17話 天に飛ぶもの

「ああ、行っちまった。急に話しかけて変なやつだと思われちまったかな……あー、笛吹が大丈夫だったか聞こうとしただけなのに」

 

 蜂谷結城に対話拒否された男子ーー天道武蔵は校舎の中へ消えるその背中を見送るしかできなかった。会いたかった人物に予期せず会えた幸運を噛み締めていたさっきまでとは打って変わって、頭には困惑と自責で埋め尽くされた。


「あんた無駄にゴツイから怖がらせたんでしょ、天道からてばかのいつものやつ。だからいつまで経っても彼女出来ないのよ」

「ゲッ、なんで蝶野が……って普通に朝練か。覗きも悪趣味だし相変わらず出会い頭に失礼だなお前」

「覗きって、ただ後ろ歩いてただけで覗きになるならあんたは存在がセクハラよ」

「……それはマジで傷つくからやめて」


 そんな彼に背後からぶっきらぼうに話しかける女子生徒が1人。蝶野と呼ばれたその女子は背も低く体格も華奢だが圧倒的に大きい天道に対しても怯まないどころか不遜としか言えない態度をとる。天道はそれに文句を言いつつも慣れた様子でそれをいなす。二人が旧知の仲なのは誰が見ても明らかであった。

 二人の男女は共に部室棟の方へ歩を進めながら蜂谷の話を続けた。


「蜂谷って噂を聞く限り時代遅れのヤンキーかと思ってたけど案外ビビりなのね」

「噂? あー、教師に喧嘩売ったとか中学の頃同級生ボコボコにしたとかだっけ? そういや1年の頃話題になってたな。マジなんかな」

「さぁ? でも彪ちゃんに近づく不埒な輩なのは確かよ。どこの誰だろうと放置する訳にはいかない。彪ちゃんを守るのが私の義務なの。何度も言ってるでしょ」


 拳と決意を固める蝶野を横目に天童は「またか」と小さくため息をついた。この体も気も小さい女子は笛吹彪香の事となると信じられない行動力を発揮し、どんな抑止も聞かないことを知っていた。その原動力が暗い贖罪であることも。そしてどうせまた自分が彼女を放っておけずに助力してしまうことも分かりきっていた。

 天道もまた、蝶野と同じく笛吹彪香に強い負い目を感じているのだ。もちろん笛吹のこととなると視野が狭くなる蝶野が心配というのもあるが。


「でも、蜂谷は笛吹のこと助けただけなんだろ。今までの害意で近寄る奴らとは違うんじゃ」

 

 過去の例から考えると、蝶野の言う『不埒な輩』とは、花人への差別意識を何らかの形で笛吹に向ける奴か、特別扱いされる笛吹を妬んでいる奴だ。両者とも大抵は直接、または間接的な嫌がらせに走る。蝶野はそれを匿名で告発したり、ときには(天道を使って)脅したりして未然に防いできた。しかしそれらは全て笛吹の知らないところで秘密裏に行われた。


『別に感謝されたくてやってる訳じゃない。それに私は今更何をしても彪ちゃんに合わせる顔なんて無いの』


 なぜ本人に言わずにそんなことをしているのか、天道が聞いた時、蝶野はそう言った。彼は彼女のその信念に同調して今まで手を貸していた。


「お前が昨日何を見たのか知らないけどよ、俺は嫌がらせ止めたいだけだから今回は手伝わねーぞ」


 天道のその発言に蝶野は怒りを込めた声で返した。


「別に毎回頼んでないわよ。それにあいつは——蜂谷はあんな奴らよりよっぽどタチ悪いわよ」


 天道には彼女が言ったことの意を汲むことが出来なかった。どういうことかと聞こうとしたところで武道場の方から顧問が自分を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。まだ朝練が始まる時間には早いが時代遅れな思考を持つ顧問は『チンたら歩くな』とご立腹だ。

 仕方なく蝶野に別れを告げ、小走りで道場へ向かう。結局朝練の間、雑念が絶えることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る