第13話 再現デート
「この日、リネットさんは休みですよね。初めてデートした時のことを再現したいので服装など準備してきてください」
ルコラスが洗脳状態の時の記憶を思い出せるようにと私の家に来た日から数日が経った。
昼休憩の時に私の私室へとやってきたルコラスからスケジュール帳を見せられる。
指差された日付は確かに私の休日だ。
最後にデートをする前に彼の休日を確認した時、彼の休日はまだ先だったはずだが予定の変更があったのだろうか。
「分かった」
私が了承するとルコラスは眉を寄せて片手で頭を押さえた。
「何か気に障ることを言ってしまっただろうか」
おかしなことは言っていないと思うが心配になる。
「いえ、少し思い出したことがあっただけです」
頭に触れていた手を下ろせば少しの間私を見てから彼は部屋から出て行った。
デートの再現を行う当日、私は初めてデートをした時と同じ服を着た。そして美容室で化粧を完璧にしてもらってから待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所へ到着するとあの日と同じ服装のルコラスが立っていた。
彼は私を見つけると目を丸くしていた。
それはあの日と同じ反応だった。
「……行きましょうか」
しかし彼の口から出た言葉は当然ながら違っていた。
思い出しやすいようにと彼と手を繋ぐことになった。
彼と手を繋ぎながら以前のデートで寄った服屋、魔道具の市場、装飾品の店を回った。
ただ見て回るだけで特に会話はない。
前回は装飾品の店を出た時には夕方になっていたが、それぞれにかかった時間が短くあっという間に終わってしまったためにまだ明るかった。
順調なのかと聞いてみようかとも思ったが下手に話しかけて邪魔をしてしまうことが怖かった。
なかなか寝付けず睡眠が足りていないこともあってか頭があまり回らない。
もう帰りたい。
そんな私の望みも虚しく彼は町を一望できる高台へと向かって歩みを進める。
私はただ彼に手を引かれてついていった。
高台へと到着した彼はあの時のように町を見下ろしていた。
「……もういいか?」
これ以上ここに居たくなくて繋いでいた手を離すと彼に尋ねた。
「もちろんこれで終わりという意味ではない。今日はという意味だ」
平静を装いながら補足する。
ルコラスから了承を得られればさっさと帰ろう。町の方を見ながら返答を待っていると突然抱きしめられた。
訳が分からなくて彼から逃げようと暴れた。
「嫌だ……離してくれっ!」
私を抱きしめる力が緩まり私は彼から離れた。
彼を見ると眉尻を下げて何かもの言いたげだった。
「……どういうつもりだ」
自分でも思った以上に低い声が出ていた。
私がしたことの方がよほど酷いことで怒る権利などないことは分かっている。
それでも我慢が出来なかった。
「抱きしめたいと思ったから抱きしめました。どうして怒るんですか」
彼は眉を八の字にしていた。そんな彼を見て罪悪感と共にさらに怒りが沸いた。
まるで私に拒絶されて悲しいみたいじゃないか。
ルコラスが悲しむ理由はないはずだ。
「復讐のつもりか。気のある素振りを見せて期待させて弄んでいるのか」
声に出すと堪え切れなくなった。
涙が溢れてくる。
ルコラスとデートをして楽しかった記憶を塗り替えるように一緒に行った場所をただ訪れるだけなことも私には辛かった。
ただの八つ当たりだ。そんなことは分かっている。
彼は驚いたように目を大きく開き慌てた様子で私の腕を掴んだ。
「ちが、そんなつもりじゃない!」
「だったらどういうつもりだ。お前にとって私が恋愛対象でないことくらい知っている」
自分で言っていてさらに悲しくなってきた。
『ルコラスさんの好きなタイプはどんな人ですか? リネットさんはどうです?』
『リネットさんなぁ、凄い人だとは思いますけど恋愛対象でという意味ではタイプではないです』
キャロとルコラスがしていた会話を思い出す。聞き間違いや勘違いでもない。
【レハロフの腕輪】の力が無ければ彼が私を好きになるはずがない。
