24話 花に雫③
俯く私に雫さんは優しく語りかけた。
「私ね、昨日彪香ちゃんがうちに来てくれただけでも凄く嬉しかったの。お人形さんみたいに可愛い子が来た~って、でもご飯のときにそれは違ったって思い直したの。無機質なお人形なんかじゃなくて、彪香ちゃんは周りを明るくする太陽みたいな子だった」
「……買い被り過ぎです。私はそんなんじゃないです」
「でも昨日、結城にも似たようなこと言われたんじゃない?」
それを聞いてハッとした。『笛吹がうちに来てくれたから、我が家はその”幸せな家族”ってのになってたんだよ』……昨日確かに言われたことだ。
「なんでそれを……? 結城くんから聞くタイミングも無かったのに」
「ん~、こんなでも一応結城とは十七年の付き合いではあるから。結城の人となりからの推測、みたいな感じ! その反応は合ってたのね、さすが私とあの人の子ね~」
「凄いですね……親って、本来そういうものなんですかね」
「——どうかしら、私も母親としては下の下だからな~母親について語れるほどの含蓄はないわ」
あまりにもあっけらかんとそんなことを言うので声も出ないほど驚いてしまう。雫さんは「ほんとよほんと」と笑った。私にはそれが笑いごとに思えなかったし、まず私には雫さんも立派な母親に見えていた。そもそも理想の親というものを具体的に想像するのは難しかった。大きな価値観の隔たりを感じると同時に遥か高みに居ると思っていた目の前の女性が身近な存在になった気がした。
「私子育てが本当に下手で、悩むことばっかりだったわ。そんな中で頼りにしてた人達が突然居なくなっちゃって、ずっと暗闇を手探りで進んでる感じだった。それで凹んじゃった時期もあって結城に色々背負わせちゃったから、どんなにあの子の事が分かっても親としてはもうとっくに失格——それでも結城がまだ”母さん”って呼んでくれるから母親面してるだけなのよ!」
雫さんの話を聞いているはずなのに自然と自分のお母さんと重ね合わせてしまっていた。お母さんもそんな風に悩んでいたんだろうか。私が結城くんみたいに良い子どもだったらもっとちゃんと家族になれていたのだろうか。考えようとしたが、どうしても私があの家で幸せに暮らす想像は出来なかった。そんな希望はとっくの昔に潰えていた。
「母親らしくしてくれているだけでも、ありがたいと思います。少なくとも私は私のお母さんにそうして欲しかった」
形だけでも、文言だけでも母親ぶっていてくれないと、家族という関係性は存外脆く崩れるものだ。私の家族みたいに。
「——ありがとう、彪香ちゃん。やっぱり優しいわね」
気づけば雫さんはもう食べるのも終えてしまっていて、食卓に両肘をついて朗らかな笑みをこちらへ向けていた。なんだかそんな風に褒められると顔が熱くなってしまう。
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