16話 虻蜂取らず
「ちょっと期待してたけど、ダメか」
配達を少し早めに終わらせていつもより早い時間に学校へ来てみた。校門前は見たことが無いくらいガランとしていて、ど真ん中で立ち止まって独り言を言っても誰に見られることも聞かれることも無い。——この時間に来るのはアリかもしれない。いい現実逃避だった配達をゆっくりできないのはマイナスだが、生徒指導に見つかって面倒な問答をしなくてすむのは魅力だ。
わざわざほとんど誰も居ないような時間に来た理由は、昨日の笛吹とのアレコレで自分の心に多少なり起きた変化が、この共感覚に何かしら影響を与えたかもしれないという淡い期待からであった。結果は変化なし。人が少なければあるいは……というもう一つの希望もついでのように失墜した。もはや学校という空間そのものにネガティブなイメージが付きすぎているのだ。
しかし収穫もあったのだし、そもそもそんなにアッサリ解決するなら悩んでいない。プラマイギリプラスって感じだ。
「校舎ってどんな色してんだろ」
「……灰色、ってか鼠色じゃねーの?」
「——ッ!?」
ぼそっと呟いた言葉に予想外の返事が返ってきて思わず声のした方へ勢いよく振り返る。そこには全体的にスポーティでガタイのいい男子生徒が立っていた。恐らく朝練がある部活の生徒だ。独り言を聞かれるとは迂闊だった。
恥ずかしさと驚きで無意識で睨みつけた感じになっていたのだろう、「なんか変なこと言ったか……?」とその男子は不安そうにしている。
なんとなく見覚えがあるような気がするが多分同じクラスではなかったはずだ。廊下ですれ違ったことがあるかもしれないという程度の仲、もちろん会話なんてしたことも無い。そんな相手の呟きに反応するとは、随分気安い質なようだ。自分とは真逆の苦手なタイプ。どうせこれから関わることも無い……ここは即退散に限る。軽く会釈して昨日ぶりの全力ダッシュで校舎へ逃げる。背に受ける声に心の中で謝罪しながら校舎の中へ、そして自分の殻の中へ逃げ込んだ。
こういうことがある度に、いつも自分の苦悩をつい外的要因で説明しようとしてしまうが、結局は自分の弱さが一番の理由であることを改めて実感させられる。本当にダメな自分が情けなくて、腹が立つ。
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