第15話 記憶の中の彼女(ルコラス視点)

 次の日の業務時間が終わってからリネットさんの私室へ行くとメモを渡された。

 聞けば俺を洗脳している時に行ったことをまとめたものだそうだ。


 メモには日付と起こった出来事がまとめられていた。


 デートをした日についてはいつどこで待ち合わせて、どのように店を回ったかが書かれていて分かりやすかった。

 残念なことにメモを見ただけでは何も思い出せなかった。メモに書かれているデートした日のことを思い出すも買い物をしたくらいしか記憶にない。

 俺の家にリネットさんが来た時のことも書かれていた。それに関しては思い出した記憶の中の出来事とも重なることが多かった。


 いきなりデートの再現をするというのは心情的にもきつい。それならと彼女の家に行ってみようと思って確認を取ったら了承された。


 リネットさんの自宅へ到着してリビングへ通される。新しく思い出した記憶の中でもリネットさんはめかしこんでいた。

 彼女が作ってくれた料理を食べる。俺が美味しいと感想を伝えると彼女は微かに口元を緩めた。少ししてリネットさんが微笑んだのだと理解した。


『ルコラス、愛してる』


 飲みすぎたのかこけそうになるリネットさんを支えると彼女はそう言って俺に口付けた。

 動揺した。なぜ彼女にここまで好かれているのか分からない。

 思い当たる理由もない。


 その後彼女を寝室まで運んだことを思い出したため寝室を見せてもらった。

 この時の俺には彼女に手を出すつもりはないようで酔った彼女をベッドに運んで寝かしつけようとしていた。


『嫌だ。眠ったら帰るんだろう? もっと一緒にいて欲しいんだ』


 眉を寄せ唇を尖らせて不満そうに言いながら俺の腕を掴んで引き留めようとするリネットさん。

 酔いの影響か顔を赤くし睡魔にも襲われているのか眠そうに目がとろんとしている。呂律も回っておらず舌足らずな発音になっている。

 普段は隙が無く冷静で合理的な彼女からはとても考えられないうような状態だ。


 だからこそ、それがとてつもなく可愛らしかった。


「……リネットさんにとって都合の良い嘘の記憶を俺に吹き込んだりしましたか?」


 記憶の中の自分の反応はかなり納得のできるもので嘘の記憶には思えない。しかし嘘である可能性もある。

 そのためリネットさんに尋ねたが、彼女の回答は『洗脳状態から通常状態に戻った時に都合の良い出来事に差し替えが起こる』というものだった。


 リネットさんの家に泊まったことと日時が書かれているメモを見ながら思い返してみる。その日はいつも通りに過ごしたはずだ。しかし翌朝は寝過ごしかけて昼食の準備ができなかったという記憶がある。

 リネットさんの家から職場へ向かったため昼食を作れなかった。それが寝過ごして慌てて家を出たということに差し替えられたのだと考えられる。


 洗脳している状態の記憶の差し替えについても尋ねたがしていないとの返答。

 つまり洗脳されていた時の記憶は捏造ではないということだ。


「俺のこと好きなんですか?」


 気が付いたら尋ねていた。

 彼女は表情を変えず、ただ押し黙っている。


 彼女の些細な反応も見落とさないようにじっと見つめながら返答を急かす。


「……だったらなんだ」


 小さな声ではあったが彼女は肯定を返した。


 なぜ、どうして俺を好きなのかと問いたくなった。

 それと同時に覚えのない記憶の中にいる彼女をこの目で見たいと思った。

 だから俺は彼女をベッドへと押し倒し口付けをした。


「何を考えている」

「俺のこと、嫌いじゃあないんでしょ? それとも嘘だったんですか?」


 彼女が抵抗したので体を離せば彼女は俺を睨んでいた。

 嘘だと言われたら区切りを付けられる。

 俺は彼女の反応を見逃さないようにじっと見つめた。


 それから彼女の服を脱がして彼女の体を観察した。彼女の体付きや体にあるホクロの位置は覚えのない記憶の中と同じだった。

 しかし彼女の反応はまるで違う。

 

 相変わらずの無表情で抵抗こそしないが決して俺に触れようとはせずただ堪えるようにシーツを握っている。

 恐怖を少しでも減らしたいのか目を閉じている。


 さすがにこの状態で彼女に何かする気は起きなかった。

 俺はさっさと彼女の家を出ることにした。


「し、したいならすればいい。私にできることなら従う。償いをさせて欲しい」


 玄関へ向かっている途中に足音が聞こえ彼女の声が聞こえた。


 実際に彼女と体を重ねれば記憶の中のような彼女を見られるのではないか。


 そんな考えが一瞬だけ浮かんだがそう上手くいくとは思えなかった。

 むしろ記憶の中の彼女との差が浮き彫りになり虚しささせ感じそうな気がした。


「いえ、帰ります」


 俺は振り返らずにその提案を断って家を出た。


 彼女は自分のうなじにホクロがあることを知っているのだろうか。


 もしリネットさんが俺に都合の良い記憶を吹き込んでいた場合、そこにずれがあるはずだ。

 俺の知る彼女を記憶の中で再現しているのであれば、先ほど見た体のホクロはないはずだ。なぜなら彼女の体を直接見たのはさっきが初めてだから。しかし記憶の中と同じだった。

 彼女の記憶を元にした場合であれば記憶の中の彼女のうなじにホクロは無いはずだ。もし彼女がうなじにホクロがあることを知らなければ、だが。


 …………。


 もし彼女の話を信じるのであれば、思い出した記憶は全て本当にあったことだ。

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