11話 落花情あれども流水意なし③


 少し歩いたところで笛吹うすいが意を決したように話し始める。


「さっき私の身にあったこと聞いたって言ってたけど、それって私のお母さんのこと?」

「……うん、まぁそう。急に亡くなって大変だったって」

「うん。週末中てんやわんやで大変だったけど、ないより私齢17で天涯孤独だよ。ほんと、困っちゃうよね……なんて、言ってもしょうがないけどさ」


 天涯孤独——17歳なんてまだ社会的には子どもだ。そんな少女の身の上としてはあまりにも重い状況。彼女の口ぶりは何でもないことのように言っているがさっきから横目で見える彼女の顔は引きつっている。

 シリアスに語るとかえって辛くなってしまうから無理に明るく言っているのだろう。その胸中を想うと鼻の奥がジンとして胸が苦しくなる。それを誤魔化すように精一杯なんでもないように「そうだよね」と相槌を打つ。本人が重い空気を嫌がっているんだ、わざわざそれを崩すことはしたくなかった。


「とりあえず義務感で学校は行ったけど、色々考えてたらフラッと倒れちゃったんだ。改めてあのとき助けてくれてありがとね。——あ~変に目立っちゃったから学校行きにくいな。ただでさえ”これ”で悪目立ちしてるのに」

「笛吹はまだいいよ。しばらく療養しとけって言われてるから、すぐ学校行かなくていいじゃん。俺は明日絶対ヒソヒソされる……ただでさえ”金髪これ”だから今まで目立たないようにしてたのに」

「ぷふっ、ヤンキーが捨て猫拾う、みたいな感じで案外評価上がってるかも」

「あぁ、彪香ひょうかだけに。ごめんなんでもな——ちょっ叩かないで地味に痛い!」


 その後は二人で取り留めもない話をした。学校の話、趣味の話、バイトの話、小さい頃の話——。話せば話すほど、俺と笛吹は生き方や考え方が似ていると思えてきた。程度の強弱はあるが境遇も似ている。母さんが『似たもの同士』と言ったのがようやくわかってきた。我が親ながら鋭い観察眼だ。

 町並みに見覚えが無くなってきたころ、歩くのにも疲れてきて、途中で見つけた小さな公園に入った。いくつかの古い遊具とちょっとした広場がある子どものための公園だ。初め笛吹はブランコを指差して目を輝かせながら「押して!」と言ってきたが、病み上がりあの揺れは微妙に良くない気がして却下した。だが笛吹が恨みがましい目で見つめてくるのに気圧され、漕がないという条件で二人ならんでブランコに座った。話をしているときもそうだったが、笛吹はどんどん生真面目でクールでそして神秘的なイメージからかけ離れていっている。俺はそれがなんだか嬉しかった。


「結城くんのお母さんは明るくて優しいからあんまり叱ったり怒ったりしなそうだよね」


 笛吹が唐突にそう言った。家族の話——それも母親のことはてっきりタブーだと思っていたから、笛吹の方から話を振ってきたことに驚いた。なるべく動揺が表に出ないように答える。


「基本能天気だからな、確かに怒ったりはないかも。でも普段からあんなに明るいわけじゃないぞ」

「え、そうなの?」

「そうそう。母さん基本はお喋りだけど、ずっと表面上は明るくしててもどっか影があるのが分かっちゃうというか……。あー、そういえば今日みたいに心の底から楽しそうにしてるのはほんとに久しぶりに見たな」


 単純に大人数での食事が嬉しかったというのもあるだろうが、母さんはしつこいくらい笛吹に話しかけていたし、本当に気に入っていたのだろう。そういえば昔『あんたが女の子ならよかったのに~』とか言われた気がする。娘が欲しかった母さんからしたら笛吹の世話をすることは反対する理由がないことだったのかと、今更ながら思い至った。

 一人納得顔をしていると、笛吹は心の底から驚いたというような様子でこちらを見ていた。何か気になる部分でもあったのだろうか。そこまでおかしな話をしたつもりは無かったが、母親の話というだけで何処に地雷があるかわからない。事実、笛吹は少し声のトーンが下がっていた。

 

「……私は関係ないよ。だって、結城くんとお母さんすごく仲良さそうだったし、先生だっているし……私なんて」

「いや、笛吹が居たからだよ。嬉しそうに笑っていい子ねって言ってたし。ほんと、うちを明るい刺激をくれたこと、感謝してる」

「いい子? 感謝? まさか」


 喋っているうちに沸き上がった率直な感謝。その言葉を聞いた笛吹はバッと顔を上げ、何を言っているんだでも言いたそうな顔でこちらを睨めつけた。「自分が感謝なんてされるわけがない」そう考えているかのように。

 ——ああ、そうか。

 その態度を見て、橋の上で言った「怖い」という言葉の意味が分かった気がした。同時に、自分の胸の中で渦を巻いていた複雑なものがハッキリと形を持ち、胸中の霧がスッと晴れたような感覚を覚えた。

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