

「いや、一緒にするな。他の班員が気づいたら全員他の班に移籍してて一人で全部やってたタイプだ」

「すごっ! かっこいいやつじゃん」

「かっこいい……?」


 俺にとっては唯々惨めな思いをした嫌な記憶でしかなかったから、かっこいいとは全く思わないのだが、そう言われれば悪い気はしなかった。「私もやろうかな……料理経験皆無だけど、来年家庭科の授業あったよね」と本気で悩む笛吹を見て堪えきれず笑ってしまった。本当にこいつは話せば話すほど子どもっぽいところが露呈していく。

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