「本当に申し訳ないことをしたと思っている。謝って許されることではないことも分かっている」
彼の意思を捻じ曲げて自分のことを想わせるなど人として最低のことをした自覚がある。
「私の体が目当てなら甘んじて受け入れる。だからもう期待させるようなことはしないでくれ」
叶わないと分かっているのに諦めきれなくなる。
期待をしてしまう。
それが何よりも苦しかった。
「それでも愛して欲しかったんだ」
涙がとめどなく溢れてくる。
罪悪感と後悔、自分への嫌悪。それだけでも苦しかった。
なのにルコラスは私のことを気遣ってくれた。嫌味も言われ多少は強引なこともされたが私のやったことに比べると些細なことだ。
下手に優しくされるくらいなら罵倒されたり冷たくされる方がマシだ。
そうすれば諦められる。
私は再び彼に抱きしめられていた。
逃れようと抵抗するが今度は離してもらえなかった。
「……最初、魔道具の実験がしたくてテキトーに選んだのが俺だったんじゃないかと思ったんです」
「そんなことはしない」
抗議の声を上げると彼は優しい声で肯定した。
優しく背中を撫でられる。
「えぇ、洗脳されている時のことを思い出していくとそうじゃないんじゃないかと思うようになりました。とは言ってもその記憶が本物か判断できなかった」
私の背中に手を回しながらも抱きしめる力を緩めて私の顔をじっと見てきた。
「でも、リネットさんの反応を見て信じることにしました。俺もリネットさんのことが好きです」
そう言って彼は微笑んだ。
彼の言葉に理解が追い付かない。
「嘘だ」
少し遅れて言われたことを理解したが信じられなかった。
私は彼に最低なことをした。好かれるはずがない。
だったらなぜ? 口に出してしまったが彼が嘘を言っているようには見えない。
【レハロフの腕輪】が壊れたことでおかしな効果が残ったままになっているのではないだろうか。
その可能性に思い至り驚愕したことで止まっていた涙が再び溢れてきた。
私の欲のせいでルコラスを壊してしまったかもしれない。
「嘘じゃないですよ。だから泣かないでください」
私が泣いている理由を勘違いしているようで彼は再び私を抱きしめ頭を撫で始めた。
慰めてもらえる資格などないのに。
「違う、違うんだ」
私はルコラスが私を好きだと感じている理由が【レハロフの腕輪】が壊れたことによる魔道具の不具合である可能性について話した。
「すまないルコラス……」
説明が終わっても抱きしめられたままで彼の顔は見ることができない。
私の頭を撫でている手が止まり彼が体を離した。
私は恐る恐る彼の顔を見上げた。
「実は俺、ギャップ萌えなんです」
彼は柔らかく微笑んだ。
……ギャップ、もえ?
私は彼の言った言葉の意味が分からなかった。
頭が真っ白になって涙すら止まった。
ギャップというのは「ずれ」を意味する言葉だったはずだ。しかし「もえ」というのは何だ?
燃える? 萌え出づる? どちらにしても言葉の意味が通じない。
「恋愛対象外だなんてとんでもない。思い出していく記憶の中で普段は無感情的なリネットさんが俺に甘えてくる姿がたまらなくなりました」
言葉の意味が分からず硬直している私に彼が続ける。
「俺のために着飾ってくれたり慣れない口調で話そうとしてくれたり。愛して欲しいと縋り付いてきたり」
改めて口に出されると恥ずかしくなり顔が熱くなる。
「そうやって顔を赤くするところも可愛いです。愛しています。リネットさん」
優しい声音と熱のこもった眼差しを向けられる。
そこには私の求めていたものがあった。
「私もだ」
もし本当にルコラスが私のことを好いてくれているのであれば、これほど嬉しいことはない。
「――洗脳したくなるほど愛している」
化粧は涙で落ちてきっと酷い顔だ。
鼻も詰まって声も震えていた。
それでも私は彼を見つめながら告白をした。
「とても情熱的な告白をありがとうございます」
彼は嬉しそうに笑顔を浮かべると私に口付けをした。
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