第11話 正気のルコラス

 顔を上げたルコラスは唖然とした様子で目を瞬かせていたが、やがて私の方を見れば険しい表情になり私を睨んだ。


 彼が私を好きになる条件は、職場では私と2人だけの時か職場以外の時だ。

 その条件以外になった時は洗脳を解いて洗脳状態にあったことは都合よく解釈するようにしている。

 だが今回は洗脳状態だった時の記憶を差し替える前に【レハロフの腕輪】が壊れてしまった。


 つまり、ルコラスには職場を出て待ち合わせしてから私と一緒に居た時の記憶がそのまま残っているということだ。


「――アンタ、最低だな」


 1度も聞いたことのない怒気を孕んだ低い声だった。


 洗脳していることがバレてしまった。

 私は何も言えず視線を逸らした。


 舌打ちが聞こえたと思うと足音が聞こえたので見る。彼は立ち上がっていて塞がっていない方の道へと歩いて行ってしまったところだった。


 やがて瓦礫が取り除かれ座り込んでいる私を見付けた人々が心配をしてくれた。

 きちんと手当を受けた方がいいとも言われたがルコラスが庇ってくれたおかげか痛いところも無かった。


 私たちに爆弾を投げた者は爆発音に気付いてやって来た人に取り押さえられていたようだった。直前に見た時と同じ格好をしていて、暴れているが逃げられない様子だった。

 フードを取られその顔が見える。


「……ウォルコットさん」


 取り押さえられていたのはウォルコットだった。

 なぜ、と疑問が浮かぶ。


「何で無事なんだ!?」


 彼は私を見て驚いたように目を丸くしていた。

 それからほどなくしてやってきた衛兵に事情聴取のためと私たちは衛兵の詰め所へと連れて行かれた。


 衛兵から聞いた話では彼は私に嫉妬をして亡き者にしたかったらしい。

 何となくではあるがあまりいい感情を向けられていないことは感じていた。これほど恨まれていたとは思わなかった。

 衛兵には家まで送ると言われ断り切れずに頼むことにした。


 特に話すこともなく気が付いたら自宅の前だった。衛兵にお礼を告げて見送ってから鍵を差し込み扉を開ける。


 そのまま寝室で横になった。


 ルコラスの言葉を思い出す。

 涙は出なかった。しかし何かをする気にもなれなかった。


 何度も【レハロフの腕輪】による洗脳を解く機会はあったのに、止められず使い続けた罰だろうか。


 今はもう何も考えたくない。

 私は目を閉じた。




 翌朝、私は普段通りに家を出て魔道具鑑定協会へと向かった。


 かろうじてルコラスと顔を合わせることもなく私室へと到着することができた。


 私は仕事に没頭した。

 仕事に集中している間は他のことを考えなくてすむからだ。


 気が付いたら定時も過ぎていてとっくに夜になっていた。

 帰る気にもなれず水を飲んで喉の渇きを潤すとそのまま作業を続けた。


 扉がノックされる音が聞こえ思わず作業の手を止めた。


「……はい」


 誰だろう。ルコラスには会いたくない。どんな顔をすればいいと言うんだ。

 しかし返事をしないわけにもいかなかったためやや間を開けてしまったが返事をした。


「失礼します」


 入って来たのはキャロだった。

 安堵のため息が出た。


「私で最後です。お先に失礼します」

「お疲れ様」


 帰りの挨拶をしてキャロは部屋を出て行った。


 そうして私室で作業を続けて再び定時を迎えた。しかし家に帰る気になれず私室に住み込むように私室で鑑定作業を行った。部屋から出るのは食事など必要がある時だけだ。


 扉がノックされる。


「はい」

「失礼します。依頼書を持ってきました」


 返事をするとルコラスが部屋へと入ってきた。

 これまでのように友好的な雰囲気はなく声のトーンも低い。

 温かな微笑みも消えていた。

 彼も職員であるため仕事を行う上で仕方ないのだろう。


「分かった」


 私が依頼書を受け取っても彼は机の前に立っている。

 まだ何か用があるのだろうか。


 あの日以来、私はルコラスの顔を見れないでいる。


 仕事関係や最低限の挨拶だけはしていた。

 ふと視線を感じてそちらをみると彼と目が合うことがあった。睨んでいるというわけではなく、ただじっとこちらを見ているようだった。


 受け取った依頼書に目を通す。だがどうにも視線を感じる。居心地が悪い。


「アンタに洗脳されていた時のこと、徐々に思い出してきているんです」


 低いトーンのまま彼が言う。


「そうか」


 どう答えればいいのか分からず。かと言って無視するのも気が引けて相槌だけを打った。


「研究資料としてまとめなくていいんですか? 効果を知りたくて俺で実験したんでしょう?」


 こちらを蔑むような厭味ったらしい言い方だった。

 そう思われても仕方ないことをした。弁解などできるはずもない。


「あぁそれから、付けられてた腕輪の残骸、ちゃんと残してるんですよ。それを持って出るところに出たらどうなるんでしょうね?」


 普段の声のトーンで世間話でもするかのように彼が言う。


 魔道具を使用するには魔力を流す必要がある。そして流された魔力はある程度の時間、魔道具に残留する。魔道具に残留した魔力を調べれば誰がその魔道具を使ったか知ることができる。


 つまり彼は、【レハロフの腕輪】を使用したことを公にされたくないだろう? と私を脅しているのだ。


「……何が望みだ?」


 手元の依頼書から視線を上げる。ようやく私は彼の顔を見ることができた。


「俺の言うことを聞いてください。嘘も無しです。俺のことを好き勝手にしたんだからこれくらい従えるでしょう?」


 ニコニコと微笑みながらも彼の目は笑っていなかった。

 選択肢など無いに等しい。私は了承した。


「まずは俺が洗脳されていた時の記憶を思い出す手伝いをしてください」

「具体的にはどんなことをすればいいんだ?」


 どんなことを求められるのかと思っていれば彼の要求はもっともなことだった。


「洗脳されていた時の俺としたことを再現してください。同じような状況になった時に思い出せるようですから」


 私には断ることなどできなかった。

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